5-8 雷迅黒鳥 -Thunder Bird-

「一体どういう事だ? ここに何があるというのだ?」


 メモ教授が不審げに眉を寄せる。


「ここにあるんです! この下に神殿が! レナンの不死鳥の神殿があるんですよ!」


 エトハールに言われて、俺たちは唖然としてしまった。ここにあるって言った?


「オベリスクを……あれを動かしては駄目です! ああっ!」


 エトハールがオベリスクを指差す。


「はははははっ! やったぞ! これが入口なんだ! 動けよ!」


 テンパスが魔力の波動を放つ。オベリスクが少しずつ後ろに押され、ついに倒れてしまった。衝撃でどーんと地が揺れて、直後下で何かが蠢くような感触がした。気味が悪い。寒気がしてしまった。


「まずい……不死鳥が覚醒を始めている」


 エトハールは赤い光の剣を抜いて、パンフラワー夫妻に斬り掛かろうとする。


「ははっ! 少し時間稼ぎをさせて貰う! そらっ!」


 テンパスが小瓶を数個投げて、パルスが投げキッスで魔力を放った。二つがぶつかって、煙が生じ、魔物が数匹目の前に出現する。


「では、御機嫌よう!」


 テンパスがオベリスクの下から出現した階段を下りていく。パルスも俺たちに意地悪な笑みを向けて、階段を下りていった。


「リスト」


 俺が呼ぶとリストは何も言わずにレゼルの魔剣を渡してくれた。


「サポート頼む! エトハール、やれるか?」


「何時でも!」


 笑みを交わして、二人で前に出る。後ろからリストが炎の矢で魔物をけん制して、俺とエトハールが剣で斬り伏せた。三人で掛かればこんな雑魚五秒と掛からない。


「レナン騎士団! 不死鳥は目覚めさせない! 俺たちはあんた等とは敵対しない!」


 でかい声で宣言してから俺は階段を下りた。螺旋階段になっていて、中心が広い吹き抜けになっている。下から駆け下りる足音が聞こえる。パンフラワー夫妻は大分先を行っている。俺たち四人も全速力で駆け下りていく。


「教授、先行します」


 俺はリストとエトハールを連れて先行する。メモ教授の足はかなり遅い。魔術特化のモデルなのだろう。体力や筋力はそれ程でもないようだ。先を急ぎながらふと壁を見る。イオ灯の明かりで壁に彫られた彫刻が見えるが、あまり目を向けたくない。見るもおぞましい災厄のようなものが延々描かれていて、それをもたらしているのが大きな鳥なのだが、あれがレナンの不死鳥だろうか? 下で崇める人々に死のようなものを与えて、その後人々に豊穣を授けているようなシーンもあり、一体どっちの味方なのか分からなくなる。


「シドウ、底が見えてきた」


 エトハールが前方を指差す。俺は前を向いて、大きな扉の中にパンフラワー夫妻が入っていくのを見た。俺は第一段階の限界速度まで上げて、先に扉の中に入った。


「素晴らしい! これがレナンの不死鳥!」


 テンパスがそれを見上げて、諸手を挙げて喜んでいる。俺はそれを見上げて、唖然としてしまった。それは鳥の形をしていたが、地球にいるような雅な造形を有していない。いや、そもそも生物ですらない。機械の外装を纏った半有機生命体といった外見で、目が赤く点滅している。どうも起動の準備が整いつつあるらしい。


「これだ! 起動スイッチ!」


 テンパスが押そうとしている。俺は叫んだ。


「止せっ!」


 遅かった。スイッチを押す音が聞こえ、部屋から機械の起動音が鳴り始める。中心に鎮座するレナンの不死鳥が首を持ち上げ、天に向かって歌う。まるで死に喘ぐ人々の声のような、地獄から湧き出た死霊どもの嘆きのような。もはや目覚めを阻止する事は叶わないようだ。起動する。


「不死鳥よ、私に祝福を! 完全な不死を与えたまえ!」


 とテンパスは言うが、果たして本当にそれを与えて貰えるのだろうか? 俺にはとてもそうは思えない。不死鳥がテンパスに顔を近付ける。


「はは……は……う!」


 突然テンパスが苦しみ始めた。不死鳥は赤く光る眼でテンパスに何かを施しているようだが、何をしているんだ?


「は……はぁはぁ」


 テンパスは膝を折って、その場に倒れた。一体何が?


