十一「魔王の皮を被った勇者」

 俺はスミスの店に戻ると机に兎の肉塊を叩きつける。

 こんなところですら、苛立ちを発散しようと必死だったのだ。


 「おう? やけに早かったじゃねぇか。どうした、兎が怖くて戻ってきたか? ガハハ! ……ってー事でもないみたいだな」


 「……ラフィーは?」


 「上で寝てる」


 「……そうか」


 俺の目は肉食鳥のように鋭くなっていた。自然的に、怒りが目に現れてしまっていたのだ。


 「おい……スミスさんよぉ……ここいらにいんのは全部模造種の魔物なんじゃねぇのか?」


 俺は低く声を出す。

 ねっとりと蝕む、深淵のように。

 スミスは俺に睨まれ、肩を上げる。

 思ってた反応とは違って、また苛立ちが溜まる。


 「あぁ、その筈だぜ。なんせ、オーク様方に近づく物好きな純正種はいねぇからな。……だから、お前が切ったのは純正種じゃねぇ。安心しな」


 俺の苛立ちはだんだんと濃くなっていく。

 無論、再三考えを察したスミスにではなく、自分や兎への苛立ちだ。


 「じゃあよ……なんで、アイツは喋ってたんだよ……おかしいだろぉ!」


 ついに怒りがピークに達し、机を叩く。

 そんな俺には大層にも驚かず、スミスは話を続ける。


 「なら相手から話しかけてきたのか? 襲ってきたから切った。それだけじゃねぇのか? お前が切りたくて切ったのか? 死体だって確認したんだろ。それで模造種だって分かったんじゃないか?」


 ことごとく俺の動きを読まれていた。

 だけど、苛立ちがだんだんとなりを潜めた。

 もう、どうでもいい。

 それだけが心に残ってしまったから。

 もう既に色んな感情でごちゃ混ぜだ。


 「確認した……金が落ちた。模造種だ。襲われた。飛びかかられた。同胞の仇を討つためだ。それで切った」


 俺はとっ散らかった脳にある単語を一つ一つ吐き出していく。

 スミスはあいも変わらず優しい口調で俺を擁護してくれる。


 「なら、しょうがないだろ。……アサヒ、必要悪は必ずしも存在する。でなければ、人間と魔物の共存なんて不可能だろう。だから、お前の今日は必要悪だ。何かそれで問題があんのか?」


 「許さないって! 俺に……そう、言ったんだ。今だって斬り捨てた感覚が残ってる。失敗だったんじゃないかって、怯えてる。俺は……なんの罪もない魔物を……!」


 スミスにふと、抱きしめられる。

 汗の香りが今は優しい。

 親父はいないから男に抱き寄せられるのは初めての体験だ。

 だけど、どこか安心させられた。


 「アサヒ……お前は殺されてしまう家畜の命に感謝しているだろ? それだけでいいんだよ。奪って、奪われて。それが因果として絡まり続けている、立派な生命のサイクルだ」


 「……うん」


 声が出し辛い。

 喉の奥が閉められているようだ。


 「お前さんは必要だから魔物を狩った。魔物も必要だからお前さんを狩ろうとした。命を守るため? 金を得るため? 人を食べるため? ……なんだっていい。襲う大義名分があれば襲う。人間だって、理性を剥がしちまえば動物と変わらねぇ。何一つな」


 「でも!……それじゃ……!」


 鼻にツーンとした痛みが走って、視界がぼやけている。

 言葉が上手く出てこない。


 「俺も鍛冶をしていて何本の剣を無駄にした事がある。それを悪びれてないわけじゃない。だって、そいつらは失敗を次に繋げるための材料になってくれているからな。そいつらを俺の血と汗が覚えている。お前はどうだ? この肉と金の量じゃ……百は斬り殺しただろ。慣れだって感じただろ。それで、一つの失敗に怯えている」


 俺は話を遮ってまで大きく拒絶をみせる。


 「違う……! 確かに感じたんだ……殺すことが楽しいって……自分の中にあるはずもない感情が高ぶって!」


 「いいんだよアサヒ。まぁ、殺すことを楽しむのは、よろしくないがな。それとな……失敗は誰にだってある。それを糧にしないからダメなんだ。だから、失敗をした今のお前の前には選択肢が広がっている」


