四十七「黒が親父なら白は」

 微睡みの中、俺の名前を呼ぶ声に目を覚まされた。

 目を開けてみると、一面が白。

 銀世界ではなく、単純な色の白。

 そこに1人の女性が立っていた。


 「……誰? ……ですか」


 俺は目上とわかると咄嗟に敬語をつけるが不自然になってしまう。

 女性は俺を無視して奥へ歩いていく。

 そして、白いテーブルに白い椅子、全てが白で包まれた卓が待っていた。


 「アサヒ、座りなさい」


 ま、親父の流れでいけば母さんだろう。

 何この人たち、俺のこと大好きすぎない?

 俺は言われるがまま、対面するように座る。

 出されたカップに注がれているのも白い液体。

 けれど、牛乳とは違う真っ白で、そこに存在しているのかもあやふやである。


 「……ごめんね、アサヒ。ガヴのせいで」


 母親らしき人物はいきなり頭を下げてきた。

 俺は心当たりを探ってみると、この旅の始まりの理由が両親を殺されたことに辿り着いた。

 つまり、この謝罪は迷惑について。

 そして、自身をガヴと名乗っていた。

 多分、あだ名だけど。

 ガヴ、ガヴリー。ミカさんから聞いた名だ。

 母親で間違いないだろう。


 「別に……俺はラフィーが行くって言ったからついてってるだけだよ。じゃなきゃ行かないような親不孝者だよ」


 俺はここで悪態をついてみる。

 その理由は自分でもわからないが、そうやって母と馬鹿な事で怒られたいと思っていた。

 一度も両親から怒られた事がないから。


 「けど、ラフを守ってあげてる。そんな非情な人じゃないのは自身が知っているでしょう。……貴方、ホントにアサヒ?」


 俺は俺かどうかを疑われて心が落ち着かない。

 彼女の言う『アサヒ』とは現実世界の『アサヒ』ではないのかもしれない。

 そうなった場合、似て異なるだけの別種は俺となる。

 母親に自分自身を否定される事以上の辛さはないだろう。

 だけど、俺は心の中ぐらい本音をぶちまけてやる。


 「俺…………アサヒじゃないよ」


 「嘘おっしゃい」


 ええ、なんで!

 自分から疑ってたじゃないですか!

 母親はにこにこと静かに笑っている。

 その雰囲気はどことなくラフィーに似ていて親娘なんだなぁと実感する。


 「はぁ、まぁ信じてくれるだけ有難いけどさ。俺、いや俺の中身はこの世界の俺じゃないんだよね」


 そう言ってちらりと母親を眺めると、表情は変えずとも頭にクエスチョンマークを大量作成していた。

 ま、そりゃそうだよな……つか、説明って言ってもどうすりゃいいんだろ。

 俺は試行錯誤しながら説明をする。


 「この世界に来る前に、俺が元々いた世界がある。それを世界線Aとしよう」


 俺はカップにあった小さなスプーンを持つ。

 某死に戻り系主人公がした事のあるように。


 「そして、この世界を世界線Bとする。そして、ガヴリーさんの知るBの俺は多分、死んだ。そして、何かの因果かAの今の俺が呼び出されたって話」


 俺が事細かく説明してもガヴリーさんは頭にクエスチョンマーク付けるだけだった。

 つーか芸達者だよな親娘共々。

 けれど、ガヴリーさんはにこにこと静かに笑っているが、細い目を少し開けて言った。


 「知ってるわよ。全部見てたもの」


 ガヴリーさんはそう言って上を指す。

 つまり天国アピール。

 白く長い髪を耳にかけると頬杖をつく。


 「お母さんだもん。息子の事を一番知っているわ。貴方の知らない貴方も、貴方がまだ知らない貴方も」


 哲学ですかね……?

