6-5 ミラクル -Magic-
「それについて話せる事は無い。だが、何処で手に入れたかは教えられる」
椅子に座って踏ん反り返ってげっぷをするチャンス。コーラみたいな炭酸飲料をデスクに置いて、褐色の肌の少女の腰に手を伸ばす。この事務所は随分と大きいが、あんなしのぎをやっている身だ。さぞ羽振りがいいのだろう。
「町の北端に小さな骨董屋がある。まあ、店主夫婦がちょっと抜けた感じで、よく盗みに入っても気付かれもしない。そいつも先日倉庫から拝借した」
唖然とするような事を平気で言われた。なるほど。窃盗に賭博。悪党なわけだ。
「真っ青な屋根の店だからすぐに分かる。それと、こいつを返すのは自由だが、俺の事を話せば三人とも自由は無いと思え」
等と脅しをかけてくるチャンス。今更ストリートギャングにそんな事を言われてもどの辺りに恐怖を感じればいいのか分からない。機会があれば古竜ザーヴァ狩りに同行如何?
「四人だぞ? エトハール君は……何処に行ったんだ?」
「トイレです。ここの事務所の」
リストにそう言われて、メモ教授が俺と顔を合わせる。互いに顔色が悪くなった。『トイレ』という場所がまずい。そのホットスポットにエトハールがいる事で得体の知れない化学反応が起こり、あり得ないミラクルが起きる可能性が想定される。いや、確定と言い換えておこう。
「じゃ、俺たちこれで。リスト、行こう」
俺はそっとリストに『逃げるぞ』と告げた。リストはくすりと微笑して、チャンスに手を振った。チャンスはセラミックみたいな白い歯を出して、愉快気に笑った。
気の毒に。あの人に悪い運気が回ってくる予感がするぜ。多分、トイレに端を発した事でな。事務所を出て、後ろを振り返った。瞬間、戦車砲が直撃したような爆発音が響き、汚水が天高く噴き上がった。強烈な糞の臭い。俺はリストとメモ教授を抱えて、瞬時に後ろに引いた。
「ああ……こりゃ酷い。予想の斜め上だ」
憐みの言葉とは裏腹にメモ教授は愉快気に笑っている。俺もおかしくて笑ってしまう。やがて糞塗れの事務所の残骸から茶色い人柄がてくてくとこちらに歩いてきた。シルエットから察するにエトハールか?
「すみません。奇跡が起きて」
そう、申し訳無さそうに肩を窄めるエトハールに俺とメモ教授はげらげら笑ってしまった。奇跡が起きてって……馬鹿な話だなぁ。
「とにかくお風呂に入ってきて下さい。私は服を買ってきます。香水も……少しはお洒落もしませんと」
と一人でリストは行ってしまった。俺たちはこのトイレの魔人をどうにかして風呂に入れなければならない。といっても銭湯的なものでも門前払いになるのは予想出来る。それなら。
「ここ、洗車場ってありますよね?」
「お! いいね! こんないい天気だ。思い切り水浴びするのも一興だな!」
メモ教授はネクタイを襟から取って、ポケットに仕舞った。俺もジャケットを脱いで脇に抱えた。ちょうどさっきのレースで緊張の汗を掻いていたんだ。水浴びもいいさ。ちょうどいい。
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