「う……」


 テンパスが這いつくばりながらこちらを向く。その顔が……皺だらけで髪が白くなっていく。


「遅かった……不死鳥の力が顕現している」


 エトハールがテンパスを指差す。


「不死鳥は人に不死を与えたとされていますが、それは誤解なんです。あれは『今の』人に死の安息を与えるために作られた大量殺戮兵器で私たちの不老不死を解除する機能があるんです」


「そうか……それで」


 あの壁の彫刻に描かれていた通りなのだ。死を与えられた『今の』人間たちが、残された生をまっとうする喜びを得て、それを豊穣と表現した。未来を予言しての事だろう。誰か、優秀な科学者が、自分のエゴであれを作って、何時か人が安らかに死ねるように、と祈りを託した。馬鹿げていると思うが、個人の思想は余人に理解出来るものではない。人を愛する表現がああなってしまったという悲しい事実があっただけだ。止めなければ。


 レナンの不死鳥が翼を羽ばたかせて、こちらに突っ込んでくる。俺はリストとエトハールを庇って横に飛び、何とか直撃を避けた。


「不死鳥が……シドウ君、怪我を?」


 リストが俺の腕を触る。少し切ってしまったか。


「寧ろ好都合だ。第三段階で奴を倒す」


 俺は立ち上がって、レゼルの魔剣を構えた。これが二度目だが、出来るはずだ。俺には……出来る!


 心の中で自らを縛っている鎖を解き、魔力のいづる所在ありかとレゼルの魔剣を直結する。二つのエンジンが回転を始め、一気に爆発的な出力を叩き出す。魔力の高まりは勢いを増し、針が振り切れた。瞬間、俺は光になった。黒いカウル、長い白髪、角が生えた感触。


「それが第三段階……私と戦った時とは比べ物にならない」


 エトハールが驚いている。そういえば彼女は初めて見るか。出来れば見て欲しくないが。


「行くぞ!」


 稲妻の翼を上向かせ、羽の先から光が放出される。一気に凄まじい加速が掛かり、俺は飛び立った。入口の扉を潜り抜けて、吹き抜けをまっすぐ上昇する。


「何だ、あれは?」


 メモ教授が一瞬俺を目で捉えたようだが、稲妻の閃光としか知覚出来なかっただろう。不死鳥は既に歴史博物館の天井を突き破って空に出ている。俺も天井に開いた穴を通って空に出た。ヴィレンカント上空でレナンの不死鳥が旋回している。地上ではレナンの不死鳥を指差して声を上げている人間たちがいる。聖職者、兵士、街の住人、観光客の注目の的だ。


 レナンの不死鳥がゆっくりと向きを東に向け、いきなり加速した。アフターバーナー? 音速の二倍近くは出ているぞ? 俺も即後を追って加速した。カウルが高速飛行形態に変形する。顔にマスクが下りてきて、レナンの不死鳥にターゲット表示が合わさる。腕時計の翻訳で『FIRE』と赤く表示された。発射。雷が瞬時に標的に到達し、レナンの不死鳥の右翼に直撃。僅かに白煙を吹いてバランスを崩したか、消火機能が付いていたのだろう。すぐに体勢を立て直して、急降下した。下は渓谷だ。狭い谷間にレナンの不死鳥が侵入する。上手く撒く気か? いいだろう。離れないぞ?


 後を追って渓谷に侵入。身体をロールさせて、渓谷の隙間に身体の角度を合わせる。狭い。レナンの不死鳥の方が大きく、より困難のはずだが、あちらは最初から飛行する事を前提に設計されたのだ。こちらも負けてはいられない。渓谷の角度が右、左、右、と次々に変わり、俺は冷静に身体をコントロールして、狭い隙間を蛇のように滑らかに飛行していく。揺れる下半身を何とか前に引っ張って、振り切られないようにぴったりとレナンの不死鳥の尻に張り付く。と、不意にレナンの不死鳥が急上昇。前方の隙間が狭過ぎる。


「!」


 俺は上手く姿勢バランスを崩して身体を回転させ、隙間を通過する際何処も擦らないようにやってのけた。身体を再び前に向ける。上からレナンの不死鳥が下りてきた。渓谷が終わる。開けた平地に出た。レナンの不死鳥が再びアフターバーナーを掛け始める。これ以上は好きにさせない。ターゲット表示がレナンの不死鳥に合わさる。俺は全身に稲妻を纏わせ、一気に加速した。上昇するレナンの不死鳥。後を追って、空高く。高く、高く、更なる高みへ。黒い空に太陽の光。眼下では丸い惑星から何本も塔が生えている。カウルの表面が凍り付き始めている。温度が低過ぎるんだ。電熱で幾らか緩和出来ているが、長くは持たない。俺は意を決して、光の速度まで加速して、レナンの不死鳥に突撃した。自身を光の矢と化して、レナンの不死鳥を貫いたのだ。すぐに反転して大地を目指し始める。帰り道の一瞬ばらばらに爆散するレナンの不死鳥が見えた。有機体部分に人の姿を見た気がするが、見なかった事にしよう。自らを神と定義した結果ああなったのかも知れない。その程度の仮説で十分だ。神になろうなんて、思い上がったのが間違いだったんだよ。


 空を抜けて、地上に帰還を果たす。ヴィレンカントが見えてきた。やがて人の大きさを視認出来る距離まで降下すると声が聞こえた。歓声だ。皆手を振っている。


 ああ……人間で良かった。


 俺は暖かい物が胸の内にあるのを感じて、笑顔で地上に降下していった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る