1-9 テムの店 -Second attack-

 五番区の高級住宅地に閑静な、という言葉は似合わない。


 中頃から突き出したように商店が進出していて、何処か日本の横町を思わせる街並みがそこにある。


 その片隅に随分とお洒落な赤い看板を出す店があるが、それがテムの店だ。


 俺は古い木製のドアを開けて入店した。


「らっしゃ、何だ。シド坊じゃないか!」


 この店のマスターだ。アニメで見るようなロボットの顔だが、機械生命体の星の出身だと前に聞いた事がある。


「ご無沙汰」


「一週間くらいか。今何してるの?」


「護衛だよ」


「へえ……そちらの彼女は?」


「パートナー」


 適当に言った。厄介に巻き込みたくない。


「そうかそうか……女っ気の無かったお前さんにもとうとう春が」


 俺は笑ってしまった。


「早合点だって」


 恋バナについてこのマスターはかなり熱心だったと今思い出した。かなりうざいが、客には愛されているようだ。常連も承知で話に付き合っている節があった。


「二個玉二つ」


 店の定番を注文。カウンター席にリストと隣り合って座って、肘をついた。


「二個玉って?」


 リストが興味あり気に俺に聞く。


「当店のおススメでございます。こちらにお立ち寄りの際は是非ご注文を」


 マスターがカメラ部でウインクの表示を出す。


 よくやると俺は呆れ、リストの顔にはおかしそうな笑みが浮かんでいた。


「ところで、フゼさんの足取りは分かったのかい?」


 マスターもカウンターに肘をついて、頬杖をつきながら首をやや傾ける。


「うーん……情報は貰ったんだ」


 俺はあまりあの話にはいい匂いを感じていない。


「胡散臭いのかい?」


「初めて話す人だったからさ。ベルドリッジって人なんだけど」


「は?」


 マスターの顔色が変わる。俺は何事かと顔を覗き込んだ。


「あの屋敷の? 筆記者の?」


「そう。その屋敷の筆記者の」


「よく通して貰えたな。余程の事だぞ?」


「そーみたいね」


 俺も場違いな所に招かれたとうっすらと思っていたが、間違っていなかったようだ。


「まあ、情報については信じてもいいと思うよ。かなりの変人だけど悪い人じゃないしね」


「……だろうね」


 俺はダークスーツの少女が出した二個玉のジョッキに視線を落とした。


「これ、レモネードですか? あ、レモネードだ」


 早速リストは二個玉に口を付けていた。味は確かにレモネード。二つ入っている白い玉はバニラアイスに味がよく似ている。


「こんなものがあるなんて。つ」


 うっかり言いそうになったようで、リストは口を噤んだ。俺は一瞬ひやりとしたが、冷静な彼女にとりあえず安心した。


「わけありだね。いいね、ミステリアスな美少女って」


 マスターが冗談めかして笑う。気を遣ってくれたか、客商売の専売特許って奴ね。


 俺は感謝の念を一応送っておいて、腕時計を操作した。代金の支払いだ。ここではこうやって金銭をやり取りする。電子マネーって奴みたいだ。


「じゃあ、二人の門出にどかんとでかいお祝いの歌を」


 マスターが余計な事をしそうな気配。俺は苦笑いで止めようとして、どかんとでかい爆発音を聞いた。店が揺れて、窓ガラスが割れる。


「うわぁおっ!」


 マスターが体勢を崩す。俺はカウンターに手をついて、何とか倒れずに済んだ。


「何だ!?」


 店の外で誰かが騒いでいる。


「爆発だ! ベルドリッジさんのお屋敷じゃないか?」


 声が聞こえてくる。俺は咄嗟に立ち上がって、ごくりと唾を呑んだ。


「どうなってやがる?」


 笑えないジョークだ。ベルドリッジの屋敷で爆発? 一体何故? それに今の爆発の感じ、あれは……。


「シドウ」


 リストが俺の袖を掴む。ここで判断を誤るとまずい。


「騎士団の本拠だ。城に行く」


 俺の任務は護衛だ。仕事を違えるわけにはいかない。


「でも」


 リストが食い下がろうとする。俺は耳元でそっと告げた。


「一発目が餌で。集まってきた所で本命の二発目って場合もある」


 それを聞いて、リストはぞっとした顔で黙って俺に手を引かれる。


「気ぃつけろよ!」


 マスターが忠告してくれた。俺は手を振って、店を出た。


 外は騒然として、人がどんどんベルドリッジの屋敷の方へ押し寄せている。嫌な予感がした。俺は迷わず城を目指す。多分あそこは一回やられているからかなり警備が厳重になっているはずだし。


 あの爆発――会議場を吹っ飛ばしたのにそっくりだったんだ。同じ奴の仕事だ。標的はもしかしたら俺かも知れない。


 俺はもくもくと黒煙の上がる屋敷を背に走り出した。脳裏でガブリエルの安否を気にしていたが、俺には知る由も無かった。

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