第38話 対となる存在 -04

 トワイライト。


 対となる存在として口にされた、その組織名。

 しかしながら拓斗は真っ先に、気になってしまうことがあった。


「……全然『白夜』関係ないじゃないですか」

「ちょーっとはあるじゃない。光と闇、って感じで」

「トワイライトって、日が昇降する直前直後の淡い光の意ですよね? だったらどっちも光じゃないですか」

「あ、うん、それはそうなんだけどね……いや、その説明の仕方は、その何というかあれなんだけどね。うん。まあそんな感じなのよ」


 何やら歯にモノが詰まったような美哉の返しに違和を覚える拓斗だったが、そこに反応しても何も答えてくれないであろうことも同時に察し、別の話題――話を元に戻した。


「分かりました。それよりも、昨日何が起こったのか、そろそろ詳細を教えていただけないですか?」

「ん、そうだね」


 美哉は表情を引き締め直して、拓斗と遥に向かい合う。


「昨日、組織の人間を多量に殺したのは、たった一人の人間だったそうよ。しかもたった一人の――女性」

「女性?」

「そう。遠目で見ただけだから細かい特徴などはあやふやになっちゃうらしいけどね」


 この言葉は、裏を返せば遠目で見た人以外は死んだということ。


「その遠目で見た人は、どんな攻撃をしていたかは見ていたんですか?」

「見ていたよ。だけど――判らなかった」

「判らない? それはあまりにも素早い攻撃だった、とかですか?」

「いや。彼女はその場から動いていなかったそうだよ」

「瞬時に動いてその場に戻った、っていうように見せつけたということですか?」

「いいや。詳細は聞いていないけど、それは違うと言えるわ。だって、そんなことする意味あると思う?」

「相手に攻撃方法を誤認させるため、とかでは? ……ないですよね」


 自分から言い出してすぐに否定をする。

 相手が見ていることを想定しているのならば、遠目で見ている人も殺してしまえば露見しない。仮に隠れている人を想定しているにしろ、『その場から動かない』ということを相手に印象付ける意味が見いだせない。

 つまりは、次のように考えるのが妥当であろう。


「その場から動かず、一定範囲の人間を殺害する能力を持っている、ということですか?」

「能力というのは言い得て妙ね。ある程度、正解だと思うわ」


 うんうんと頷いて、美哉は自らの喉を指差す。


「彼女の武器は――、なのよ」

「声?」

「正確に言うと『唄』らしいわ。遠目で見ていた人は彼女の様子をこう語ったわ――『彼女が口を開いた直後から皆が倒れた。その間、彼女はずっと何かを呟いていた、いや、赤子に聴かせるような優しい表情で唄っていた。まるで――子守唄のようだった』とね」

「子守唄……」

「そこから私達は対象を『地獄の子守唄』という呼称で呼ぶことにしたわ」


 地獄の子守唄。

 耳にしたら命を絶たれる事象には相応しい名称だ。


「というかそこまで見えておきながら、相手の女性の特徴は伝えてこないの?」


 遥が険しい顔でツッコミを入れる。


「確かにそうだね。相手の表情が見えていなのならば、モンタージュとか出来るはずだよね?」

「それは仕方ない部分もあるのよ」


 美哉は首を横に振る。


「実際に彼女を見た子は偵察員だったけど、ちょっとスキルが足りなくてね。遥は知っているでしょ? ジャミング効果が働いて記憶に意図的に残らない様にされていたのよ。事象は覚えていても特徴は覚えていない。覚えられない。それを打ち破るには相手の方がスキルがあった、ってこと」

「まあ、そんなことだとは思ったけどね。――ということは、やっぱり、そういうことなのね?」

「そういうことよ」

「……どういうこと?」


 抽象的すぎてさっぱり分からない。


「さっきお母さんが言った、事象は覚えていても特徴は覚えていない、という所謂ジャミング効果っていうのは、はっきり言ってスキルなのよ」


 遥が説明してくれる。


「スキルってことは鍛えたり方法を伝えたりしないと絶対に出来ない。そういうことが出来る、ということはつまり――『ノラでスピリのような能力を持っている』という稀なパターンではなく、恐らく私達の敵である――トワイライトに所属している可能性が高い、ってことなのよ」


