その日、運命に出会う――

「ここか」


 敷地内に建てられた物置。こういうのは土蔵って言うんだっけ。

 某英霊アニメで何回も見たやつだ。

 この土蔵のことも覚えている。何か悪さをしたら、祖母ちゃんに閉じ込められたっけ……爺ちゃんが。


「よっこら、しょっと」


 両開きの扉を開く。むわっとした埃混じりの空気を肌で感じた。

 土蔵の中はかなり薄暗い。その上、よく分からん農具とか家財道具が散乱して足の踏み場もない。


「電気とかあったっけ……痛っ!」


 手探りで電気のスイッチを探していたら、柱のささくれに当たって手を怪我してしまった。

 大した傷ではないので、放置して漬物樽を探す。

 目的の物はすぐに見つかった。


「これだな……大根であって欲しい……!」


 近づいてみる。

 そこそこ大きな漬物樽だ。……バラせば人間1人くらいは入りそうな。


「いやいやいや……いやいや……ん? 何だこりゃ?」


 漬物樽の上に何か乗っている。本来ならば漬物石が乗っているのだろうが、これはどう見ても……


「本、だよな」


 電話帳くらいの大きさの本が乗っている。

 手に取ってみる。随分と凝った装飾の本だ。ぶっちゃけかなり値打ち物っぽい。

 しかし不思議なことに、この埃まみれの室内にあって、まったく埃を被っていない。


「ふーん、どっかの海外の本とかか? ……あ、やっべ」


 先ほどの傷から滲んだ血が本の表紙に付いてしまった。

 慌てて拭い取ろうとするが、すぐに染み込んでしまう。


「あああ……高い本だったらどうしよ」


『……い』


「あ?」


 何かが聞こえた気がした。

 気のせいか?


『……い』


 いや、やっぱり何か聞こえる。声だ。誰かの声がする。


『……さい』


 誰かって……誰だ? この土蔵の中にいるのは俺だけ、のはず。

 俺だけ……いや……


『……ださい』


 祖母ちゃんの言葉を思い出す。

 あれが冗談では無かったとしたら……。


『……ください』


 視線を漬物樽に向ける。

 あれに入ってるのはなんだ? 本当に大根なのか? それとも……




『――もっと血をくださぁぁい!!!!』


「源五郎さぁぁぁぁぁん!?」



 おどろおどろしい声が土蔵に響く。

 俺は慌てて逃げ出そうとして、思い切り柱の顔をぶつけてしまった。

 ダクダクと鼻血が出る。


 そんな事より早く逃げないと……!



『ゴクゴクゴク……ンー! 美味い! 美味すぎる! 美味し過ぎて逆に引きますわ……ていうか私が飲んでるこれ、鼻血だ……そんなのゴクゴク飲んじゃってる私にも引きますわ……』



 おかしいな。さっきから聞こえる声が源五郎っぽくない。源五郎っぽい声って何だって話だが。聞こえるのは少女の声だ。

 それに声が聞こえる場所がずいぶん近い。樽から離れてみたが、すぐそばから聞こえて来る。


『はぁー……しかし、やっと目覚めることが出来ましたよ。復活ッ! 美少女魔導書復活ッ! うーん、やっぱり娑婆の空気はまいうーですねー』


 つーかアレだ。声、この本から聞こえてくる。


『はいはい。どうもー。とりあえずお礼言っておきますねー。私を目覚めさせてくれて、ありがとうございます。で、まあ取り合えず契約成立ってことで。まあ、言っておきますけど、立場的にあなたがマスターってことになるんですけど、あんまり調子乗らないでくださいね。私、そんなホイホイ命令聞くほど安い女じゃないんで! そこんとこシクヨロ!』


「本が喋ってる……」


『ええ、そりゃ喋りますよ。だって生きてますもん。ミミズだってオケラだって本だって生きてますよ。リビングナウですよ』


「あれか? ドッキリか? モニタ〇ング? どっかにスピーカーでもついてんのか?」


 裏返してそれらしい物がないか触ってみる。


『うおおおおお!? い、いきなり何してくれてんですか!? セ、セクハラですよ!? あ、あれですか!? わ、私の体が目的だったんですか!?』


「何も付いてないな……」


『付いてる!? 付いてるわけないじゃないですか!? なに美少女捕まえて変態なこと言ってるんですか!? あ、あれなんですか!? そっちの趣味なんですか!? いや、生やす系の魔法もあるっちゃありますけど! やですよ! 処女の前に童貞卒業とか絶対やですからね!』


 しかしよく喋るな……。

 マジで本が喋ってるみたいだ。つーか、さっきからこの本、普通に動いてるよな。どうなってんだ?


