第69話「亜人種と呼ばれる少女」
「ドコに行くのですか?フレア」
「少し散歩してくる。すぐに帰ってくるよ」
「そうですか。早く帰って来て下さいね?」
「うん。行って来ます」
掴んだ手はゆっくりと離れて行き、私は一人分の室内で寝転がる。
『行ってしまいましたね』
頭の中で聞こえて来るその声は、私の
「ハクは何を考えているのですか?」
ベッドに寝転がり、天井を眺めたまま呟く。
自分に話しかけるという行為は、何も知らない者からすれば慣れない光景だ。
でも私は意外にも、私の中にいる彼女の事を気に入っている。
『何も考えてはいません。私は貴方ですし、貴方は私なのです。今考えている事が貴方の物なのか私の物なのか、それはもうどうしようもないくらい不安定な物ですよ』
「不安定なのは認めますけど……。私はシロで、貴方はハクです。それは一人であって、シロの物ではないですよ。ハクはハクで、確かにここに存在していますよ」
自分の手で胸を抑え、彼女の存在を確かに感じる。
私は彼女という存在が居た事で、今まで生きて来れたと思っている。
まぁそう思っても、私の思考は彼女には届かないのだが……。
『君は物好きだな、相変わらず……』
「貴方もですよ。ハク。そして彼も、姿形は変わっても……優しい所は何一つ変わってませんよ」
『そうだな……そういう事にしておこう』
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前から撫でるように吹く夜風が気持ち良い。
僕が今向かっているのは、あの酒場だ。
宿屋から少し離れているならば、面倒事は多少なりにも覚悟はしている。
――何処ヘ向カウ?オマエハ、何ヲ求ム?
鼓動が跳ね上がる度に、聞こえて来るこの声は何だ。
僕は何に導かれ、ここに居るのだろうか。
何を求めるか?だって……そんなものは僕にも分からないものだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
酒場に着いたのは良いが、さてここからどうしようか。
僕が今確かめたいのは、今あの少女が幸せかどうかが気になっている。
奴隷の時点で幸せかどうかなんて分かり切っているが、それは僕の考えであって彼女のものではない。
僕の考えは僕の考えで、
『ほら、さっさと働けっ!』
『亜人如きが、人間様に逆らうとは言語道断だなぁ?』
耳や尻尾が生えている少女。間違いない、彼女だ。
そして店の主人だと思える者と、あの子の今の主人という事で良いのかな。
現場を抑えるのが一番早いのだけど、僕は別に彼女の主人ではないからなぁ。
はてさて、どうしたものか。
でもあの彼女が暴行行為を受けた瞬間、僕は手加減出来るという自信はない。
そう思えば、いつ出ても同じ結果にしかならないのだろう。
「――その子を解放してもらおうか」
『あ?なんだテメェ!』
『まさか主人狩りの人間か?貴様っ!?』
結局、僕はまた同じ事を繰り返す結果になるのだ。
いつでも何処でも、この手は血塗られる運命でしかない。
この人殺しという罪は、僕が一生背負うもので、破壊出来るものじゃない。
ただの人間が相手の場合、少し脅すか傷を付ければカタがつく。
喧嘩で学んだ事の一つだ。
『く、くそ……覚えてろ!』
『ま、待て!貴様はあの主人狩りなのか?奴隷登録者の主人だけを襲うという、あの卑劣な者なのか?!』
「どっちが卑劣だ。奴隷という事でその子を弄びながら、
『く、くそっ!たかが亜人如きで、死んでたまるか!後悔させてやるからな!』
逃げながら、そうやって言葉を吐いていく。いつもの事だ。
少女は戸惑っている様子で、周囲をキョロキョロとしている。
僕は仮面を付けているし、黒いローブで身を包んでいる。
奇妙としか言い様がないだろうし、かなり自分でも怪しいだろうと思う。
「――大丈夫?」
「う、はい。だ、大丈夫、です……」
完全に警戒されちゃってるなぁ……仕方ないか。
「着いて来て?君の仲間に会わせてあげる」
「仲間?」
「うん。仲間だよ。さぁ、おいで?」
僕は手を伸ばして、こっちへと誘う。言った通り、僕は仲間の所に案内出来る。
僕はこの街では、『主人狩り』と呼ばれているのだからね。
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手を伸ばされたその手は、とても優しい空気を纏っていた。
一度躊躇してしまっても、握るのをそっと待っててくれている。
見た目は怪しいと思ってないと言えば嘘だけど、それでも躊躇せざるを得ない。
私はその信用をして、今まで同じ失敗を繰り返してきたのだ。
でも彼の雰囲気は、心地よい空気を纏っている。
なんと言うのか……温かい。
「仲間って、だれ?」
「君と同じ、奴隷だった子達だ。僕は一応、そこで君たちを匿っている」
仮面の彼はそう言っているが、私はこの手を知っている気がする。
「歩きながらになるけれど、自己紹介でもしておこうか?」
「あ、私には、名前が……」
「名前が無いの?」
私はその疑問に答える為、首を小さく縦に振った。
こちらを向いていたその人は、少し息を吐いて口を開いた。
「――僕が付けても良いかい?」
「え?」
「え?じゃなくてさ。名前が無いと不便だろ?少し考える時間をくれるかい?仲間の所に着くまでに考えるからさ」
「あ、はい……」
彼はそう言って、ゆっくりと歩く。
私はその彼の手を握り、彼の足と私の足の距離を見つめる。
合わせてくれている。そんな扱いは初めてだ。
凄く優しい人なのだろう……素直にそう思った。
「貴方は、何で顔を隠しているのですか?」
気づいたら、そんな事を聞いていた。
「顔?あぁ、これか。何?見たい?」
「見たい、です」
「じゃあ皆の前で見せるとしよう。着いたよ、フィリス」
え――?
今は何と言ったのだろう。
「君の名前だよ。記憶の片隅に浮かんだ名前だけど、嫌だったかな?」
「ううん。フィリス、良いです♪」
「そっか。なら良かったよ」
彼はそう言って、小さい家の中へと入って行った。
そこには白い髪の毛の人が立っていて、私の事を見てすぐに溜息を吐いていた。
何か呆れたように話しているが、仮面を付けたあの人を心配しているようにも見えた。
何でかは知らないけれど、とにかくそう見えたのだった。
「全く君という奴は、これ以上は
「増築でもする?」
「そんなポンと出せる金、私たちにあると思います?」
「そうだねぇ……どうしよっか?――」
彼と彼女は相談というには、ただの言い合いにしかなってない。
「――違いますね。ただの馬鹿ですよ」
「あ、あの……!」
私は遮るようにして、指だけで顔に向けて合図を出した。
その様子で伝わったらしく、彼は仮面の向こうで笑って言った。
「……あぁ、そうだったね。んじゃま、この前はパンは食べれたかな?」
そう言いながら、彼は付けていた仮面を外した。
その途端に隣に居る彼女の事も思い出し、私は高揚した気持ちを抑え切れなくなる。
あれから数日が経っているとはいえ、良く覚えている。
一日たりとも、頭の中から離れた事はない。
「改めまして、僕はフレアって言います。怖がらないで居てくれると嬉しいかな」
仮面を外した彼の瞳の色が左右違うのが気になったが、今の私には考える暇が無かった。
無我夢中に彼に跳び付いてしまっていたのだから――。
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