第71話「求める者、追われる者」

街の中では、ある噂が流れていた。

それは仮面の男が、奴隷を所有している者を襲うという噂だ。

その仮面の男の正体は、今ここにいる全員が理解している。

彼は今、食糧調達で街のギルドへと向かっている。

私はその留守番という訳だ。

ここにいる子供たちは、生きる術を知らないだろう。

そういう理由と護衛として、私はここに残っていると言えるだろう。

「…………」

屋根の上で街を眺め、両手で頬杖をついて呟く。

「お姉ちゃん、ここで何してるの?」

足元から覗き込むように、頭を出してくる少女の目が二つ。

『ハク、お話しないのですか?』

頭の中で彼女が話しかけてくる。

「(何も私が話さなくても良いでしょう。貴方が話しても良いのですよ?)」

『無理です!人と話すのは、少し苦手です!』

自信満々に言う事ではない気がするけれど、気にしたら負けだろう。

「お姉ちゃん、誰かとお話してる?」

少女は首を傾げてそう言った。

正直に言えば、驚いた。目を瞑っていただけなのに、こうも悟られるとは。

それとも、この少女の観察眼なのか。微妙な所ではある。

「誰とも話していませんよ。貴方は確か、フィリスと言いましたね。その名は気に入りましたか?」

「うん!この名前好き!……お兄ちゃんはどこ?」

「彼なら仕事に行っていますよ。すぐに帰ってくるとは思いますが、貴方は彼の事を知りたいとは思わないのですか?」

この少女は他の子供とは違う。確証は無いが、そんな気がするのだ。

「お兄ちゃんは助けてくれたんだよね?けどお兄ちゃん、優し過ぎるよ。他の人はみんな、食べ物だって分けてくれなかったのに……」

正直、この少女たちがここまで生きられたのは不思議に思う。食糧をもらったとしても、それは恐らく空腹を満たす物ではなかったはず。

それは食事中の様子で知っている。衰弱し、飢えていた。

「ここに来て良かったと、そう思っていますか?」

「うん!」

少女は笑顔を浮かべて頷く。

この場所がいつ明るみに出るのかは分からないが、少なくても私たちがこの街に居る間。

その間は、幸せだと感じていて欲しい。そう思わせる悲しい笑顔だった。

この笑顔が消えた瞬間は、彼にとっては不幸を呼ぶのだから――。


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『聞いたか?奴隷登録されてる奴が、この辺をうろついてるってよ』

『あぁ聞いたぜ?それってあれだろう?何人も殺してるって噂の……』

『見つかったら最後、首を斬られて死んじまう。おめぇらも夜には気をつけるんだな』

仕事をしている最中、僕の耳にそんな会話が流れてきた。

内容を詳しく聞いていたけど、夜中に誰かがうろつき殺し回っている。

そんな噂話のようだった。僕とは真逆の存在が、この街にいるのか。

奴隷登録されている人間は、その主人の命令を最優先にしている。

例えばの話。誰かを『殺せ』と命じれば、言う事を聞くだろう。

奴隷とは、主人のモルモットのようなもの。言う事に逆らえば、死あるのみ。

典型的で呆れてしまう程だ。耳障りでしかない。

『おい兄ちゃん、アンタも夜は気をつけろよ』

「大丈夫ですよ。僕は夜、ほとんど寝てるんで」

フィリスが働いていた酒場には、武器を持っている兵士と思わせる人も来る。

そんな彼らが、笑い話のようにそんな話をしているのだ。

……聞いていて、気持ちの良いものではないな。

やがて視察を兼ねた仕事は終わり、僕は少しのんびりと帰路についていた。

のんびりとしている理由は、まぁ一つしか無いのだけど。

「(……着けられてるなぁ。二人か)」

背後を取られているとはいえ、この街の兵士かその辺にいるスリだろう。

放って置いても良かったのだが、帰る場所が場所だから撒く事にしよう。

情報を収集するという事は、知らなくても良い情報を知るという事。

それを察知した者の嗅覚きゅうかくは、野生やせいの動物にもおとらないだろう。

僕はそんな事を考えながら、建物を使って道を選んでいく。

街の中にはまだ人がいるから、道を選ばなくても撒けそうな気もするが――。

「はぁ、はぁ、はぁ……(――どうして?どうして撒けない!)」

走りながら道を選んでいる所為か、はたまた自分自身の問題か。

どちらにせよ、この街に詳しく無いのが一番の原因だという事だろう。

『追いかけっこはそれぐらいにしようぜ?』

『そうそう。こっちも呆れちまうよぉ』

壁に追い込まれ、逃げ場を失ってしまった。

後ろには二人の賊の姿。この二人、さっき酒場に居た者たちだ。

「(どうするか。魔法を使う訳には狭すぎるし……)」

『怖気づいたかよ!なぁ?!』

そう言って、一人の男が剣を抜く。

舌を出して、いかにも悪役のように手の上で遊んでいる。

長い剣ではないが、短剣でも刺されば致命傷は免れない。

致命傷を与えることが目的じゃないとしても、僕が帰らなければ彼女たちが危ない。

「……ははは」

いや、違う。危ないのは僕だ。

さっきから頭の中で、ずっと響いているのだから。


彼らをただ『殺せ』と――。


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雨が降ってきた。

晴れていたのにも関わらず、こうも簡単に空の色が変化してしまう。

陽の光に浴びせていた布が、少し濡れてしまった事に溜息が出てしまう。

「お兄ちゃん、遅いね……」

少女がそう呟いて、他の子供も心配そうな表情を浮かべている。

彼女たちにとって、恐らく彼は大きな存在ではあるのだろう。

『窮地を救った英雄』とまではいかなくても、それほどの思い入れがあっても不思議ではない。

『ハク……ハク……』

「(どうしたのですか?焦った様子で)」

声色に吐息が混ざっている。

私の胸にざわつきが伝わっている所を考えると、彼女は何かを察知している。

そう確信しても良い状態だ。

『フレアの魔力、抑え切れない……!早く探して、見つけないと……!』

「(シロ!?)」

ドクン――!

身体全体が跳ねる程の鼓動。

それが今になって、私自身にも伝わってくる。

熱を帯び、体温が急上昇する感覚に襲われる。

「どうしたの、お姉ちゃん?」

「大丈夫。フィリスは、みんなと留守番、してて!」

私は人格を保っていられない事を悟り、雨の降る外へと飛び出す

がむしゃらに走り、ただ一つの魔力を探し出すのだった――。

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