第50話「如月皐月」

如月皐月、つまりは僕という存在は、実に不安定だ。

元の世界でおいても、この世界でおいても、特に目立った事は無いと思う。

だからこそ、というべきではないけど。

僕は僕自身の事を少し語るとしよう。

僕が彼に、神様である彼に出会う前の話を――。


――東京、秋葉原。

その場所は、昼と夜と賑わってる街である。

たくさんの人々が、街の中を楽しんでる裏側で僕は働いていた。

でもそれは『人間的に』という訳ではなく、『人形的に』という意味でだ。

人間は触れ合い、話し合い、助け合って生きていると思う。

けど僕には、そんな暮らしをした事はなかったのだ。

秋葉原から少し離れた場所で、僕はその場所を眺めるのが日課でもあった程だ。

「いつか、あの場所へ行きたいな」

そんな羨望を持ちながら、僕は必死に働いた。

親も無く、友もなく、そして……情も無いあの場所で――。


『おい、如月、これやっとけ』

「え、でも、これは……そちらので」

『あ?文句があんのか?ガキ。仕事を貰えるだけでも、有難く思えよノロマ』

「い、いえ……はい……』

畳一枚という空間と言えば、説明が出来るだろうか。

物置きとして使用されているその部屋は、隙間というものが最初は無かった。

この部屋で暮らせと言われたあの日から、僕が一人で整理した結果で畳一枚分だ。

当時の僕はまだ能力の制御は出来ず、人々から隔離されたように暮らしていた。

誘拐事件がキッカケとはいえ、それでも僕を匿う者は居なかった。

――居ないのだ。誰一人として、僕という『化け物』を好む者は居ない。

この場所は牢屋だ。畳だから座敷牢かもしれない。

僕が話しているのは、そういう物語だ。

僕が高校生になるまで、何があったかを開示するお話。

一人ぼっちの化け物が願った。

『自由』という願いを掲げ、前に進み続けた世界の話なのだ――。



――僕という固体は、いつでも考える。

いつになったら、ここを出られるのだろう?

いつになったら、痛みから解放されるだろう?

いつになったら、辛さから脱出出来るだろう?

いつになったら僕は……人間になれるのだろうか?と。

「…………」

この小さい部屋の中には、大きな鏡が一つ存在する。

物置きだから、色々な物が保管されている。

家主が使っていた玩具や本、壊れたテレビなどという様々な道具。

ここにある物が、僕の中にある僕自身を保てた理由だと思っている。

『仕事だ。如月……出ろ』

だが遊んでいる時間は、ほんのわずか。

その日もまた僕は、仕事で使い潰される。

まるで道具という家畜のように……。

「……はい」

ボロボロの本を閉じて、僕は畳一枚の部屋を出される。

黒い車に乗り、行きたいと願う場所から山奥へと入っていく。

乗った車を着いて行くように、数台の車も同じく山へと向かって行く。

『着いたぞ、降りろ』

「――はい」

降りた僕の目の前に差し出されたのは、縄で縛られてもがいている砂袋。

動き方と声で、人間が入っている事は一目瞭然だった。

袋から出てきたのは、傷だらけな男の人が数人だった。

その男の人たちを、ここへ連れてきた人たちは銃を構えた。

そしてその人たちは、銃殺されていった。

目の前で、蜂の巣と化していく身体。

川のように流れる大量の血液。

「……うっ……」

『チッ、これでもダメか。さっさとテメェの気持ち悪い力を使ったら、税金を無駄にしなくて済むのによぉ!あぁ!』

僕は殴られて、蹴られて、何度も同じ事を繰り返されている。

「……うぅ……ひぐっ……やめ……て」

『あぁ?化け物が人みてぇに泣いてんじゃねぇよ!大人しくそのおかしな力を使えって言ってんだよ!』

蹴られ続ける僕は、縛られた人たちからはどう見えていただろうか?

滑稽だっただろうか?

可哀想だっただろうか?

面白かっただろうか?

一人と目が合っても、すぐに逸らされる。

誰もが思うんだ。

例えば『いじめ』という物があって、それが一つのクラスで起こったとする。

だいたいは、同じグループが行動を起こす。

だけどその他の人たちは、最初は可哀想だとか思う。

でもそれは思うだけであって、誰も関わろうとするはずがない。

弱い生き物が、強い生き物を避けるように。

人間も本能で分かるのだ。

関わって良い存在と関わってはいけない存在を。

僕は当然、後者だと思い知らされる瞬間だった――。



――それから数日後。

僕はその家主の中で、一番偉い人と面会する事になった。

能力を未だに使用しないという理由わけを聞きたいらしい。

ただそれを聞くだけであって、僕の生活環境が決して変わる事はない。

僕は死ぬまで、一生ここで使い潰されるだけだと思っていた。

だがそこで僕は見てしまった。出会ってしまったのだ。

優しい空気を纏った女性の姿。

『君が、如月皐月君ね?』

その女性は、僕を引き取りたいと申し出て来た人物だった。

名前は良く覚えていない。

ただ覚えているのは、とても優しくて暖かい人だった事。

『――来なさい?こちらへ、おいで?』

「……っ……」

手を伸ばされた瞬間、僕の中で何かが弾けた音が響く。

それは目から零れ始め、涙となって爆発した。

そして僕は、その人と幸せに暮らして行ける!

これからは、自由に自分の道を進めると思っていた。

だがそれは、中学を卒業する時に希望から絶望へと変わり果てたのだった。

「――ただいま!やったよ、高校の入試に合格……し、たよ?」

中学生が終わる瞬間に合わせ、僕の目の前でその人は倒れていた。

血だらけで、誰かに斬られたように血が飛び散っている。

あの時に縛られた人たちのように。

大量の血が流れて、無惨に殺されていたのだ。

「――――!」

僕は声にならない声で叫んだ。

その場に崩れ落ちながら、床を殴りながら叫んだ。


こうして僕は、他人との繋がりを一切ない生活を始めた。

誰も信用せず、関わらない生活。

一人になり、独りになった僕は思う。

この世界には、神様なんていないんだと。


そして僕は、夜中のゲームセンターに流れ着いたのだった――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る