第123話「一冊の本」

「……お主、少し静か過ぎではないかのう?」

「勝手に連れて来ておいて、何を我儘言ってるんですか?貴女は」

腕を組んでそう言う彼女に対し、僕は魔法陣の中央で座って呟く。

転移魔法……のような魔法で場所が移され、気づいた時にはこの場所に居た。

何所かの図書館。いや、書斎と言えばいいだろうか。

「人の部屋をジロジロと見るでない。妾の部屋と言っても、一応女子おなごの部屋じゃぞ?その何だ……恥ずかしいではないか」

「何を塩らしくしてるんですか、貴女は。乙女でもあるまいし」

「あっ?!なんじゃと小童こわっぱ!もういっぺん言うてみぃ?あぁ!」

喧嘩腰で来られても、困惑するしかない僕。

キッと睨む彼女を放って置いて、僕は立ち上がって書斎の本棚を眺める。

そこには魔法に関する資料や古い歴史の本という、乙女とは言えない本が並ぶ。

確かにこれなら、『学者』という役職を名乗るのは納得出来る気がした。

「それでハーベストさん、貴女は何で僕を?その……」

「??」

――何で拉致したんですか?なんて聞こうとしたが、言葉を濁してしまった。

「……お主が何を考えているのか、妾には分からんがのう。一つだけ答えるぞ?」

彼女は溜息を吐いた後、一冊の本を取り出して僕に差し出して来た。

僕は自然にそれを手に取り、本の表紙を眺めた。

「……本の名前、無いんですね。これを読めば良いんですか?」

「うむ。あぁ、後……その話し方も終わりにせい。何だかむず痒いというか、お主にその話し方をされると無性に腹が立つのじゃ」

そんな無茶苦茶な事を言われても……。

僕の敬語はあくまで社交辞令であって、癖のようなものなのに。

酷い言われようである。

「…………」

だけど何故だろう。

この光景というか、僕と彼女は以前……何処かでこうやって話している?

そんな予感がして記憶を探ったが、そんな記憶は見つかる事は無かった。

「(本を読めば、ここに連れて来られた理由が判明するのかな?)」

勘違いかもしれないが、その可能性も否めない。

僕は本を読み漁ろうとしてる彼女を放置して、渡された本の中身を見る事にした。

『――この本を読んでいるという事は、その時代には私はもう居ないか。それか、違う者へと変わっているという事だろう……』

「日記?」

始まり方というか、いきなりの文脈がこうで思わず呟いた。

「――それを日記と決めるのは、もう少し読んでからにすると良いぞ」

その呟きを聞いたのか、部屋の奥から彼女が言ってきた。

彼女の手元には、銀のトレイの上にティーカップと茶菓子のような物を持って来ている。

この人、寛ぐ気が有り過ぎるような。

僕、決してのんびりしたい訳じゃないのだけど……。

そう思ってが口にするのは止めて、僕は手元にある本に再び視線を戻す。

「……フフ」

「人が読んでいる様子を眺めて、何がそんなに可笑しい?」

敬語を止めろという事だったので、僕は普段通りに話す事にした。

彼女は少し離れた所で本を読んでいると思ったが、ティーカップを持ってこちらを見て笑みを浮かべていたのだ。

「……何も。ただこういう時間は悪くない。そう思っただけじゃよ、気にするな」

「??」

「まぁ、お主には分からんじゃろうがな」

彼女は笑いながらそう言った。

言っている事の意味を追求するのは、この本を読んでからにしよう。

そう思った僕は、再度改めて本に視線を戻す事にした。

その中身の内容を知った時、僕はただただ思う事だろう。


――『僕』という存在は、一体何の為にあったのか?という事を。

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