並び立てない彼らのやりとり




「なんだ、呆けているのか」


「……千里、兄……」


「こういう時に何もできないのが嫌だから、地位と力を望んだんじゃなかったのか。ただ呆然と間抜け面を晒すだけなら、あの時よりも酷い醜態だと思うが?」


「……返す言葉もないよ」


「なら、動け。地位も力も、手にあるだけでは意味がない。使うために望んだんだろう」


「――こうなった時に使うためじゃなくて、こうならないために望んだのに」


「反省も後悔も後にしたらどうだ。今優先すべきを、今更間違えるなよ」


「そう、だね。……今動かなかったら、僕のものじゃなかった跡継ぎの座を、兄さんたちから奪った意味がない」


「奪った、なんて自虐的な言い回しだな。そんな風に思っていたとは知らなかった」


「だって、年齢を差し引いても、跡継ぎに目されていたのは僕じゃなかった。だから、僕は彼女と出会ったし……ああいうことが、起こった」


「お前は歳の離れた末弟だったからな。ひとりくらい、しがらみの少ない世界で生きさせたかった親のエゴだろう。――その結果、今があるんだから皮肉なことだが」


「我が儘を言った、自覚はあるよ。……高い地位を望んだ。僕よりもっと、その地位に相応しい人がいるんだって、知ってても」


「そうだな。あの時だったら、俺や藍里の方が跡継ぎに相応しかっただろうな」


「…………」


「だが、お前は望んで、俺たちは望まなかった。その地位に相応しいように努力を続けてきたお前が、あの時の俺たちより劣っているはずがないだろう」


「恨んで、ないの。千里兄だって、自分が後を継ぐんだって、確信してただろうに」


「他にやりたいことがなかったからな。別に、なりたかったというわけじゃない。――実の弟を恨むだなんて、そんな人間だと思われていたとは。傷つくな」


「……。さすがに白々しいよ」


「まあ、本気で言ってるわけじゃないからな。弟だろうがなんだろうが、恨むときは恨むものだろう。血の繋がりがあっても、金と権力に目が眩んで馬鹿をしでかす親戚も掃いて捨てるほどいるのがいい証拠だ」


「そうだね」


「だが、馬鹿みたいに愚直に努力する姿を見てきた末弟を、可愛いと思う人間味くらいは持ち合わせている。……このまま何もしない、というわけはないだろう。些事は俺が処理する。好きに動くといい」


「――ありがとう」


「ああ、それと。これは藍里からだ」


「? ……え、これって――」


「標準服のボタンに発信器を仕込んでいたそうだ。現在地点がそこらしい」


「……発信器って、いつの間に」


「多分、彼女は気付いていたぞ。礼のメールをもらったときに、藍里がそう言っていた」


「いつの間にメールのやりとりなんかしてたの」


「大分前から四季折々にやりとりしていたが、知らなかったのか」


「知ってるわけないよ……。本当、油断ならないな」


「彼女を好ましいと思っているのが自分たちだけだなどと思っているわけじゃないだろう」


「思ってないから、油断ならないって言ってるんだよ……」


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