三十二「太陽の残り火は頬で」

 俺が次に目を覚ましたのはちゃんとした太陽が空にある時であった。


 「うっ……身体痛ぇ、起き上がれねぇ……」


 「およ? お兄ちゃんおはよう。で、なーんでそんなボロボロなの?」


 ラフィーは俺がボロボロである理由を聞いてきた。

 ……妖艶の悪魔にやられました。

 隠している理由はこれと言ってないが、彼女達に不安を与えたくないというのもあるので誤魔化しておく。


 「……夜、目が覚めたから外の空気吸いがてら散歩してたら魔物に襲われただけ。……死ななかっただけマシだけどな」


 「もう! 無茶しないでよ。なんなら私を起こしても良かったのに!」


 と言われましても貴女戦力にならないじゃない。お気持ちは嬉しいんですけどね。


 「……結構遠くで戦ってたからな。普通に呼びに行ける隙も無かった」


 嘘です真隣で戦ってました。

 俺は軋み続ける身体を無理にでも起こす。

 全身筋肉痛のような重さと痛み。

 正直、しばらくは使い物にならないだろう。


 「ならしょうがないか……でも、ちゃんとしてよ? お兄ちゃんいなくなったら私の面倒は誰が見るのさ!」


 うっわ嬉しいけど理由が嬉しくねぇ……

 このお転婆娘を扱えるのは俺だけなのかもしれないが、そんな理由で生き延びろと言われても心に響かないよ……


 「へいへい……今何時?」


 「もうお昼だよ。ロヴちゃんが牛さん狩ってきたからお昼にしよ」


 むぅ……確かに腹の虫が鳴いておる。

 だけど寝起きに牛はシンドイものがあるな。

 まぁ、この身体に栄養与えるって事で我慢して食べますか。

 旅している状況なんだから飯に文句もつけられないしな。


 # # # # # #


 「はぁ〜狩った食った!」


 「はいはい、おつかれご馳走さま」


 ロヴはいつも通り俺の倍以上の飯を食べた後、腹を叩きながらこちらをみる。

 悪かったな寝てて。こちとら急な夜戦で辟易してんだよ。


 「いやぁ、良かったね北の大地に着く前に昼飯にありつけて。……どっかのお馬鹿さんが眠りこけてたからだけど」


 うっ、心が痛い……

 すいませんでした眠りこけてて


 「ギクッ!」


 ってラフィー、お前もかい!

 俺よりたまたま早く起きてただけで実際寝坊したのは同じかよ!

 つかギクッて自分で言うなよ、態度で言えよ。


 「ってそんな事よりさ。アサヒはまだ眠たいの?」


 「眠いわけじゃねぇよ! 単純に疲れてるだけだわ!」


 人がぐったりしていると眠たいか疲れてるの二択だろうが。

 そう言うとロヴが急に俺のおでこに手を当ててきた。

 小さな手が俺のおでこよりも冷たく、心地よく感じる。


 「う〜ん……あれ、魔力欠乏? アサヒ魔法使えないよね?」


 「は? 俺もラフィーも純人間だから魔法なんざ使えないぞ?」


 実際、杖を使ってもプスッとか言いやがって何も出て……あれ? 最後何か出たけど……いやいや、アレは気のせいだろ。あんな見るからに上級魔法を使えてたまるか。

 俺は気を失う前に出てきた太陽を思い出す。

 ……完璧、俺の杖から出てたよなぁ。


 「だよね……うーん、だとしたら『ドレイン』持ちの魔物にやられたのかな? 人は魔力は多いけど術式が編めないから使えないだけだからね。……吸い尽くされたかも」


 『ドレイン』、吸い取る。まぁ、魔力を奪う類の能力だろう。

 折角の推測だ。乗っかってこーぜ!


 「あ、多分、そいつかも。わからんけど、戦ってる途中で段々と疲弊していったから」


 「じゃあ、『ドレイン』だろうね」


 案外バレないようだ。

 人を欺くってあんまりいい気分じゃないからやりたくないけどね。

 

 「アサヒ、ちょっと身体の力を抜いて」


 ロヴにそう言われて全身の力をだらんと抜く。

 すると、ロヴの手のひらから温かさが侵入してくる。

 不思議と体は拒絶せず、全身に染み渡るように溶け込んでいった。


 「ほい。ウチの魔力を少しだけ分けたから身体を動かすには支障はないと思うよ。それから! 無闇に魔物と戦わないこと。今回は生き延びたけどもし本当に空っぽになったら魂も吸い取られちゃうからね?」


 うっわ怖いなソレ。キヲツケヨー。

 『ドレイン』。きっと俺が想像しているよりも随分と怖い魔法なのかもしれない。

 響きだけで言えば妖艶の悪魔さんがしてきそうだし。

 なんか色々と吸い取られそう。


 「へいへい」


 「返事は一回」


 「へーい。わかりましたよ……ティ、ティターニアさん」


 俺は笑いを堪えながらふざけてみる。

 ロヴは顔を真っ赤にしている。

 くく、やったぜ。予想通り。

 あいつは本名を言われることに慣れてないようだ。


 「その、アサヒ……そう言うのはちょっと……」


 案の定、声を細々として聞き取れない音量で話している。

 えー、なにー?聞き取れなーーい!

 顔を真っ赤にして怒ってさ。

 殴られる前に避難避難。


 「じゃあラフィーと先に馬車に戻ってるわ!」


 俺はラフィーを抱えてすたこらさっさと逃げ去る。

 馬車に戻ると運転席でナビィが首で舟を漕いでいた。

 ……すいません。待たせてしまいまして。


 # # # # # #


 「……本名で呼ぶのは反則だよぉ……」


 少女の頬は苺のように染め上がっていた。

 

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