最終話:それぞれの後日談とスト子の新しい日常
騒動から一ヵ月が経過していた。
那智と決別した彩萌であるが、すっかりと回復していた。
元々ドがつくほどMっ気のある娘である。
へこたれず、常にポジティブ思考の彼女なのだ。
彩萌はとあるアニメ好きな男子たちが集まる同好会に入部した。
コスプレという新しい趣味にも目覚めたようだ。
「みんなぁ。今度、新しいコスプレの衣装を作ったんだけどどうかなぁ?」
部室で乙女チックなコスプレ衣装を着て、男子たちの前に姿を見せつける。
露出の高い過激な衣装に彼らのテンションも上がる一方だ。
「マジカル月奈のコスプレじゃないですかぁ。可愛すぎです、彩萌さん!」
「やべぇ、リアル月奈ちゃんがぁここににおるぞ!」
「クオリティ高すぎ。すごいよ、彩萌ちゃん」
男子たちにちやほやされまくりの彩萌。
ここはまさに彼女の天下である。
「どう? 初めて作ったんだけど、アヤに似合うかなぁ?」
「似合いすぎて怖いくらいですよ!」
「二次元と三次元の融合。ここに本物のルナたん、誕生!」
「えへへ。アヤ、そんなに似合ってる? 照れるなぁ」
いわゆる、オタクサークルのお姫様状態である。
そう、彼女は人から愛されないと気が済まないのだ。
那智の経験で痛い目を見たというのに、懲りずにこのありさま。
いわゆる“オタサーの姫”と化した彼女は男心を持ち前の小悪魔な魅力で弄ぶ。
まさに魔性の女、その真価を見せつけている。
「ねぇ、みんなぁ。次のイベントで私とデートしたい人、手をあげてぇ♪」
可愛らしくあざとい笑みを浮かべる彩萌。
男子の連中はコロッとその笑顔に篭絡する。
「は、はーい! 彩萌さんとデートしたいっす」
「僕もしたいっ。ぜひ、僕とご一緒に!」
「くっ、お前ら、ずるいぞ。抜け駆けはさせないっ」
彩萌は「どうしよぅかなぁ?」とわざとらしく思案すると、
「それじゃぁ、このゲームでアヤのお気に入りのロマちゃんをプレゼントしてくれた人とデートします。今日、念願の解禁日なのぉ」
ロマちゃんとは、とあるアプリゲームの人気激レアキャラである。
それゆえに手にするためには課金爆死が必須な地獄絵図が待っている。
だが、それを知ってか知らずか。
男たちの心を支配する彩萌は平気でお願いする。
「超激レアのロマちゃん。苦しい戦いだがアヤさんとデート代なら安いものだ」
「ふっ。この時のために、激レア狙いのコインを貯めていたのさ!」
「お前らなんかに彩萌ちゃんは渡さない」
「リアルマネーの力を思い知らせてやるぜぇ」
やる気を見せつける男子たちがデート権を求めて、見苦しい争いを始める。
まさに魔性の女の本性発揮だ。
「ふふっ。アヤの心を手に入れられる人はいるのかなぁ?」
その様子をご満悦な気分で見守る彩萌だった。
男心を弄ぶオタサーの姫。
どうしようもない淫乱ビッチはこれからも変わらないのだろう。
例の事件で和奏によって那智は多大なるダメージを負わされていた。
恋人との離縁、親愛なる妹の信頼の失墜。
何よりも那智にとって溺愛する妹、静流から嫌われたのが影響が大きい。
ふさぎこむ毎日を過ごしていたのだが、やっと許してもらえていた。
「あのー、静流? 来週なんだけど、お姉ちゃんと遊びに行かない?」
「行かないよ。来週は予定があるの」
「……い、今までなら二つ返事でOKしてくれたのに」
那智はガーンっとショックを受ける。
すっかりと姉離れされてしまっていたのだった。
「だって、来週は彼氏とのデートだもん」
「は?」
「お姉ちゃんには言ってなかったけど、私に彼氏ができたんです」
胸をはるように自慢げに静流はそう答える。
聞き捨てならない発言に那智は思わず静流に詰め寄った。
彼女が自分の妹として生まれてから、ずっと可愛がり続けてきた。
妹が欲しいとねだるものは何でも譲ったし、甘えさせてきた。
その妹がまさか彼氏などという言葉を口にするとは、想像したこともなかった。
「か、彼氏ですってぇ!?」
「そうよ。お姉ちゃん、私も16歳になりました。彼氏だって作ってもいいでしょ?」
