第28話:家族ではなくとも


「信愛ちゃん。明日のお昼、用事の予定はないかしら?」


 放課後にそう誘ってきたのは恋奏である。

 先日の件で、異母姉妹だと判明した信愛と恋奏。

 あれ以来、ちゃんと話し合ってはいなかった。


「……恋奏先輩?」

「私たちの関係について、いろいろと思うところもあるでしょう。ゆっくりと話し合いたいと思って。ダメかな?」

「いいよ。全然いい。うん、先輩とも話し合いたいし」

「よかった。事情が事情だけに無視されちゃうんじゃないかって」

「思わないよ?」


 信愛はそういう子ではない。

 人を恨んだり、憎んだりというネガティブな感情をため込まない。

 例え、複雑な関係であるとはいえ、恋奏ともうまくやっていきたい。

 それが信愛の本音であった。


「それじゃ、お昼もかねてファミレスでもいい?」

「オッケー」

「そうだ。総司クンも連れてきていいから。こっちもマキが参加するし」

「マッキー先輩も? でも、総ちゃんが一緒でいいの?」

「お互いに二人っきりだと話もしづらいでしょ。マキも先日の動画のお礼がしたいって言っていたからちょうどいいじゃない」


 恋奏の誘いを受ける形で、話し合いの場が作られた。






 翌日のお昼、目的のファレミスで先に待っていた。

 総司は「信愛と恋奏先輩ねぇ?」と不思議そうな顔をする。


「どうかしました?」

「ふたりって、いわゆる母違いの姉妹ってやつなんだろ」

「そうだね。私にも姉妹がいました」

「なんていうか、全然似てないな」

「お母さんが違いますから。あと、似てないってのはスタイルの意味ですかぁ?」

「うぐっ。く、首をつかむのはやめなさい」

「どうせ、シアは先輩みたいに色っぽくスタイルもよくありませんよぉーだ」

「そこまでは言ってない。落ち着きのある性格とかの話だっての」


 ふてくされる彼女をなだめていると、店に入ってきたのは牧子だった。


「お待たせ。ミーナ、今日も彼氏君とラブラブだね」

「マッキー先輩だ。こんにちは。あれ、恋奏先輩は?」

「あぁ、コイカナならあそこだよ」


 指をさした方向、入口のところで見知らぬ男の子と言い争ってる。


「ね、姉ちゃん。こんな形で会うなんて聞いてないぞ?」

「言ってたらついてこないでしょ。ほら、柄でもなく緊張してるんじゃないわよ」

「バカ野郎。いきなり連れてこられたら戸惑いもするっての」

「バカ? 姉に向かってえらい暴言ね?」

「……ひっ。いえ、すみません。失言でした。あぁ、連れて行かないでくれ」


 可哀相なまでに力関係を強いられてる様子。

 男子の方はもう涙目である。


「なんか先輩がすっごい?」

「あれが素のコイカナだもん。あの姉弟はいつもあんなものよ」

「姉に勝てる弟はいないのね」


 そのまま強引に引きずられて、席に来た男の子。

 中学生くらいの少年は信愛たちの前に連れられる。


「遅くなったわ。これ、私の弟の奏太よ。ほら、奏太。挨拶」

「ど、どうもっす。えっと、奏太(かなた)です」


 奏太は緊張した素振りで信愛に挨拶をする。


「私は信愛だよ。先輩の弟さんかぁ」

「にして、マキの恋人」

「まだ付き合ってないけど!?」

「いずれ、そうなる予定なのよ。決まってるから」


 既に牧子に奏太を押し付けるのは規定事項の様だった。


「勝手に押し付けなるな、姉ちゃん」

「あん? 押し付けるなってどういう意味かな、奏太君?」

「あっ……いえ、その、牧子さん?」

「恋人のいない年上を押し付けられて可哀そうだと言いたげねぇ?」


 言葉のあやで全否定してしまった奏太は牧子に睨まれる。


「い、いえ。こ、恋人は年上くらいの方がいいよ。うん。俺もそう思います」

「だよねぇ?」

「は、はひ」


 年上のお姉さんたちにいじめられて可哀そうな目にあう奏太だった。


「よしよし、頑張れ」


 同情した信愛が奏太の頭をなでると、


「……この姉ちゃん優しくていいなぁ」


 信愛に対して心を許す弟である。


――この奏太君は私の異母弟ってことかぁ。


 家族ではなくとも血縁者ではある。

 なんとも言えない気持ちでムズムズする。


「暇してる様子だったから、連れてきたの。一応、先日の件についての説明はしてるから。あー、総司君だ。元気してる?」

「えぇ、元気ですよ……信愛。ただの挨拶だからそう睨まないで」


 以前から何だか総司のことを恋奏は気に入ってる様子だ。

 変な方向にいかないように信愛も警戒する。


「さて、それじゃ適当に注文しちゃって」

