第65話「人形と化す」
踏み入れた一歩を下げてはならない。
進めた一歩を下げてはならない。
そんな事を思い知らされる事は、私は体験し知っている。
『君が白き魔法使いか』
「…………」
ただの逃げ場がない一室で、その言葉だけが響く。
周囲にいる者は、腕を後ろに回して立っているだけ。
『周囲を警戒しなくていい。私が指示しなければ、彼らは手を出す事はないよ。安心したまえ』
つまりは命令一つで、私を殺す事は簡単という事だ。
安心ではなく、ここは警戒する必要という訳だ。
「私に、何を聞きたいのですか?貴方たちが魔法の知識を必要としているのなら、協力する理由が私にはありませんよ」
『その状態とその容姿で、随分と強気な方だ。君なら、私のものになるのに相応しいだろう』
「私は貴方の物にはならない。この部屋にいる精霊が、貴方を注意しろと言っている。その時点で、この交渉は意味はありません。諦めて下さい」
!?――。
そう言った瞬間、私の周囲に刃物が突きつけられている。
気づけば、腕を彼は上げている。いつその合図を出したのだろうか。
そして彼らは、いつ剣を抜いたのだろうか。
目を見開いてしまった所為で、彼らの体内に流れるマナが視えて来る。
「――貴方、彼らに何をしているんですか。いえ、何をしたのか?というのが正しいですね。これは禁忌ですよ。それを分かっているんですか!」
『何の事やら、私には分かりかねます。君が焦る事など無いはずでは?』
「この事態が焦らずに居られますか!!」
そう言いながら、私は自分の周囲に居た彼らを吹き飛ばす。
縛り付けられた鎖が外れ、動けるようになる。
「――風の精霊よ、全てを風塵と化せ!」
『ほう。これが魔法なのか』
彼は避けず、私の魔法をまともに食らう。
穴が空いた場所から私は逃げ出し、風の魔法を使って空中を移動する。
この身体全体に走る嫌悪感が、私の頭の中と胸をざわつかせる。
あの軍人の周囲に居た彼らの体内には、マナが存在していなかったのだ。
人間はマナを失えば、生命力を失ってしまう。
その事実を知っているにも関わらず、彼らのマナは抜き取られていた。
生命の抜き取りは、人間から魂を抜き取る事と同義。
抜き取られた人間に人格はなく、ただの命令を遂行する人形と化す。
これはかつての魔法使いが、禁術として定めたものなのだ。
そして私は、移動中に奇妙な魔力の持ち主を見かけた。
大きな魔力は、自然と精霊の加護を纏ってしまう。
その加護を大量に纏っている少年の姿が、私の下にいるのだった――。
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僕が思うに、この村には何かある。
それを考える度、僕は村の人たちを疑ってしまっている。
村長も、子供たちも、シスターでさえも……。
家族として見てきた彼らを疑うのは、正直あまりしたくない行為だ。
育ててもらった事への感謝をしているのに、それを素直に感謝出来ないのだ。
彼らがしている事が、何かがあると思う。
まずはそれを確かめてから……。
「……ん?」
遊びに行っている子供とシスターの姿が、窓から見える。
表面上、彼らは孤児とその保護者にしか見えない。
みんなと目が合い、手を振ってくる。僕もそれに応えるように手を振る。
何やらジェスチャーで何かを話しているが、聞こえないので仕方なく外に出る事に。
「――なに?」
『見て見て!花飾り作ったの!どう?』
「いや、どうと言われても……」
僕に付けろと?ちょっとそれは勘弁なのだが……。
でも付けないようにすると、拗ねたような顔をするからなぁ。
「……はいはい。少しだけね」
眼帯を付けて勉強会に参加するようになってから、やたらと懐かれたような気がする。
そう思いながら、僕は子供たちと少し遊ぶ事にした。
小さい頃なら、こうやって遊ぶ事はあった。
けど今になっては、懐かしすぎる思い出でしかない。
その思い出はもう、遥か昔の事で覚えていても、虫食いだらけだ。
『――――』
遊んでいる最中、僕はその場面を目撃してしまった。
「何してるんだ!それ以上行くな!」
崖になっていた場所から、かけっこをしている子供が目の前で落ちる。
身体が自然と駆け足になり、僕は崖の下を確認しに行く。
「……っ……」
地面に激突してしまって、真っ赤に染まっている。
確実に死んだ。いくら人間でも、その高さから落ちれば致命傷になる。
「フレア、それ以上乗り出すな!」
「キ、キール……でも……」
キールは目に涙を浮かべて、僕の肩を力強く掴む。
唇を噛んで、何かを抑えているようにも見えた。
だけど僕は、そのキールの姿が霞んでいく。
僕の視界には、まだ何事も無かったかのように遊んでいる子供たちの姿があった。
「なんで……」
気になっていたのは、これなのかもしれない。
僕の目には、光の無くなった瞳が数個並んでいるようにしか見えない。
それは魂が宿っていないように。
その瞳には、光が宿っていないように。
その心には、感情というものが何もないように。
「……人形……?」
その瞬間、僕は一言だけ彼らの印象を呟くのだった――。
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