「だ、ダメよ。男なんてのは欲望まみれで汚いのよぉ」
汚らわしいとばかりに那智は「彼氏なんて認めませんっ」と声を荒げる。
「私の愛する静流に手を出したのは、どこのどいつだ。私が消してくれるわぁ」
平常心を乱された彼女は心を引き裂かれるような痛みを我慢しながら、
「静流に男なんて早すぎるわぁ。付き合うのはやめなさい」
「お姉ちゃんに反対されることじゃないと思うの」
「反対しかしないからぁ! どこの誰よ、誰!? 言ってごらんなさい!」
ショックで頭がおかしくなりそうだ、と那智は憤慨する。
可愛がり続けた妹を奪い取った極悪非道な男は誰なのか。
「私の友達のお兄ちゃん。大倉浩太っていう名前の先輩です。かっこいい人だよ」
「大倉、浩太……だとぉ!?」
怒りのあまり恐ろしい形相をしながら発狂しそうになる。
その名前、聞くのも腹立たしく許せない相手の名前だ。
なぜ、浩太と静流が付き合うようになったのか。
「私の友達……まさかぁ!?」
「うん。和奏さんが紹介してくれたの。私も彼氏が欲しいって言ってたら、ちょうどいいってお兄さんを紹介してくれて。すごく素敵な人だったんだよ」
満面の笑みで幸せそうに呟く静流。
「――あの小娘が、私の大事なものを奪い取ったのかぁあああああああああ!」
家中に響き渡るほどの大声で発狂する。
苦しみもがき、悶絶するしかできない。
すっかりと忘れていた頃に突き刺さった、第3の矢である。
和奏はあの事件の時にすでに動き出していた。
浩太に静流を紹介する形で二人を結び付けたのである。
那智にとって因縁の元カレをくっつけるという、あまりにもひどい仕打ちだ。
愕然とさせられた彼女は立ち尽くすしかなかった。
「あ、アイツは、平気で浮気とかするひどい奴のなのよ」
「えー、浩太先輩のことを悪く言わないで?」
「ホントなのぉ。だって、アイツはね、過去にひどいことをしたの。騙されてるんだわぁ、貴方のことを思って私は言ってるの。アイツだけはやめなさい」
「いやだ。お姉ちゃんが反対しても、私は付き合うのはやめません」
静流はすっかりと浩太に心を許しているのか、姉の話など聞く耳持たず。
来週のデートを楽しみにしていた。
嬉しそうに顔を赤らめて微笑む静流を見て、心が壊れていくのを感じた。
「やってくれたわぁ、あの女ぁ……私の静流に手をかけるなんてぇ」
大事な妹を、自分を裏切った男に奪われたという現実に肩を落とした。
「嘘よ、こんなの嘘に決まってるわぁ……」
まさに和奏のやりたい放題、容赦や情けという言葉を知らず。
那智を追い込んだ和奏のラストシュートがトドメとなった。
涙目で茫然自失となり、彼女はへ垂れ込むしかできなかった。
心が完全に折れてしまい、誰も信じられない。
「静流があんな最低男と付き合うなんてぇ、ひっく……うわぁあん」
最後は涙を流して、泣き続ける哀れな那智であった。
何もかも失い、何もかもを奪われて。
因果応報であり、自業自得でもあるが、敵に回した相手も悪すぎた。
人の感情を弄び、信頼を裏切った悪女のあまりにも哀れな結末だった。
「――大倉和奏。この屈辱はいつか何十倍にも返してあげるから覚えてなさい」
涙が溢れる瞳に宿る、強い復讐の意思。
そして、その歪み切った感情は後にとんでもない事件を巻き起こし、那智の人生にも大きな影響を与えるのだが、それはまた別の話――。
和奏と八雲が付き合い始めてようやく一ヶ月を迎えた。
最近、彼女ができて部活と恋愛の両立に苦戦する弟の愚痴を聞かされていた。
「だからさぁ、俺は野球の試合に出たいから練習をサボれない。でも、一緒にいたがる彼女はそれを聞いてくれないわけで。両立なんて無理な気がする」
「そこをうまいこと、やってのけるんだよ。バランスが大事なんだ」
「兄貴みたいに俺にできるとでも? 無理だぁ、ダメだよ」
「諦めるなよ。相手の要求も受け止めてあげて、うまく付き合っていけって」
初恋愛に悪戦奮闘中の時雨であった。
そんな弟にアドバイスを送りつつ、いつもの時間になると学校へと向かう。
待ち合わせのバス停には和奏の姿があった。
