最後の聖騎士

 世界のまことなる姿は、美しく、そして希望に満ち溢れているものだと、確信していた。

 それは、幼い彼だからではない。

 共に旅していた、彼の師も。そして、別の国で文化を育んていた彼の友も。

 疑いようも無かった。

 初めて3人が、彼の存在を知ったのは、正に魔王が陣取りし世界の中心。その孤島に乗り込むべく臨んだ最後の宿泊場での夜の事であった。



「お主が、勇者か……憐れな。魔族に伝わる伝説では、青年になってようやっと精霊力が充実するとあったが、まだ子ども。身体すら成長しきっていない」

 キミィは、無意識にアレクを背に隠した。アレクは完全に足が竦み、逃走は困難であろう。

「や……ろ……ぉ……どこに……潜んで……やが……」

 離れた場所で、途絶え途絶えの息で吐きながら、カイイが必死で戦闘態勢をとろうとするが、先の不意打ちとも言える襲撃で、重傷を負った様だ。明日には魔王の島に乗り込もうとしていたのに。一刻も早く精霊術で回復を試みなければ、長年計画されたそれは容易く破綻するだろう。

 そんな、条件がある中。キミィは一つの結論を出した。


 カイイが、真っ先に狙われたのは、彼が三人の中で最強だと解っていたからだ。それは、事前の情報か。この場の闘気量、或いは相手の勘によるものか。

 そして、最も恐ろしいのは――彼がアレクを庇う。とまるで初めから解っていた様に。アレク越しに――カイイに一撃を見舞った事。


「その貧弱な体躯では……魔王はおろか……小生にも歯すら立たぬ」

 そう言うと、その獅子と人族を合わせた様な怪物は、鋭い爪を備えた腕を恰も人族の拳法家の様に構えて見せた。

 ――途端。キミィの背に死線が走る。

 間違いなく、攻撃を仕掛けた後。自分はこの怪物、恐らくは魔族。に反撃で命を奪われるだろう。それこそ、呆気ない程に。

「にげ……ろ……キミィ……」カイイはそう声を発するが、まだ身体は動かす事も出来ない。

 そう、今導かれる最悪の結果は。全滅。そして、それに準ずるは。

『勇者の死亡』である。これにより、魔王の支配の終焉は潰える。それは、人族にとっては、永遠の闇の未来を意味する。

 キミィが勇者として、今とるべき行動は。戦力とならないアレクとカイイを囮に、逃走する事。

 そして、残されたカイイとアレクが最優先するは、己の命ではない。キミィを逃がしきる時間を稼ぐ事だ。

 だがしかし。

 キミィは。

 その怪物に。吠え、飛び掛かった。


 その決断は――間違う事無き……愚行‼

「力の差が、解らぬ訳では有るまい‼ 敢えて、死に飛び込むは勇敢ではなく、ただの無謀。しかし‼ 」

 瞬く間に、まるで折り紙を折るかの如く、怪物は見た目と裏腹に、丁寧に、そして静かに流れる清流の様に。構えからキミィの一刀を容易く受け止めて見せた。


「その決断――見事」

 そのまま、その大きな手でキミィの後頭部を持つと、目線を合わせる。

「小生の名はバティカ。魔族と人族の混血。お主達が『半魔』と呼ぶ種族だ

 そして――魔王直属部隊、突撃隊の隊長でもある」

 キミィは、恐怖で停止しそうになる思考を必死で繋ぎ止めた。その瞳を見て、バティカと名乗ったその怪物は、ネコ科動物の尖った鼻、その奥の口角を上げて見せた。


「条件次第で、お主達に味方いていい……」

 その場の全員がその言葉に驚愕の表情を浮かべた。


仲間魔王を裏切ると言うのか……‼ 」

 震えるそれを必死で抑えて、キミィが反論した。


「小生達は、魔王に従わされているが、それは恐怖と暴力によるものだ。決して忠誠によるものではない。寧ろ小生達は魔族から酷い差別を受けている。人族の血が混じっている。ただ、それだけで。だ。命を面白半分で奪われる同胞も珍しくない」


 カイイが、ようやっとその身体を起こしたが、同時に胸の方から「バキバキ」と奇妙な音が鳴った。

「聞く耳もつな。キミィ。背後を見せたら、刺されるぞ……長話のおかげで……少々回復できたがな……」


 それを横目で見ると、バティカは静かに瞳を閉じ、囁いた。

「範馬魁夷。齢13の時に、焔の都にて『神道閃しんどうひらめき流』の師範代まで昇りつめ、その後、世界各地の魔族討伐任務にて多大なる功績を挙げる、遂には魔族に支配されていた国。ミコラオを支配していた竜王バニーニを単独で討伐。それを受け、アポトウシス王国、天下万来の両国より『剣神』の称号を与えられる。

