第76話「浮き出る闇」

「……ぐっ、くそ!化け物、めが……」

地面を這いずる男は、赤い線を作りながら進む。

その男は、将軍と呼ばれていた男だ。だがその姿は、自分の血に染まっていた。

『化け物を退く為に作られた騎士団。その頂点に君臨するお前が、まさかこの有様とはな』

這いずった先には男が立ち、つくばる彼にそう言った。

その瞳は酷く冷たく、無慈悲だ。

「申し訳ありません。全ては私の失態で御座います。ですが我が王よ!この責任はまず、あの化け物を討った後に罰を受ける事をお約束致します。どうかっ、お慈悲をっ!」

騎士団である彼の敗北という罪は、地下牢に入れられるのと体罰が与えられる。

奴隷登録という物があるこの街では、力こそが全てといえるだろう。

そしてその王である男は、権力という名の力を振るっていると言える。

『…………』

王といわれている男は、無言で立ち去る。

「――有難う御座います!!」

その瞬間、彼は再び頭を下げた。

自分の記憶に刻まれた標的を滅ぼすと胸に誓い、ゆっくりと立ち上がるのだった。


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小さな寝息を聞きながら、闇の中で輝く月を見上げる。

その少女は泣き疲れて眠ってしまい、彼は外で待機しているから私は一人だ。

作られたものとはいえ、雨風が凌げるに越した事はない。

私はその壁に肩から寄り掛かり、目を瞑って自分に問いかける。

「シロ?……気分はどうですか?」

『…………』

彼女は完全に心を閉ざしてしまったのだろう。

何も返事が聞こえない。何も聞こえないと不安を覚えて仕方が無い。

闇の中で一人きりというのは、私も彼女もトラウマでしかない。

かつての記憶を思い出し、私の中で不安という感情がぐるぐると回る。

「返事をして下さい、シロ。私は何も出来ないのですよ?落ちこぼれの私には、残されたこの子でさえ守れるかどうか――貴方でなくては、魔法は使えないのですよ?」

『…………』

再び話掛けても、何も返って来る事はなかった。

私は本来、戦闘が可能な程の魔力を持っていない。

私にあるのは、魔法に関する知識と護身用で覚えた体術だけ。

「……お姉ちゃん……?」

「起こしてしまいましたか?」

そう思って寝ている所を覗いてみたが、まだ少女は寝ているようだった。

この子の姉がいるのかもしれないと思ったが、次の言葉で自分だと思ってしまった。

「――あまり、壁を作らないで、欲しいです……さびしい、ですよ」

壁を作っていた、という事をこの子に見抜かれていたようだ。

私はそれなのに、あの子供たちを助ける事は出来なかった。

彼は歩み寄っていても、私が自分から歩み寄る事は無かった。

「…………君だけでも、私は守ると誓おう」

私は外にいる彼にも、目の前の少女の耳にも届かない小声でそう言った。

隣で寝転がり、やがて私は睡魔に負けたのだった。


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警戒しようと思っていたけれど、まさかここまで退屈になるとは。

念の為に、大地の精霊たちにも周囲の警戒はさせている。

言葉を交わした以上、精霊彼らが働いているのに僕だけ休むなんて出来ない。

「……ん?」

森の中から動物がヒョコリと顔を出す。

小動物が人の気配を辿ってきたのか、それとも食べ物の匂いに釣られたのか。

どちらにせよ、小動物を見てると癒されるのは間違いないだろう。

「ほら、おいで?」

リスのようだけど、名前は何と言うのだろうか。

近くまでやってきたそれは、座り込む僕の足を辿り肩まで登っていく。

「そこには何も無いぞ。お前は何しにここに来たんだ?」

小さく呟いたその言葉に真意はない。

だがそれでも、これは自分自身に問うべき言葉だ。

僕はこの世界では、一体どれくらいの実力があるのだろうか。

どういう力を持っているのか。それすらもまだ分からない。

だから確かめる必要があるだろう。

そう思いながら、僕は彼女たちの様子を見に行く。

どうやら眠れているようで、少しは安心した。

これで僕は、心置きなく動く事が出来る。

「――二人とも、行ってくるね」

小さく出したその声は、きっと僕にしか聞こえていないだろう。

だけどもし聞こえていたのなら、一つだけ彼女たちにお願いがある。

それを言えば、彼女たちは言う事を聞いてくれないだろう。

正直に言って僕は、物事を重要視して自分の気持ちを無にする。

……なんていう事を出来る程の人間じゃない。

だから僕は願うのだ。

「……ごめんね?二人とも」

僕はまた小さく呟いた。

中空に手を伸ばし、その場所に障壁を張り巡らせた。

これで外からバレる事は無いだろう。

この壁は彼女たちを守るのもでもあり、僕から遠ざける為でもあるものだ。

今から僕がやろうとしている事は、とても罪深く許されないものだから。

でもこれは、僕が撒いた種だ。僕が責任を取ってくる。

今こそ感情を捨てる時なのかもしれない。

「……おい、聞こえているか?僕の身体なかにいる何か。答えるつもりが無いのは知っているし、答えなくて構わない。ただ一つ、僕からお前を使ってやる」

『…………』

暗闇の中で、それは笑っている気がする。

頭の中で聞こえて来る笑い声は、もしかしたら幻聴なのかもしれない。

だけどそれは、今は関係ない事だ。

むしろ今は、僕の気持ちを優先させてもらうだけだ。

そう思っていた僕は、何も考えずにこう言い放った。

それがどういう意味を持つのか、どういう結果を招くとも知らずに……。


「――僕が全部、破壊してやる」

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