 俺も不思議と頭にクエスチョンマークを作成してしまう。

 わざとらしく難しい言い方をする母親に仕返しをされた気持ちになった。

 その気持ちの中には心地良さもあったけれど。


 「ラフは元気?」


 母親は心配そうにこちらを細目で見る。

 まぁ、俺はこうして直接会えるし問題はないのだろう。

 なぜラフィーは直接見にいかないのか。

 それだけが疑問に浮かんだ。

 

 「まぁ、元気だけど…………なんで? 直接見に行けばいいじゃん。それにアッチでも見れるんじゃないの?」


 俺は母親がしたように上を指して天国アピール。

 母親は頬杖の位置を少しずらして軽く溜息を吐く。


 「ふぅ、あの子は特殊だから。ガヴもお父さんもあの子の中には入れないのよ」


 何そのA.T.フィールド的なそれは。

 確かに、俺が特別な親父の特別な能力を引き継いだのだ。

 妹が特別に何か引き継いで特殊となるのは不思議ではない。


 「ずっと思ってたけど……アンタら2人って何者なの?」


 すると母親はクスクスと静かに笑って、俺の隣に椅子を持ってきて座る。

 そして、俺の肩に顔を乗せる。


 「どう? わかった?」


 すいません、全然わかんないです。

 母親は俺の腕を自身の腕と絡めさせ、俺のうなじの匂いを嗅ぐ。

 なーんでこの世界の歳上女性は俺をいいように扱うのだろう。

 あの妖艶の悪魔……じゃなかった。妖艶なマリーとか、母さんとか。


 「ヒントはここまで。それに……ガヴの血はラフに入ってるからアサヒじゃちょっとわからないかもね」


 親父にも言われたことがある。

 お前は俺似、母親の血は何処へと。

 まぁ、俺もこうして初対面でも母親とわかったし、ラフィーと似ているってのもわかった。

 だからこそ、俺には読み解けない何かをラフィーは身体に入れている。

 俺が親父の能力を知るように、ラフィーも母親の何かを知っているのかもしれない。

 まぁ、それでアイツが覚醒してくれればいいんだけど。


 「つか、ガヴさーん? いつまでこうしてるんすか?」


 「……お母さん」


 「へ?」


 「アサヒ、お母さんって呼んでよ〜!」


 母さんが横で泣き始めました。

 んん、女神!

 じゃなくて、なーんで泣いてるんすかね。

 いーじゃんもう、お母さんなんて呼ぶ歳じゃないよ。

 あれ、母親の呼び方って歳で変えるもんだっけ?

 それはいいや、つか。

 泣き虫なとこも似てんのかよ……

 最近は滅多に泣かなくなったラフィーの当初を思い出した。

 それでも、話を進めるために恥ずかしながらも母親を呼ぶ。


 「はぁ、お、お母さん」


 「なぁに、アサヒ?」


 んん、女神!

 パァっと明るくなる表情に心をときめかせる。

 つーか、母さん若くね?

 見た目20代よ。ミカさんもそうだけど若作り最強家族なんですかね。

 まぁ、それも置いといて。


 「これ、どやって帰るの? 親父の時は強制的に排出されて感じだけど……」


 と、俺は周りを見渡して思った。

 親父の時は様々だが、基本的に強制的にこの世界から出される。

 だからその前触れがないここではどうやって帰るのか不思議に思った。


 「えぇ、もう行っちゃうの?」


 はいはい、そんな悲しそうな顔をしてもダメ。


 「まだ時間あるよ?」


 はいはい、そう言うヤツに限って時間をオーバーするんだよ。


 「もう、だんまりなんて酷い! ぷぅ、そこのポッドの蓋を開けたら帰れるよ、ぷぅ!」


 頬を膨らませて口を尖らせる母親。

 お前それ、可愛いから許されるけど歳考えろよ?

 大の大人がぶりっ子かましてたら大分目も当てられないからな?

 俺はカッコつけて母親の頭を一撫ですると、立ち上がり、ポッドの蓋を開けた。

 すると、吸い込まれるように世界がポッドへ入って行く。

 その間際、母親に一言。


 「また、いつでも呼べよ、お母さん様」


 俺は笑ってポッドへ飲み込まれた。

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