 スミスは俺から少し離れ、順々に指を立てていく。


 「一つ、これを経験に切り損ねない努力。二つ、怖いから二度と魔物を殺さない。三つ、殺させてもらう魔物に感謝をする。いや、すべきだな。ガハハッ! すまねぇな。歳をとると支離滅裂になっちまうんだ」


 スミスは朝と同じように大きく笑ってみせた。

 陽が落ちた窓ガラスに映るのは大柄な男性が優しく笑っている姿と、後悔で寂寞としている少年。

 二人は親子のようにも感じられた。

 

 「なら……俺は……変えてやる! 全てを……模造種を作った野郎を潰してやる。元々、感情のないままに作られたんだ。だからな! 人の命で遊ぶような人形遊びは終わらせてやる!」


 それをしかと聞き届けたスミスは強く、肩を叩いてきた。

 でも、強く、優しい。


 「ガハハッ! そりゃ凄えな。今の魔王妃様方々を殺すってか。まさしく勇者だな! 『勇者アサヒ、ここに存在』ってか?! ガハハッ…………ハァ。今のお前さんの表情じゃ、勇者と言うよりも魔王様だな」


 「だったら魔王にでも、なんでもなってやるよ。全て終わらせれるならなぁ!」


 「ガッハッハッハ! 威勢がいい! 面白れぇ、ちょいと昔話に付き合いな。アサヒ」


 スミスは手招きをしながら奥の暖炉前へと俺を招待した。

 俺のベクトルを変えた苛立ちは未だ、収まらない。


 # # # # # #


 昔々、ある所に大天使様がいました。

 その大天使様は世界の悲鳴を嘆き、自らが世界を纏めることに努めました。

 何故なら、その時の世界は国同士が争い、血で血を流すなんて日常茶飯事だったのです。

 それを見た天使様は世界を一つに。

 そう、動き出したのです。


 勿論、天使の世界じゃ現世に関与するのは駄目だったので、天使として認められる権利、大天使の羽を剥奪されました。

 けれど、天使様は諦めずに世界を一つにしました。

 一つになった種族の様々な人々に褒め称えられた天使様はこう言いました。


 「私は既に天使ではありません。たった一人の凡夫です。ですから、私に出来る事があるならば、その為ならば、私は悪魔にだってなりえます」


 天使様の威光は強く、世界を照らしました。

 けれど、天使様は世界を一つに纏めると、姿を消してしまいました。

 人々の噂では、本当に悪魔になってしまったと言われていたり、魔王や魔王の悪魔軍に殺されてしまったのではないか、と様々です。

 そんな世界の英雄の行方を知っている者は誰一人としていません。

 大天使様はたくさんを残していきました。

 たくさんの自然、

 たくさんの生命、

 たくさんの共存、

 たくさんの地域、

 一つに繋げた功績は未だに人々の心に刻まれています。


 # # # # # #


 「ってなもんだ。それで、この硬貨の裏に描かれてんのも天使様だってよ」


 スミスがコインを投げつけてきた。

 涙を流す天使の横顔が確認できた。

 しかし、俺は気の抜ける昔話を長々と聴きたためか苛立ちを忘れ去る事が出来た。

 あのままだったならば、犬死もしていたかもしれない。

 だからこそ、スミスへの感謝は尽きない。


 「天使様がいた頃は魔王妃も魔王を殺してなかったし、世界を二つに分けてもいなかった。天使はな、悪魔ですら救っちまってたんだよ」


 天使の慈愛の深さに驚かせれる。

 昔話で、どこまでが真実かは知らない。

 けれど、後世まで語り継がれる功績は大きかったのだと思う。


 「それから、天使様には万物の声が聞き取れたらしいぞ。だから世界を纏めれたらしい。お前も模造種の声が聴こえたんなら、世界を再び、一つにする事を夢見れるんじゃねぇか? ガハハッ!」


 えっ? なんか大層な話にナッテルゥ?!

 普通に、魔王妃殺しまーす。的な感じだったんだけど……? 世界を取り纏めるとかそんな才能ないぜよ!

 現実世界では教室で、すみっこぐらし!してたからな? リーダーシップは言わずもがな皆無である。


 「ガハハッ! 気張れよ! 魔王の皮を被った勇者さんよぉ!」


 バシン!と勢いよく背中を叩かれる。

 痛い……痛い……鞭打っすか……


 だけど、背中の紅葉には温かさが灯っていた。

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