2-9 合掌 -Rest In Peace-

「議事録には地下の工事中止と記載した。大飢饉については住人の記憶から消えるのはそんな長くは掛からなかったよ。人間は簡単に忘れられる生き物だ。特に他人事はな」


 ユシミールは冷めた顔で微笑して、何かに謝罪するように目を伏せた。


「地下工事中止、ね」


 子供になれるはずだったそれ等に対する罪悪感でそんな隠語を付けたのか? そんな気がする。


「この事実をガブリエルやグルーナスが知ったとして、彼等はどう行動すると思う?」


 ユシミールが俺を値踏みするように睨む。


「あんた等を断罪するね。でも、それをやればこの村は多分終わる。システムの存続はあんた等抜きでは語れない」


「だから君は信用出来るんだよ。彼等には正義が第一だ。でも、人はそれだけで生きられる程強く出来ていない。私もそうだった」


 その何処か弱音を吐露するような弱い口調に俺は同情の念を抱いた。雀の涙程ではあるが。


「でもさ、俺って捜査官なんだよね。今は非番だけど、午後からは仕事だからさ。あんた、爆破事件の容疑で逮捕するよ?」


 俺はユシミールを指差して、ウインクしてやった。


「そうだな……それで幕引きに出来るならそれでいい。午後まで少し猶予があるしな」


 ユシミールは穏やかに微笑して、後ろを振り返った。整然と並ぶカプセルを眺めて、佇立したまま動かない。


「そっとしておいてやれ」


 先生が俺の肩を叩く。俺は頷いて、気になっていた事を聞いた。


「先生はここで何をしていたんです? 皆伝を許されて、一度お礼をと思っていたんですけど」


「あー、ははっ。実はここで新作の出来栄えを見ていたんだ。お前以上の剣士が出てこないかと」


 明け透けに言われた。俺は呆れて、小刻みにせせら笑ってしまった。


「やっぱ当分無理そうだわ。お前さん、絶妙なセッティングで組まれたようだが、やっぱりそういう職人仕事って機械でも難しいみたいでな。同じセッティングを設定しても上手くいくかかなり微妙だ」


「同じセッティング? どれくらい作ったんです?」


「三人くらいかな。喜べ、妹が三人も出来たぞ!」


「いもうと? ちょっと待って! 待て待て!」


 俺は混乱して、三人の妹とやらを想像してみた。いや、血縁はないはずだが、同じラインで製造された兄妹機というのは関係性としてどうかと……ないな。普通ない。


「心配するな。皆俺がみっちり仕込んでやる。ステータスとしてはお前と同等か少し上。しかしな、センスがあるかどうかについてシステムが出した答えは九割三分不可だとさ。力を引き出す能力がどうもな……お前はちょっと上手く出来過ぎた」


 妙な褒められ方をされて、俺は照れていいのか判断に迷った。謙遜はしておこう。


「俺はただ剣だけが生き甲斐になっただけで……それも嘘だったみたいですけど」


「それでも、嘘から出た実だろ? お前はひと月で布是流の皆伝に至った。弟子の中でお前程才に恵まれた者はいなかったさ」


「ありがとうございます」


 俺は先生に頭を下げて、ようやく礼が言えたと安堵した。


「あの……すみません」


 リストが俺の袖を引っ張る。何事かと振り向いたら内股でもじもじしていた。


「お花を摘みに行きたいのですが……」


「ああ、お嬢さん、あっちの突き当たりだよ」


 先生が奥を指差す。リストは猛然と走って行って、向こうでドアが開閉する音が聞こえた。


「そういえば冷えますね、ここ」


「ああ。機械に高温は大敵だからな。彼女が戻ってきたらお前は上に戻れ」


「はい」


「それにしてもお前が女を連れてくるとはな……あんな子いたっけ?」


「いや、彼女は……実はちょっとわけありで」


「わけあり? いいね! 聞かせろよ!」


「あ、ははっ。じゃあ、出会いから」


 俺は久し振りに先生と話せるから浮かれてしまって、数秒気を抜いてしまった。さて、といざ話そうという段で気配が一つ消えている事に気付いて、はっと振り返った。


「ユシミール? 何処へ?」


 いない。姿が消えている。


「いいのさ。五十年前の始末をつけるんだよ」


 先生に言われて、俺は思わず追いかけようとしてしまった。でも……二歩目まで足が出なかった。きっとあの人は、あの人たちは行ってしまうだろう。前任者たちと同じ所に。


「後任はいるし、今度はもう暴動も起こらない。未来は幸福で満たされる。願いは叶うさ」


 先生が穏やかに笑っている。俺は自然と手と手を合わせて、目を閉じていた。あの人は生きたまま人を捨てて、最後には仏になってしまった。でも、それを忘れる事はない。俺はきっと何時までも覚えている。

 

 ――その日赤の議員たちが突如として失踪する事件が起こった。後任は既に選定されていたようで議会も問題なく機能している。会議場とベルドリッジ邸の爆破事件、及び図書館の爆破未遂事件については未解決という事で決着した。


 ガブリエルはそれとなく事情を察していたようだが、当たり障りのない程度に気を遣って済ませておいた。そして、俺はEFPDを辞職して、以前の通り雇われ剣士に逆戻り。また無職同然だが、それでいい。今はリストと一緒にいられればそれで良かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る