付き合い始めてから、長かった髪をバッサリとカットして、短い髪にしている。
理由は八雲にそちらの方が似合うと言われたことだった。
印象ががらりと変わり、爽やかな美少女になった元スト子である。
「おはようございます、八雲先輩♪」
「おぅ、おはよう。もうすぐ夏休みだな」
「先輩とのお泊り旅行、楽しみにしてますねぇ? 温泉とか希望ですよー」
「……勝手に予定を立てるな。ったく、考えてやるけどさ」
「ありがとうございます。甘えさせてくれる先輩が大好きです」
ついつい、彼女を甘えさせるのも慣れたものだ。
和奏は強引ではあるが、ある程度、望みをかなえてやりたいと思う。
――好きになるってそういうものだよな。
人間関係、恋愛という距離感。
恋人同士になって、二人の距離は確実に変化している、。
バスに乗ると、もはやお馴染みとなった席に座る。
窓際の席に隣同士で座ると人気が少ないからとばかりに、いちゃつく。
「そういえば、風の噂で聞きました。彩萌先輩がオタサーの姫化しているそうですよ。何でも複数人の男子相手に好き放題してるとか」
「相変わらずの自由人だな。あの子は……」
「他人からちやほやされてるのが当たり前のような人ですからねぇ。その反対に、那智先輩は私のせいで抜け殻のように引きこもって、不登校気味な様子です」
「聞いたぞ。浩太に静流ちゃんを紹介するってどんな鬼畜だよ。そりゃ心も折れるわ。先週あたりからマジで休んでるんだけど」
浩太には最近恋人ができ、浮かれていた。
その相手の名前を聞いて思わず硬直した。
八雲もまさか、彼女がそこまでやるとは思っていなかったのだ。
――やることがえげつなくて笑えないってば。
心が砕け散っている那智には同情しかできない。
「あの人から全てを奪うのが私の狙いでしたので」
「やりすぎだ。お前は手加減や情けという言葉を知らないな」
「やる時は情け容赦なく徹底的に。そうでないと、復活した後に攻撃されるかもしれません。情け無用。一人の敵を見逃すと味方が数人は死にますよ。そうなってからでは遅いんです」
「どこの戦争の話だよ。この平和な国で普通に生きてるんだからさぁ」
彼女の頭を軽く撫でて「少しは加減してやれ」と忠告する。
「んぅ。ですが、私もやりすぎた感は確かにあるんですよね。あの人がいずれ、何か大きな取り返しもつかないような反撃に出るような気もして、不吉な予感もしています」
「これ以上、余計な敵を増やすなよ」
「善処します」
ちょっと不安そうな和奏だが、どうでもいいことだと忘れることにする。
「それよりも、先輩。朝のキスがまだですよ?」
「……人前でキスしたがる悪癖を何とかしろ」
「バスの中では当たり前の行為です」
今さら二人のことを気にするような人間はバスの中にはいない。
「ほら、チューは? 早くしてください」
「甘えたがりめ」
「んぅっ」
いつも通りキスをされると満足した様子で、「先輩、大好きです」とご機嫌な様子だった。
バスから降りると、八雲の後ろを和奏はいつものようについてくる。
「お前さぁ、その後ろからついてくる癖は何とかならないか?」
「つい癖で。なかなか癖って抜けませんから。あっ」
八雲はぐいっと彼女の手を引いて、強引に自分の隣に来させる。
「いい加減、スト子は卒業しろ。和奏は俺の恋人なんだからさ」
「先輩……嬉しいです。では遠慮なく」
そっと手を繋ぎながら彼女は八雲の隣を歩く。
「……スト子だった私が今、先輩の恋人として隣にいるんです。夢みたいです」
優しく微笑むと彼は「お前の笑顔は可愛いな」と素直な言葉を口にする。
「自信を持ってください。私の笑顔は先輩だけのモノですよ?」
「迂闊に他のやつに見せたら許さん」
「ふふっ。そういう先輩の独占力、大好きです」
夏の訪れを感じさせる青い空。
ふたりは隣同士に並んで歩く。
かけがえのない想いを込めて、手を繋ぎあうのだった――。
【 THE END 】
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