 その後、都の里にて『神威一振流』を創立。アポトウシス王国の王国剣法、並びに勇者の武術講師兼魔王討伐の戦闘員の任を両国より受ける」


 それは、余りにも事細かな詳細。そのまま瞳を開くと、今度はアレクに視線を送る。


「アレク・クラウン。15歳。家族構成は父親、母親、妹の四人家族で、父親がバレンティア国有数の銀行員。その為、幼少期より、裕福な教育の下育つ。12歳にて摩天楼に入学。そして、3年間の研究にて、人族魔法と魔法の解明に大きな成果を挙げる……3ヵ月前に勇者、キミィ・ハンドレットと出逢い、フェゼス大統領、パラケル・ホーエンハイムが行っていた人造精霊実験の為、過程による国の悪事を全て暴き、一躍国の英雄となる、が、その後は自らの意思でキミィ・ハンドレットに、魔王討伐の助力を宣言し同行す」


 場に、理解し難い空気が溢れる。


「そして、キミィ・ハンドレット。

 ミコラオ国の山中に集落を設け、代々生活を営んでいた精霊使の里にて、5属全ての精霊に加護を受け唯一魔王に抵抗出来る『運命さだめの仔――勇者』として生を受ける。

 しかし、その事を気付いた魔王の命により竜王バニーニが里を襲撃。里は壊滅するが、その時偶然、旅で里に滞在していたスカタ4世によって彼だけが救われ、その後スカタ4世の庇護の下、アポトウシス王国で育ち、8歳を過ぎた頃、魔王討伐修行の為、天下万来に移住、範馬魁夷の師事を受ける。

 そして、現在。魔王直属群突撃隊隊長、バティカの襲撃を受け、取引を開始す」


 3人が呆気にとられるその様子に、バティカはその凶悪な外見からは想像もできない様なユニークな動きでお道化て見せた。

「裏切る先の相手を調べもせずに、信用する訳もあるまい。

 そして、この襲撃の際も。お主らの行動は全て見せてもらった」

 そして、掴んでいたキミィの後頭部を離すと、ゆっくりと頭を撫でる。


「キミィ。無謀ではあったが、仲間を見捨てずに、小生に立ち向かったその勇気――小生は認めるぞ。その行動は、愚かであるが、決して間違いではない。

 カイイ。よくぞ、小生の最大の一撃からアレクを救った――その身を挺してまで。小生はわざと、反撃の隙を与えたにも関わらず。貴様は、仲間の盾となった。結果――仲間は誰も死亡する事が無かった。

 アレク。震える体を抑え付け、キミィの背後で逃亡の策略を画策した。それも、キミィのそれとは異なるが――正しく勇気……‼ 」

 そう言うと、バティカはその岩の様な己の胸を「ドン」と叩いた。


「貴様らは信頼に値する――小生の力。そして、小生達の種族『更なる血統ハイ・ブラッド』の未来を託す価値がある……‼ 」


 キミィは、顔全体の汗を拭わずに訊いた。


「も、もし、俺達がその提案を……断れば? 」

 バティカは、ゆっくりとそれを放ち始める。


「――ッッッ‼ 」

「おえええ‼ 」

「――ちぃっ! 」

 

 キミィが死を予感し。

 アレクは嘔吐を抑えられず。

 カイイは、ダメージで動かぬ己の身を歯噛みした。


 今までのどの相手よりも強い――闘気。もとい殺気。


「貴様ら3人の首を持って帰って――魔王への手土産とする。

 恐らく、魔族からの小生達への扱いは変わらぬだろうが、喩え、その幾万の年月が過ぎゆこうとも。また、次の世代の『勇者』が生まれる時まで耐え抜き、そして……」


「も、もういい‼ 」

 キミィは、そう言うと手を差し伸べる。

「俺が協力する――だから、二人はパーティから解放してくれ」


 その言葉に、アレクとカイイは肩を揺らした。

「ならん。カイイとアレクも重要な戦力だ。

 小生も含め。この四人が欠ける事無く魔王の下に辿り着く。それこそが、唯一の魔王討伐の可能性。そして、小生が賭けれる条件だからだ」


「そうだぜ……坊主……滅多な事言うんじゃねぇや……」

「う……うん……キミィ、そうだよ。ボク達は絶対に最後まで一緒だ」


 キミィは、再度問い掛けた。


「バティカ……君は仲間だった者達を裏切り、心が痛まないのか? 喩え、酷い差別を受けていたとして――仲間だった者達を」


「殺せる」

 それは、はっきりとした抑揚で。迷いの欠片も無く出た言葉であった。

「何かを得る為に、何かを手放す――それに、大小の違いがあり。そこに、取り返す事の出来ない掛け替えのない物だったとしても」

 バティカは、3人の顔にそれぞれ視線を送った。

「未来――そして、それに繋がる者達の為に。小生は決断出来る」

 それは、強い決意だ。彼は、言った事は必ず実行する。それがひしひしと伝わる張り詰めた空気感を常に纏っている。


 そしてこれは、このパーティで唯一欠けていた『統率』能力を持った者の加入であった。


 事実――バティカの裏切りは魔王軍の中枢を崩し、魔王討伐に大きな貢献を果たしたと言えるだろう。そして、その行動は3人の仲間達にも強い信頼を与え、互いに種族を越えた絆を作り出した。

 最後の聖騎士が誕生した瞬間だった。

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