5-2 ご招待 -Prof.Memo-

「これはメイナ、またはマイナと呼ばれる神の時代であるが、突如として文明が消え、その後人間たちの時代が到来したと言われている。文明が消えた原因について新しい仮説が生まれたが、先日塔内の世界で巨大な古竜、いや、巨大怪獣と言うべきかな。全長が二百メートルを超えるような怪物。それが世界を滅ぼしたという説を私は推している」


 チリリリリーンとベルが鳴った。


「ああ、今日はここまで。次回はディナス神殿と古代魔術の関わりについて。図書館で予習してくるように」


 メモ教授が分厚い本を閉じる。生徒たちは教壇にメモ用紙を置いていって、教室を出て行った。あのメモ用紙に理解出来なかった事を書いて、お返事を腕時計にメールで送信して貰う仕組みらしい。学院の資料に書いてあった。


「ああ、早速来てくれたか。正直観測科のコリンズ先生には取られたくないと思っていた」


 メモ教授が俺を手招きする。俺はリストと鞄を持って教壇まで下りていって、教材をまとめるメモ教授が顎をしゃくってついて来いというから一緒に教室を出た。向かった先はオフィスのようだ。メモ教授のオフィス。中に通されると俺は唖然としてしまった。壁際にずらりと並んだ遺物の数々。魔術の儀式に使いそうな杖や妙な槍、へんてこな仮面に月を映す鏡、土偶のようなもの、少女の姿のアンティークドール。ああいや、これは人間か。


「教授、学会に持参する資料はそこのボックスにまとめてありマス」


 やけに硬い口調で話す少女だ。よく見ると表情の変化に乏しい。というか表情がぴしりと固まって動いていない。


「彼女はドロレス。オフィスの整理を手伝って貰っている」


 メモ教授が紹介するとドロレスはこくりとぎこちなくお辞儀をした。


「イーバ・モノス」


 リストが何か言った。


「知っているのかね? 驚いた! 君、名前は?」


「リスト・ブレイズ」


「何処でイーバ・モノスの事を?」


「セヌンの儀式について少し勉強した事があって」


「ああ、ディナス神殿について学習しているんだね。ちょうどいい。予習を兼ねて講義しようか。人の時代が始まってまだ間もない頃に天災を神の怒りと定義した民衆の不安を取り除くために生贄が捧げられるという風習が出来上がっていった。それを取り仕切っていたのがディナス神殿の神官たちだったが、生きた人間を生贄に捧げる事が叶わないために代わりを用意した。それが生き人形と呼ばれたイーバ・モノスだ」


「教授は遺跡の発掘で彼女を?」


「ああ。発見された時に五体満足だったのは彼女だけだった。研究対象として保管していたのだが、本人のたっての希望でね。今はこうしてお手伝いだ」


 何と古代のからくりで動くアンドロイドのメイドさんだったらしい。


「人間のような欲が無く、仕事に忠実で、儀に厚い所が気に入っていてね」


「イーバ・モノスは一説によると貴族たちの身の回りの世話をしていた事もあるとか」


「そう。ドロレスもそのために作られたそうだ。私はとんだ勘違いをして、死者の書ではなく、そこから派生した実験場を掘り当てたというわけだ」


「死者の書……ですか。不老不死を叶えるという」


「楽園に至る方法を記した、と言って欲しいね。私たちとは違って、当時の人間はまだ死を克服していなかった。寿命があったという事だね。もっとも地球から誘拐されてきた私たちと古代人たちは全くの別物であるという確証はとうに出ている。正しくは古代人たちを原住民と呼ぶべきだな」


「恐らく死者の書は実在します。でも、ずっと遠い場所にあります。私なら塔に入って探索出来る場所には隠さない」


「面白い事を言うね! 一体何者だね、君は?」


 メモ教授はリストに興味津々だ。俺はリストがやり過ぎないかと内心冷や冷やしている。


「つい最近こちらに連れて来られたもので、気を紛らわせるために本を読み漁っていて」


「ああ、分かるよ。私もここに来た頃は同じだった。どうだね、今晩シドウ君と二人で我が家に来ないかね? 家内のシチューは絶品でね」


「ええ。是非」


「決まりだな。さて、本題に入ろうか。カルンベル・テクニカルサービスという名前に聞き覚えはあるかな?」


 不意にぎくりとする事を聞かれた。


「え? カルンベル?」


 俺は惚けて誤魔化そうとする。


「いや、もうネタは割れているんだ。モンタージュが回って来てね。顔画像検索でヒットはしたが、閲覧不可の人物として登録されていた。お上に聞いたら赤の騎士団団長のガブリエル氏を紹介されて、君たちの事を聞かされた。月から来たヴァルキリーと知り合えて光栄だ」


 俺はどうすべきか思考している。


「ああ! どうか短気を起こすな! ガブリエル団長からよろしくと言われた身だ。君たちを余所に引き渡す気は無い。カルンベルと学院は提携しているが、必ずしも共同歩調を取るわけではない。私の立場を理解して貰えたかね?」


 俺は剣を抜く気を失った。この教授は大体の事情を知っているうえで目を瞑ってくれると言っている。


「うん。私としては仕事の手伝いをしてくれればそれでいいんだ。聞きたい事がたくさんあってね。有能な助手を二人も得られて幸運さ」


 メモ教授は眉を上げて、にこりと笑った。


「だが、勘違いしないでくれ。私は君たちの生活の邪魔はしたくないし、少しの間だけここで仕事を手伝って欲しいだけなんだ。君たちがあまりにも優秀で稀有な存在だからちょっと惜しくてね」


 言いたい事は分かった。学者として純粋に探究の道を求めているだけで悪意が無いんだ、この人は。ただこの人に我々の真実を伝えるのは無理だろう。自己破綻して、悲惨な事になる予感がする。真実を伝える義務がある、とか言い出す危険性もあるしな。ユシミールの影が俺にそう告げている。分かっている。あんたとの約束は守るさ。こう見えて俺は約束を守る男だからな。


「しかしな、未だに信じられんよ。古竜を二人で倒しただなんてな。良かったら夕食の席で話を聞かせてくれ。ああ、家内なら心配は要らん。口が堅いし、頭も良い。生物科で教鞭を執っているのでな」


 メモ教授が俺にウインクする。


「ああ……」


 俺は苦笑して、リストと目を合わせる。リストは頷いて、メモ教授に答えた。


「では、日が暮れた頃にお伺いします。奥様のシチュー、楽しみにしています」


 そういう事になった。ブレザーでお伺いしても良いかな? いや、ここはスーツだろう。リストもドレスアップしないとね!

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