第105話「エルフィア」
人間の中ではなく、これは種族という考えの問題。
僕が入り込む余地など、本来はないし必要ない事柄だ。
でも、それでも足を踏み込む事を止めようとは思わなかった。
踏み込まずには居られなかった。
その空虚にしている中には、孤独という傷を彼女は背負っている。
その事を知った瞬間、僕はここまで急いで来たのだ。
「――そこまでにしてくれないか、エルフィ」
「……っ」
僕が来た時には、思ってもいなかった景色が広がっていた。
予想以上、想像以上に旗色が悪い状態だ。
「シロ、大丈夫か?」
僕が来たから、というのは自惚れかもしれないけれど拘束は解かれた。
エルフィ自身が、僕を見て彼女の拘束を解いてのだから有り得る可能性だ。
「フィリスは、無事みたいだね」
林の方に隠れているフィリスは、コクコクと無事と頷いている。
それを確認した僕は、改めてエルフィへと向き直る。
今度は彼女からではなく、僕自身の意志で真正面から彼女の前に立つ。
「……残念。お兄さんは、敵であって欲しくなかったのに」
エルフィはそう呟きながら、手を中空に上げて僕へと向ける。
緑色の魔法陣が、僕の足元で展開されていく。
だけど僕は、一歩も動かずに口を開くのだ。
「残念なのはこっちのセリフだよ、エルフィ。君はまた、一人で抱え込もうとしているんでしょ?その『使命』とやらを果たす為に」
「――!?」
僕の言葉を聞いた瞬間、魔法陣が大きく左右に揺れた。
円形の魔法陣が、溶けたような文字になっているのが動揺の証拠といえるだろう。
「な、なにを聞いたの?お母様から」
「全て、と言えばいいかな。さて、どうする?僕は君と交渉しに来たのだけど、話をする気持ちは残っているかな?」
僕はエルフィの返事を待つように、手の平を上にして彼女へと差し伸べる。
「……何を言っているのですか!フレア。その子は危険です!今すぐ離れて下さい」
その後ろから、ハクが声を大にしてそう言った。
十分に聞こえる距離でも、その声は周囲からも反響して聞こえて来る。
だけど僕はその手を下げる事は無いだろう。
それを選ぶのは僕ではなく、彼女自身なのだ。
「ハク……僕は別にエルフィを許した訳じゃない。君を傷つけた事に対しては、この場を以って
やる事と言っても、それほど難しい話をしようという訳ではない。
ただ僕は、この子にそんな表情を……そんな目をして欲しくないだけだ。
「エルフィ、良く聞くんだ。これ以上、僕の仲間を傷付けるなら、僕は君を傷付ける事だって厭わない。でももし、彼女たちを追い出すというのなら――僕は君を認める事は出来ない」
僕は一歩、また一歩と距離を詰める。
その一歩につられて、エルフィもまた一歩後ろへと下がっていく。
「……こ、来ないで!」
地面から現れたそれは、エルフィの感情に左右されるように動き出す。
それは勢い良く鞭のように振られて、僕の頬を掠める。
その瞬間に、僕の頬からは温かい物が伝わってくる。
「フレア!?それ以上、進んではなりません!」
「お兄ちゃん……」
後ろでハクとフィリスの声が聞こえてきてくるが、僕の足には止めるという選択肢はない。
前に出す一歩を確実に出して、もう手が届くという位置まで僕は彼女に近づいた。
「……な、んで?どうして!お母様から全部聞いたなら、どうしてそこまで平然と攻撃を受けるの?何でエルフィの攻撃を避けようとしないの?」
エルフィは頭を横に振りながら、何かを振り払うように茨の鞭を繰り返す。
「――エルフィ、これはお願いだから君は従わなくてもいい。だけどもし、その力を止めてくれるなら、止めたいと願うなら……僕は君も一緒に連れて行くよ。その力は絶望ではなく、その姿を誰もが象徴と言おうと関係ない」
僕は彼女の目の前でしゃがみ、目線を合わせるようにそう話す。
「でもお兄さんも、お兄さんもどうせ他の皆みたいに離れていくんでしょ!」
下がる事を止めたエルフィは、また感情の爆発が起きる。
彼女は怖がっているんだ。
その名前の由来が、『絶望』という存在の象徴と云われている事を。
でもそれは間違いで、僕がオルフィアから――彼女の母親から頼まれたものだ。
ここで前に進まなければ、僕もあの声に勝った意味が無くなってしまう。
これは僕の我儘で、彼女の望みで、エルフィ自身の願いだ。
「……誰も離れない。約束するよ。もし君が、僕の事を信じられなくなった時は――」
僕はエルフィの事を強く抱き締めて、頭を撫でながら言葉を選んでいく。
間違えちゃいけない。これは贖罪なのかもしれないけれど……。
僕はここで間違ってはならない。
「――その時は君が、僕を殺せばいい」
だから僕は、全てを懸けるように呟くのだった――。
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