「お腹すいたぁ。総ちゃん、ハンバーグを半分こしてもいい?」

「はいはい。食べきれない分をこっちに回してもいいぞ」

「やった。それじゃ、これにしようかな」

「ホントに仲がいいね」


 恋奏の問いに「当然なのです」と信愛は言い切る。


「なので、総ちゃんを取らないでください」

「え? いや、取らないけど。余計な心配だよ!?」

「なんか総ちゃんと先輩は相性がよさそうなので心配なの」

「あ、あはは……えっと、信愛ちゃん。その心配はいらないかな?」

「くぉら、信愛。何を先輩に牽制球を投げとるか」

「ふんっ。総ちゃんは乙女心がわからないもん。浮気性の人だからね!」

「まだ言うか。人の一途さを信じないにもほどがある」

「大丈夫だよ。私はそこまで修羅場好きでもないもの。人のものに手を出す真似はしません。……ただ、私も信愛ちゃんのように良い人が欲しいと思ったの」


 信愛と総司のような自然な付き合いができる相手に恋奏も憧れる。

 食事をしながら、ふたりの事についてみんなで話す。


「ミーナとコイカナ。これからどうやって付き合いを続ける気?」

「姉妹というわけにはいかないでしょうけど、お友達としては付き合うつもりよ」

「それがいいとシアも思うの。親同士はアレだけど、シアたちまで喧嘩するのは寂しい」


 親の複雑な事情を子供たちまで考えることはない。

 自分たちは自分たちの関係を続けたいという願い。

 だが、奏太だけは意外な言葉を口にする。


「あのさぁ、姉ちゃん?」

「なによ、奏太」

「信愛姉ちゃんとか呼んじゃダメなのか? 俺たちは一応、姉弟なんだよな?」

「あのねぇ。そうは言うけども、やっぱり事情はあるわけで」

「姉ちゃんたちって納得してる割には遠慮があるっていうか。仲良くなりたいなら、その辺も踏み込んで仲良くするべきじゃね? 家族じゃなくてもさぁ」


 いくら仲良くしていきたいとはいえ、同じ父親を持つふたり。

 遠慮というのはお互いにあるものだ。


「私もさぁ、それは思ってたんだよね。ミーナはコイカナのこと、素っ気なく恋奏先輩って呼ぶでしょ。もうちょっと親しくしてもいいんじゃないの」

「……いいのかな?」


 信愛と恋奏はお互いに顔を見合わせた。

 本当の意味で仲良くなっていくために、必要なこと。

 それは自分たちの関係に素直になることなのかもしれない。


――家族じゃなくても、姉妹だもん。


 大事なのはお互いの気持ち次第だ。


「レンカお姉ちゃん」


 ようやく口にしたその呼び名に恋奏は微笑みを返す。


「そうね。私たちが遠慮しあう必要はないもの」

「うん。奏太君もシアのことはお姉ちゃんと呼んでいいんだよ」

「周りが怖いお姉さんばかりで。信愛姉ちゃんみたいな子がいたら癒されます」

「どういう意味かしら。コイカナ、この生意気な子をどうしちゃいます?」

「適当にお仕置きしてあげるのがいいわね」

「そうやって年下の子をいじめてるから姉ちゃんたちはモテないんだ。あっ」


 その失言がトドメとなり奏太は二人から総攻撃されてしまうのだった。

 迂闊な言葉は身を滅ぼす。

 ファミレスの一角に悲しい男の子の叫びが消えていく。


「……い、生きてるか?」

「かろうじて。女の子、怖いっす」


 総司は苦笑いしながら「同感だ」とつぶやく。

 しばらくして牧子は胸元に腕を組みながら、


「ねぇ、コイカナ。ミーナとの関係が発覚したのは私の動画がきっかけよね」

「そうね。マキの行動が珍しくいい方向に影響したのは事実」

「というわけで、また動画に出てくれない? 今度作る動画にふたりで出てほしいの」

「……厚顔無恥ってマキのためにある言葉だわ」

「コイカナさん。幼馴染に容赦なくない?」

「はぁ。まったく、事あるごとに私を引っ張り込むのはやめなさい。他を探して」


 隙あらば誘ってくる幼馴染に苦言を呈す。


「需要があるから誘ってるの。ミーナも参加してくれるよねぇ?」

「また美味しいものを食べさせてくれるならいいよぉ」

「餌付けされてるし。信愛ちゃん。いい? こういう相手にほいほいとついていくとろくな目にならないの。マキみたいな悪い女の子に騙されちゃダメよ」

「ひどいなぁ。悪女じゃないやい」

「レンカお姉ちゃんが厳しい。でも、いいじゃん。楽しもうよ。ね?」


 笑顔の信愛につられて恋奏も笑みを漏らす。

 様々な事情があっても、それを受け止められて乗り越えられる。

 ふたりのこれからの関係に心配はなさそうだった。

 

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