退魔同盟への誘い①

 魔の討伐で相互の衝突を避ける一時的な取り決めをしたのが昨日のことだ。

 それはあくまで、しばらく互いに関わりを避けることで、時間と考えを巡らせてから今後の街の守りについて考えようというものであった。

 しかしながら、今しがた美紅が切り出した「同盟」と言う単語は、


「まるで共闘の取り決めのようだな。何故急にそんなことを言い出した?」


 剣聖が不審がると、それに対して何故か美紅が「ふふっ」と笑う。


「決まっているではないか、兎さん。その方が互いに利益があるからよ」

「誰が兎さんだ。というか貴様はなんだ? 何の権限があって話に加わる?」


 美紅の独特なノリに、剣聖は珍しくやや感情的に苛立ちながら訊ねる。


「ふふっ。古来、ヒロインの友人というのは、様々な面でヒロインの街の防衛に大きな助けを果たすものよ。つまり私は、あきらんのサポーターな訳よ」

「……バックの支援者ということか。普通はもう少し賢い奴がなると思うが」

「むっ。それは私が賢くないと言っているわけ? なになに、宣戦布告?」


 間にある机へ身を乗り出すように言う美紅へ、剣聖はげんなりした様子で溜息をつく。これまた珍しく、嫌そうな感情を露わにしている。

 どうもペースを乱されている様子の彼に、晶は乾いた微苦笑を浮かべた。


「まぁ、美紅が賢いかどうかはともかく、悪い話ではないと思うよ?」

「どうしてだ? 俺がその共闘とやらで、何の利益を受けるというんだ?」

「利益と言うか、その方が効率がいいって話ねー」


 晶に説明を求めた剣聖だが、説明をし出したのは、気を取り直した美紅だ。


「貴方は代々この地を守るって言う退魔士でしょう? で、晶は同じくこの地を守ろうっていう正義のヒロイン。共に、魔を討伐できる力を持っている。それが、分かれて街を守ろうとするよりも、一緒に戦った方が効率いいじゃんって話よ。目的は、互いに同じなんだからね」


 ウインクを決めながら、美紅は言う。剣聖は無言だ。


「勿論、細かいことで役割などを分担した方がいいだろうし、条件もいろいろと折り合いをつける必要はあるだろうけどね。でも、街を守るのが最優先だったならば、やっぱり同盟を結ぶ方が賢明でしょう」

「賢明?」

「うん。貴方が、街を魔から守ることに利己的な権益を求めているのなら話は別だけどね~。街を守るのが最優先なら、話は早いと思ったんだけど」

「ちょっと美紅。その言い方は、どうかと思うよ?」


 やや挑発気味な美紅を、晶がたしなめる。

 もっとも剣聖は、それに対して憤りも苛立ちもみせない。

 ただ、黙して考えている。


「でも、美紅の言う通り、互いに協力して街を守った方が、いいと思う」


 閉口している剣聖に、晶がそう声をかける。

 剣聖は、目だけ動かして彼女に視線を向けた。


「昨日も共闘して、別に仲違いしているわけじゃないから。一緒に戦う道を模索してくれたら、私も嬉しい」

「………………」


 提案をする晶に、剣聖は黙り込んだままだ。

 ただ、彼は何やら考えているらしく、視線を斜めに下げて腕を組んでいる。

 そんな彼に、晶と美紅は返答を待った。

 ややあって、剣聖は口を開く。


「分かった。断る」

「そうか、分かってくれたかぁ――っておい!」


 返答に、美紅が思わずツッコミを入れる。一方で晶は目を瞬かせた。


「どうしてよ! 別に悪い話じゃないはずでしょ!」

「悪い話だ。どうして街を守るのに、お前たちを巻き込む必要がある?」


 再び身を乗り出す美紅に、剣聖は少し鋭い目で応じる。

 それに、美紅はやや気圧された。


「社宮市を魔からずっと守ってきたのは、ウチの家系だ。今までそうだったし、これからもそのつもりだ。そこに、他人を巻き込む気はない」

「ど、どうしてよ」

「権益云々の話ではない。もし魔を倒すことに何らかの利益があったとしても、それが欲しいならくれてやる。だが、魔との戦いは正義の戦いなどではない。ただの殺し合いだ。そこにお前たちを投じさせることに責任は取れない」

「責任って……そんなことは――」

「仮にお前が死んでも、か?」


 ギロリと突き刺すような視線を、剣聖は晶に向ける。

 それに、晶は口を噤む。


「自分の命に責任は持てる。だが、俺は他人の命にまでは責任が取れるほどの出来た人間じゃない。お前には家族がいるだろう。そんな家族に、もしもお前が死んだ時は、どういう風に告げろと言うんだ?」

「そ、それは……」

「第一、俺とお前は昨日までは赤の他人だった。そんな、どんな人間かも実力も分からない人間を、命懸けの戦いの場に連れ出せるか」


 正論を、剣聖は一気にまくしたてる。

 その言葉に返せないのか、晶は黙る。

 自分勝手な理由を持ち出されたならば、彼女とて反論しただろう。しかし、剣聖の言葉はどれも、裏では晶やその周囲を慮った上の発言であった。

 これに、晶は反論する術を持たない。


「あら。晶の実力を疑っているなら、それは無用な心配よ」


 黙り込んでいた晶に対し、そう切り返したのは美紅であった。

 その言葉に、剣聖と晶も振り向く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る