第2章【黒髪の悪魔】

第68話「奴隷登録者」

「起きて下さ~い。もしも~し」

「んん……」

誰かに寝ている所に、ドンと乗られている。

ドスドスと跳ねながら、無理矢理起こそうとしているのだろう。

「……寝起きに、それをしないでくれる?」

「早く起きないと仕事に遅れます!寝坊は厳禁ですよ!」

「はいはい、分かった分かった」

仕方なく起き上がると、まだ乗ったまま僕の上に座っている。

髪の毛の一部にあるアホ毛が、ピョコピョコと動いている。

「~~♪」

気のせいか、何かを期待した瞳をしている。

「えっと、退いてくれない?」

「……はい」

溜息を吐いて、少女は小さくそう呟く。

アホ毛がピョコピョコとしていたのに、しゅんとしおれている。

白いシャツにも見える布だけで、彼女は身を包んでいる。

「シロ、ちゃんと下着は履いてるんだよね?」

「履いてますけど、それを朝から聞いてくるなんて、変態さんですね」

何でカタコトなのだろうか。ジト目で見てくるし……。

まぁデリカシーが無かったかもしれないけど、履くようになったなら良かった。

「そういえば、今日は何の依頼か知ってる?」

「えっとですねぇ……あ~、ドコにしまったかなぁ~」

そう聞きながら、僕は着替え始める。

赤と黒で装飾されたローブ。少し厚いブーツ。

見習い魔法使いとして、この国で活動をしている。

あの村を出て行ってから約数週間が経ち、僕も彼女も秘密裏に動く事になっている。

「――あ、ありました!これですね、畑を荒らしている魔物の退治ですね」

着替え終わった僕は、それが書いてある依頼書を受け取る。

「魔物退治か。シロも早く着替えなよ?そのまま行こうなんて思ってないよね?」

「は~い。……じー」

「ん?なに?」

「いつまで居るおつもりですか?」

「あぁ、はい」

僕は依頼書を持って、扉の外で彼女を待つ。

彼女と僕がこの国にいるのは、一応理由はあるのだ。

ニブルヘイムから離れた場所にある村、僕が名付けるならニブルの村かな。

その村での記憶は、少し欠落している。

彼女から聞いた話では、見た事のない大男が修道院と村を奇襲。

そして村の皆を虐殺した所を見て、僕が正気を失っていたらしい。

彼女に詳しい事を聞いても、何も教えてくれないのだ。

「お待たせしました」

「じゃあ、行こうか」

宿泊部屋から出て、綺麗な町並みを通っていく。

見習い魔法使いという名目で入ったギルド。

ギルドに入るというのは彼女の提案で、流石に生活費が無ければ辛い所なのだ。

世知辛いのはどの世界も一緒で、避ける事の出来ない道だ。

ギルドで受けれる依頼は簡単な雑用から、難しい護衛任務までと様々。

だけど受けられる任務には制限がある。いわゆるランク制のような物が存在する。

僕らが出来るのは、雑用と小規模の魔物退治がほとんどだ。

稼げる報酬は、日雇いとそんな変わらないから楽ではある。

「お腹減りましたぁ~……」

「依頼も終わったし、ドコかでご飯にでもしようか。シロは何食べたい?」

「う~ん、ではここがイイです!ここで!」

酒場のような場所だが、元の世界で言うとレストランと同じという印象だ。

なかなか綺麗で、賑わっている様子だった。

「あむあむ……~~♪……もぐもぐ」

日雇いと報酬は変わらないと言ったが、世知辛い理由は彼女にある。

彼女の食欲は物凄くて、報酬で手に入れたお金の大半は食費で消えるのだ。

「……はぁ」

夢中で頬張っている彼女に聞こえないように、僕は小さく溜息を吐く。

『あ、あの、お水、要りますか?』

「あ、うん。ありがとう……?」

『……っ……』

注がれた水のお礼を言ったのだが、聞かれずに厨房があるだろう奥へ行く。

でもそれではなくて、気になった事が別にある。

首、足、手首……その部位に繋がれた首輪と黒い手錠。

「(あれは奴隷ですよ、フレアさん)」

気になった事を耳打ちしてくる。

「(奴隷、か。見た所、まだ小さいけど)」

