5.合格

 俺よりも一回り以上大きな体を揺らしながら、二匹のオークが突進してきた。

 まともに立ち向かえば、体格でも人数でも劣る俺の方が圧倒的に不利な訳だが……当然そんな愚策はとらない。

 若い頃なら、もっと負けん気が強かったからバカ正直に真っ向勝負を挑んだろうがね……。


 俺はファイティングポーズを取ったまま、如何にも「正面から迎え撃つ!」という雰囲気を出し――奴らが目前に迫った所で大きく左に跳躍した。

 こちらの攻撃手段を相手に印象付けておいて、実際にはその手は使わないという一種のフェイントだ。

 先日のオークは見事に引っかかって、俺の拳を封じようと腕に掴みかかって来た訳だが……こいつらも見事に引っかかってくれた。


 俺に掴みかかろうとしていたオーク共は目標を見失い、もみ合うようにたたらを踏む。かろうじて踏みとどまる二匹だが、その体勢は大きく崩れている――その隙を逃さず、近い方のオークの側頭部に強烈なワン・ツーパンチを食らわせる。

 こめかみテンプルを強打されたオークの体がグラリと揺らぐ。もう一匹のオークが慌ててその体を支えようと手を伸ばし――顔面がガラ空きになる。

 俺はその隙も見逃さず、そちらのオークの眉間めがけて右ストレートを叩き込んだ


「ブヒィッ!?」


 豚っ鼻から汚らしい汁を飛ばしながら、オークの巨体がもんどりうって倒れる。眉間は多くの動物に共通する急所だと言うが、オークにとってもそうだったらしい。


 ……とは言え、どちらのオークもこれでKOとはいかないだろう。

 リンは掌底一発で見事にKOしていたが……悲しいことにアラフィフの衰え始めた拳には、そこまでの威力と正確さは無い。

 案の定、どちらのオークも頭を軽く振りながら立ち上がってくる。こいつは長期戦になりそうだ――等と思った、その時だった。


「おいおい、俺の店でご機嫌なことしてくれてるじゃねぇか!!」


 店全体を震わすような怒声が辺りに響いた。

 見れば、店の入り口に大将――店主が立っていた。外に買い物に出ていたはずだが、ようやく帰ってきたらしい。


「ふん、オークの小僧共か……。俺の店で暴れてくれるたぁ、いい度胸だ。かしらはどいつだ?」


 大将は値踏みするようにオーク共を見回すと、その内の一匹を見定め、そいつの方に向かってズカズカと歩み寄っていった。

 当のオークは、自分達よりも更にデカイ筋骨隆々としたジジイが放つ剣呑なオーラに、すっかり圧されていた。その足がガクガクと震えているように見えるのは、恐らく気のせいではないだろう。


「大方、最近『盛り場デビュー』したワケぇ連中の集まりってところなんだろうが……俺の店で暴れた奴には一切容赦しないことにしてるんだ。覚悟はいいな?」

「ジ、ジジイのくせに調子に乗ってんじゃねぇ! 俺達を誰だと――ブベッ!?」


 オークの言葉が終わらぬ内に、大将の鉄拳が火を吹いた。

 岩のような拳を横っ面に叩き込まれたオークは、冗談みたいな勢いで回転しながら宙を舞い、店の壁に激突してそのまま動かなくなってしまった。

 辛うじて息はあるようだが……ピクピクと痙攣するばかりで完全に気を失っている。


 その様子を見ていた他のオークはすっかり戦意喪失し、その場にへたり込んだ。大将の拳にはその位の迫力があったのだ……かくいう俺も、実はちょっとチビりそうだった。


 そんなオーク達をよそに、店にいた他の客達は口々に大将の名を叫び、盛り上がり始めていた。

 荒事が始まりそうになった途端、協力してテーブルや椅子を片付けていた点から見ても、客達はどうやらこういうことに慣れているらしいが……一体何なんだ、この店は?


「ふん、準備運動にもなりゃしねぇな! ――で、だ。新入り、こいつらはってことでいいんだな?」

「そ、それは……」


 確かに、このオーク連中は俺への仕返しに来たに違いないが、何故大将がそのことを知っているんだ?


「さっき買い物の途中でな、どこぞの妖精連れのオッサンがオークの悪たれ共から奴隷女を助けたって話を聞いてな……エイジ、お前さんのことだな?」


 ギロリッ、と鋭い目を向ける大将を前に、俺は静かに頷いた。

 ごまかしようがないし、ごまかす気も無い。

 店に迷惑もかけたことだし……こりゃクビかな?


 そう覚悟した俺だったが、大将の口から飛び出したのは思いもよらぬ言葉だった。


「ふん! 中々のクソ度胸だ。歳がイってる割には荒事もまだまだやれるらしいな。……いいだろう、だ!」

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