「え、マジでなにこれ? どういう意図があるんだ? 祖母ちゃんたちの悪戯か?」


 やっぱりベガスなんてのは嘘で、久しぶりに来た孫をもてなす為に、軽いサプライズ演出中か?

 そんなことを思っていると、スマホが震えた。祖母ちゃんがFaceB〇OKを更新したらしい。


<爺ちゃん監獄なう。素直に草生えますわ>


 牢屋に入れられた爺ちゃん、そして牢屋の外の祖母ちゃんが映っている画像だ。

 これ誰がとってんの? やっぱりナンシーか?


 ともかく祖母ちゃんはマジでリアルタイムでベガスにいるらしい。

 となるとこれは祖母ちゃんたちの仕込みではない、と。


『あ、あわわ……初めてのマスターがこんな変態番付上位の変態だったとは……こうなったら、新しいマスターを探すためにマスター殺しもやむを得ないですね……! 裏切りの魔導書に私はなる……!』


 その時、天窓から月光が差し込んだ。

 薄暗かった土蔵内が、幻想的な光に包まれる。

 手元にある本を見る。やはり埃一つ付いていない。傷一つ付いていない表紙に施された緻密な金細工。その金細工が月光で煌めいている。素直に思った。


「綺麗だな……」


『ふぃ!?』


「こんな片田舎の物置に置いてるのは、勿体ないくらい綺麗な本だな」


『え、あ、はあ……そ、そぉですかぁ? えへ、えへへへっ。いやぁ、ま、知ってますけど! 私が美少女であることは周知の事実ですけどぉ……うふ、うふふっ、もー、しょうがないなぁ、さっきまでの無礼は許しちゃいます! 美少女であり寛容でもある私。そんな私のマスターになれるあなたは本当に運がいいですねぇ』


「マスターってさっきから何だよ」


『マスターはマスターじゃないですか。さっき私と契約しましたよねー。いや、なかなかに情熱的な契約でした……まあ、初めてなんですけど』


「契約?」


『ええ、ええ! これから末永くよろしくお願いしますね。おっと、そういえばまだ顔は見てませんでしたね、さてさてご尊顔を拝見――うわ好き!』


 何かよく分からんが告白されたのか?


『え、何この人。好きにならざるをえない顔立ち。私の理想の男の人……初めてのマスターかつ理想の男の人……ああ、もうこれ結婚するしかないな。マスター、式は何式がいいですか? 洋式? 和式? ベルカ式?』


「よく分からんが最後のは違うだろ。あー、もう何でもいいよ。つーか腹減った。マジで餓死する5秒前」


『え、マスターお腹空いちゃってます? おっけーおっけーです。分かりました。魔導書としての最初のお仕事、頑張ります! ぶいっ!』


 そんな事を言うといきなり本が宙に浮いた。

 思わず吊るしているだろう糸を探すが、どこにも無い。

 え、マジで……この本、生きてる本なの? ドッキリとかじゃなくて?


『ええ、どうしましょうかねぇ。んー、転移かな、食料がある場所にパパッと行っちゃいますか。マスター! マ〇ドにします? ロッテ〇ア? それともモス〇ーガー? バーガー〇ングでもいいですよ?』


「何で全部ジャンクフードの店なんだよ」


『ええっと、じゃあ転移転移のページ……これだ。ん、これか? まあ、これでしょう。転移って書いてるし。はい、深淵の魔導記されし我が身が何とかかんとか~、はい!』


「はい、じゃないが」


 突然、足元に光る魔法陣が現れた。

 魔法陣が放つ光はドンドン眩しくなり、思わず目を塞いでしまう。

 そして頭を思い切り上に引っ張られる感覚と共に、俺の意識は消失した。


 消失寸前、


『あれ、これ……空間転移のページじゃなくて、次元転移のページだ。えへっ』


 とか聞こえたが、その時の俺には意味が理解できなかった。






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美少女魔導書(略して美少書)曰く、俺はイケメンらしい。 宇宙ヒモ理論者 @usakuma

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