第96話「見えない空間」

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

何も無い場所だ。

道ではない道という場所を走っているから、周囲には人影すらない。

国と国の間とはいえ、ここまで何も無いとなると逆に不自然に思ってしまう。

草原が広がり、自然に生きる動物や花は視界に入る。

それでも人間という生き物だけは、どうにも見つける事が出来ないでいた。

「ここまで走っても、見当たらないんだな……」

走りながら、小さく呟く。

散歩という名の走り込みの最中だったが、僕は探索という目的に切り替える。

領地同士の争いがあるにしても、どの国の周囲には小さい村などがあっても良いと思うのだが……それが見当たらない。

静か過ぎる。そう、静か過ぎるのだ。

まるで、他の場所から切り取られたような空間だ。

かつて暮らしていた世界では、都会から離れたら畑だらけになるというのもあった。

……だけれど、ここまで静寂に包まれている事は無かっただろう。

「戦争を繰り返してたから、周囲の村とか無くしたのかな?」

探索しながら、僕は一人で自問するように呟く。

見た目は殺風景といえど、自然には恵まれている。

だから、暮らすという事に関して問題は無いと思うのだが……。

周囲に魔物の巣窟があるとか、農作業などに土が適していないとか。

そういう理由があれば、話は別ではあるけれど……。

ん――??

様々な可能性を頭の中で繰り返してると、ふと自分の視界に違和感を感じた。

目の前にある森の中が、何かモヤが掛かっているように視えるのだ。

試しに触れてみると、まるで水面のように空中で波紋が広がっていく。

適当な場所を触れながら確認し、それが何かを隠す結界である可能性が出た。

一定の範囲というか、普通に手を伸ばしても波紋が出る出ないがあるのだ。

可能性としては、この森はカモフラージュで入れれば何処かに繋がっている。

あるいは、この結界の中には別の何処かへワープ出来る。それか両方。

どちらにしても、確認しない事には始まらないだろう。

「……一度戻って、シロに確認してもらう方が先かな」

そう思いながらその場所を離れようとした時だった。

『我ら一族以外の者が、この場所を知る事は許可出来ません』

何処からか声が聞こえ、その方向へと視線を向ける。

その声は、その見えない壁があった場所からだった。

「――誰?姿を見せれば、他言はしないよ。秘密は誰も知らないから秘密なんだ」

『貴方は頭の回転が早いのですね。この気配を察知した者は、誰もが逃げていたのに冷静ですね。自身の腕に自信がお有りなのですか?』

見えない誰かは、そんな事を聞いてくる。

目的がこの場所を知られたくないのなら、僕を排除しようとすれば良いだけだ。

だけど僕は、その場から逃げようとは思わなかった。

何故なら、殺気というものが一切感じられない。

寧ろ、その殺気の無さからなのか……興味を感じるぐらいだ。

「別に自分に自信はない。だけど姿も見えない者に恐れていては、今の自分にすら恐怖を抱こうという結果になってしまう。それだけは断固拒否する」

姿の見えない相手というのは、これは僕だけが使える比喩表現かもしれない。

『面白い事を言う人間ですね。良いでしょう。ならばその正体を知る為、貴方を我らの森へ招待して差し上げましょう』

「何を言って……?!」

見えない空間から緑色の糸が僕に絡みついてくる。

条件反射で、僕はそれを無意識に避けようとしたのだが……片腕が捕らえられる。

そして僕は訳も分からず、その見えない壁の中へと吸い込まれていくのだった――。


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どの世界でも我々は、忠実に、謙虚に、正統に、中立でなければならない。

そうでなければ支障をきたし、その世界が混乱を呼んでしまうからだ。

世界の歯車というものがあるならば、これは世界のピースというべきもの。

だが私自身は、元々はその歯車を司る者。

余計な干渉はしない主義だったが、これだけはやらなければならない。

彼の為、何よりも自分の為に。

これは贖罪しょくざいでもあり、私が自ら与える罰でもあるのだ。

「クロノス様、そろそろご休憩をなされては?」

「何を言うレア。私はこれでもゆっくりやっているつもりだ。心配は無用だ」

「しかしクロノス様。貴方まで倒れてしまっては、世界にもこの場所にも影響が出てしまいます。もう少し自分のお立場をお考えになって頂かなくてはっ……し、失礼致しました。無礼をお許し下さい」

彼女は言葉を呑み、最後までは言わなかった。

だけども、その何かを伝えたいという意志と言葉は理解出来る。

なるほど。自覚などしていないか。

私も部下に心配されるぐらいには、落ちぶれてしまっているようだ。

「そんな顔をするな。そこまで言うなら少々休むとしよう」

「クロノス様……」

私は世界の情報が流れてくる映像を背に、その場を後にするのだった。

「どうした、レア?行かぬのか?」

「い、いえ……直ちに参りましょう。寝て頂かなければ、お体にさわります」

レアはその映像を眺めた後、すぐに私の方へと小走りにやってきた。

私は身体を休ませる為、彼女に用意されたベッドへと寝転ぶ。

寝転んだ瞬間、疲労というものが重りを乗せて瞼に乗せられる。

思ったよりも自分が疲労している事に驚く暇もなく、私は眠りにつくのだった。

だがこの眠りが、後に大きな過ちとなる事など考えてもいなかったのだった――。

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