「(おや、小さい女の子に興味があるのですか?相変わらず変態さんですね)」

「(そういう意味で言ったんじゃないよ)」

彼女の中で、僕はどんなイメージなのだろうか。ちょっと傷つく。

「(ではどういう意味なのですか?ちなみに言っておきますが、解放するのは難しいですよ。奴隷登録をされている人だと思いますから、助けるなどと考えないで下さいね?)」

「そんな事を言われてもねぇ……」

小声で話すのをやめて、座っている椅子に背中を深く預ける。

奴隷登録……この街で密かに行われている人身売買だ。

この街に住んでいる人には身分という物があるが、これを一番低い位置の身分が奴隷となっている。

だけど奴隷という身分なんてのは、身分という言葉で格付けされた差別に過ぎない。

「――怖い顔をするな、

「え?シロ?……」

いやシロではない彼女だ。元々の話し方とは違って、男口調なのがハクという人格。

今みたいに急に変わるから、気づくのが少し遅れてしまうのだ。

「出てくるなら合図してよ……」

「私が出て来たのは、君への忠告だよ。シロでは君への忠告が聞き流されると思ってな。どうせ君の事だから、さっきの彼女の言葉を流しただろ?」

さっきの言葉とは、何の事だろうか。

「『奴隷登録されている者を、気安く助けるなどと考えるな』という事だ。君はやたと他人に感情移入をする部分があるから、彼女では効き目が無さそうだから私が出てきたという訳だ」

「でも、見てて気持ちの良いモノじゃない」

「それでも、だ。下手にあの者の主人を怒らせるのは、今の私たちにとっては痛手だ。仕事先を失いたいのか?」

そう言って、彼女は水を飲む。

僕はそんな彼女を視界の端に、奴隷と言われている少女の姿を眺める。

心細いような表情で、空元気も出せないほど衰弱している。

あれでは仕事だって出来ないだろうし、見た所空腹を我慢しているようだ。

「――君、ちょっと!」

「ん、少年、何をするつもりだ?」

僕は彼女の言葉に答えず、少女をこちらへ来いと手招きする。

少女は急ぐようにトコトコと駆け寄ってくる。

「はい。これ、どうぞ」

『え、あ、あの……』

「食べ残りで申し訳ないし、パンしかないけどさ。良かったらもらってよ、ね?」

『で、でもお客様ですし……私はその……ど、奴隷、ですし……』

「遠慮しなくていいよ。さぁ、どうぞ。周りにバレないようにね?」

パンを受け取り、お辞儀をしてその場から離れて行った。

様子からして、誰にもバレずに出れたようだ。

「――全く君は、どうなっても知らんぞ。はぁ……」

そう言いながら、眠りにつくようにテーブルに突っ伏した。

僕が少し頬に触れても、起きる気配が無い所を見ると疲れたのだろう。

雑用に魔物退治による疲労は、僕の身体全体にも来ている。

僕は仕方ないと思いながら、彼女を抱えて宿屋に運んでいく。

同じ部屋とはいえ、この無防備さには慣れない。

彼女をベッドに寝かせ、僕は椅子に座って窓から外を見る。

夜といっても、違う建物や市場が賑わっているの声も微かに聞こえる。

僕はその声を聞きながら、眠りについた。

夢の世界で、僕は暗い部屋に閉じこまれているのだった――。


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「……はむ、はむ……」

少女はパンを千切り、一口サイズにして食べる。

「おいしい……」

少女がパンを食べたのは、これで数日ぶり。

水だけだった彼女にとって、一番まともな食事といえるだろう。

包んでいた紙を破り、誰にも見つからないように処分する。

少女はそうして、ようやく眠りにつく事が出来た。

数日ぶりに空腹感を満たした彼女にとって、その日は幸せな一日だといえる。

「また、会えるかな……」

そう呟いて、少女は眠りにつくのだった。

首輪に手を添えて、涙を我慢しながら……『また』という未来を信じて――。




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