 トワイライトに所属。

 白夜の敵。

 遥たちの敵。

 その人間が、スピリのような能力を保持している。


「……ちょっと待って? さっき言ってた、ノラで能力を持っているってのは意図せずスピリの能力を保持する人間がいるってことだよね?」

「かなりレアパターンだけど、存在はしているそうよ」

「その言い方だと、そっちはレアパターンで、トワイライトに所属しているのはまるでレアパターンではないような言い方だよね?」

「そうよ。だってそうじゃない」


 遥は至極当然のように口にする。


「トワイライトだって、スピリのような能力を持ったものを生み出せるのだから」

「……っ」


 拓斗は言葉に詰まる。

 トワイライトがスピリのような能力を持ったものを生み出せる。


 この事実は――だ。


「何よ深刻そうな顔をしちゃって」


 遥が拓斗に不審な目を向ける。


「トワイライトだってバカバカ能力者を作り出せないようだし、私達と同じように適性を見なくちゃいけないとかそんなのをしているだけでしょ? 方法がどうやって漏れたのかは分からないけど……でも、もうあるって事実は変わらないんだから」

「いや、そういうことじゃなくて――」

「――うん。ちょっと待ってね」


 唐突に拓斗の指で口が塞がれた。

 美哉だった。


「話が脱線してきているから戻そうね」

「でも遥のお母さん――」

「拓斗君」


 にこやかな笑みを浮かべて、美哉は拓斗の顔をずっと引き寄せる。


「これ以上議論かき混ぜるなら、今度は――

「……っ。分かりました」

「うん。それでよし」


 美哉は満足そうに首を大きく一回縦に振る。

 拓斗は疑問に思った。

 遥は何でもないように言っていたが、大いに何でもある事実である。


(それが事実ならもしかして……――)

「話を戻すわよ」


 もう一度、ぐいっと距離を縮めてくる美哉。


』。


 まるでそう言われたかのような錯覚をする拓斗。自分の心が覗かれているようなタイミングの良さに震えを覚えた。


(――とりあえず気が付いたことは言わないでおこう。僕が気が付いたということは当然、大人達も気が付いているはずだし、ここでそれを口にした所で何も変わらないのだから)


 そう心に留め、拓斗は美哉の話に耳を傾ける。


「とりあえず、彼女は敵であることが高いってことからね。トワイライトに所属している能力者がこっちに攻撃してきた。しかもどうやら唄が武器らしいということから、私の所に協力要請が廻って来たのよ」

「何でこっちに来たの?」

「あなたがいるからよ、遥」

「私?」

「そう。今まで何体もの魂鬼と戦いながらほとんどを無傷で終わらせた遥に白羽の矢が当たったのよ」


 そして拓斗を指差す。


「優秀な盾を持つ、ね」

「優秀な盾かなあ?」

「真っ先に疑問を呈された!? ……って、まあ、それは僕も思うけどね」


 拓斗はこれまで盾という仕事らしいことはしていない方が多い。拓斗自身の意志で盾としての能力を発動できる分、応用が利くと遥は喜んでいたが、実際にそんなピンチは片手の指で足りる程しかなかった。そんな中で優秀だと評されるのは不本意ではないが、いささかおかしいのではないか、と拓斗は思う。


「褒められるべきは遥の攻撃力と回避力じゃないですか?」

「まあそうなんだけどね。上の人間にはそうは捉えられなかったようなのよ」


 組織の弱点ねー、と美哉は小さくため息を吐く。


「ということで、遥と拓斗君には数日後に、その現場に行ってもらうわ」

「どこ?」

「飛鳥市よ」

「隣町じゃないですか」

「そうなの?」


 遥の問いに拓斗は頷く。


「普通に電車で一駅くらいの距離だよ」

「近いじゃない。数日後なんて言わないで今行けばいいじゃない」

「……地区は違うのよ。大人の都合で手続きとか色々あるのよ」


 遠い目をする美哉に「知らないわよ」と遥は言葉の大剣でばっさりと切り捨てる。


「まあいいや。用事はそれだけ?」

「あ、うん。それだけよー」

「分かった。じゃあ授業に戻るわね。行くわよ、拓斗」

「あ、うん」


 そう言って遥と拓斗は保健室を後にした。

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