二十二「温泉危機一髪」
勢いよく浴場に入ったものの特にそれといった問題は無さそうだ。
案の定、人はいないし、真ん中に大きな岩が置いてある露天風呂もある。
「拍子抜け……ま、いいけどさ。サウナ……はさすがにねぇか。とりあえず汗は流すか」
俺は腰掛けて付属の石鹸を泡立てる。
てもて、てもて、てもてー、っと。
そして置いてある桶にお湯を汲んでバシャバァ! うーむ、シャワーが欲しい所だ。
ま、それは異世界だし仕方ないのだが。
「さぁて湯加減は、っと」
俺は足を滑らせなように慎重に入水する。
勿論、タオルは腰から取って頭に装着スタイルだ。
そして腰まで浸かると身体に電撃が走るような快楽が。
「あぁ〜気持ちぃ〜」
お湯に籠絡されて声を出す。
そんな俺は真ん中にある岩まで移動して背中を預ける。
昼間だがすこし冷えている岩に背中を驚かすが、お湯の温度と相まって心地いい。
岩の頂上からは少しだけお湯が流れている。
ハッキリ言って最高だぜ。
「これで月とかあったらもっと最高なんだけどなぁ」
人がいないことをいいことに独り言をたくさん捨てる。
国の真ん中にある旅館だが盆地になっているせいか空が大きく見え、建物の影は一つもない。考えられた設計だな。
「ラフィー達も隣で入ってんだよな……?」
岩横に見える間切の竹壁を眺める。
ここで覗いたら天国が待っているだろう。
だが、俺はそんな野暮な事はしない。
妄想に浸っていた方が安全かつ楽しめる。
覗くだけしか出来ないよりリアルな妄想でアレやコレしたい。いやん、アサタンのエッチ。
「この温泉ってどっからお湯引いてんだろ……地下かな?」
もしかしたらこの岩から出ているお湯こそが源泉掛け流しなのかもしれない。
見たところ他にお湯が出ているところもないしな。
「ま、お湯に浸かったらやることは一つだよな」
多分、俺だけのお決まりだが。
俺は目をつぶって思考の海へダイブする。
「ロヴはこの国出身のエルフである。だが、この国を揺るがすような行為をした。それは何か?」
再び、自問自答をしてみる。
何か……何故か……わからん。人の考えを読めるほど頭がいいわけじゃねぇしな。判断材料が足りなさすぎる。
ロヴはこの国にとって何か特別な存在なのかもしれない。
ならなんで盗賊に身を委ねたか説明がつかない。いや、きっとその説明は彼女以外は知ることが出来ないだろう。
「ますます訳わかんねぇ……ならもう一つ。あの悪魔に言われた真意は?」
俺が放つ『血の匂い』別に流血をしていたわけではない。それに魔女から何か因子を受け継いだわけでもない。
なら、この世界の他の人と違う点。それは元現実世界民だったこと。……なのか? 元々は異世界住民だったが現実に飛んでこっちに帰ってきた。それが俺。
元異世界住民だったのだから身体に特別な何かがあるとは思えない。
「だぁぁ、分からんことだらけすぎる。面倒くせぇよもう!」
俺の乏しい理解力やら推測力じゃ測れないぜよ。誰かヒントくれないかしら。
「いいのよ、分からなくて」
ふと、あの妖艶の悪魔の声が聞こえた。
まるで全て考えなくてもいいと支配するような甘い声色で。
「でも、それは俺だけの問題でもないし……何か見つかるならそれでいい。見つからないよりマシだし……俺をもっと知っていかないとラフィーが求めているお兄ちゃんにはなれない」
俺が優先したいものは魔王妃討伐なんかじゃない。妹のラフィーが求める兄になりたいのだ。それの為の魔王妃討伐である。
俺が前の俺を知らないと前の俺にはなれない。悪いところを知っていかないと良くできない。
良いところを知らないと継続できない。
俺がそんな不安をこぼすと身体が柔らかいもので包まれた。
「いいじゃない。私がいてあげるわ。他の人に目もくれなくていいのよ?」
俺は身動きが取れなくなっていた。というか……
「なんでここにいんだよ!!」
俺は妖艶の悪魔に後ろから抱きつかれていた。
あの、背中は岩に預けた筈なんですが。二つのお山ではないんですが。
「ふふ、そう怒らなくてもいいじゃない。私だって疲れた身体を癒したいと思ってたのよ? ……貴方に会えたのは嬉しい誤算だけれども」
彼女の細い指が俺の腰、横腹、右肩へと這い上がっていく。
そして、胸筋を滑らかになぞり続ける。
「いや、おかしいからね? ここ男湯だからね? やめてよ実は……的な展開は。さすがに身がもたないからね?」
「大丈夫よ。正真正銘、女の子よ。酷いのよ、みんな私を見るなり逃げ出しちゃって」
だからみんな逃げ出したのか。
そりゃそうだ、艶かしい女性が温泉に入って獲物を見つけた眼光をしていたら誰だって逃げるだろ!
「んぅ……温かいわね」
彼女は俺の左肩に顔を乗せ、手を俺の腹の前で組み、動けないようにしっかりと捕まえる。
そして、俺ごと落ち着かせるようにお湯に安心を預ける。
「ほんと何が目的かわからん奴だよな」
妖艶の悪魔は俺の方に吐息を当てて柔らかく話す。
「失礼ね。私は自由に生きているだけ。……縛られるなんて嫌じゃない」
代わりに俺が縛られてるんですが。
ま、まぁ? 縄よりマシですけど? むしろ本望ですけど? ……アンタじゃなかったらな。
「ほ〜ら! ふふっ」
妖艶の悪魔に勢いよくお湯を顔に当てられる。
身動きの取れない俺はやられたまま。
コノヤロウ……許さねぇ……
「オラァ!」
俺は彼女を振りほどいて彼女にお湯をかける。
彼女は驚いて目を丸くしていたが、すぐにいつもの嘲笑うような目に戻した。
「ふふ、私にこんな事できたオスはいないのよ。誇りなさい」
今度は正面から俺に抱きつく。
俺の胸と彼女の胸がガッチャンコ。
率直に、エロい。
「あらぁ?」
彼女は何かに気付いたようだ。
あっ、
「あらあらぁ?」
わざとらしく押し当てる。
ちょ。
「大っきくなっちゃったの?」
「ヤメロォォ!!」
俺は何回妖艶に踊らされればいいのだろうか。
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