第48話「奪う力を持った少年」
建物から建物へと、忍者のように飛び跳ねる彼女の瞳は黄金色だ。
「……耳と尻尾?」
王都の中でもちらほらと見掛けていたが、まじまじと見てしまうな。
「そんなに珍しいの?」
「あ、いや、ごめん。近くで見た事なかったから」
僕は慌てながら、そんな事を言った。
覗き込まれる彼女の視線は、無邪気で無防備に近寄ってくる。
「近い!近いってば!」
「あ~、ごめんね。だけどフィリス、馬鹿な人族さんは嫌いかな。何であんな事してたの?」
あんな事って言うと、彼に接触していた事だろうか。
確かに剣が出てくるとは思わなかったけど……。
「僕はただ、助けたくて」
「助けるってあれを?――無理だよ、それは」
彼女は溜息を吐いてから、平坦にそう言った。
その表情はさっきの無邪気さとは違って、冷め切った瞳をしていた。
「あぁ~あ、何だ。ただの馬鹿だったなら、フィリス助けなくても良かったかな。君がやろうとしてる事は、無謀で無様な結末しか生まないし、もし成功したとしても彼は救われない。あれを助けるのは間違いだよ、神もどきさん……そこでゆっくり見てればいいよ!」
建物から高くから飛び跳ねて、さっき僕が居た場所へと向かっていく。
『はははは、なかなかびっくりな女の子だったね!』
「笑い事じゃないと思うけど?――リン」
『いつから、ボクが身体を借りてるって気づいた?』
「気づいたのは君が戦ってる時だ。びっくりしたよ。目を開けたら、なんかシューティングゲームみたいになってるんだもん」
『はははは!その表現が伝わるのはボクだけだよ』
少し笑って、一人で自分と会話するのは不思議な感じだ。
周囲には誰もいないし、誰かがもし居たら完全に不審者扱いされるだろう。
「……ねぇリン、僕は人間?」
『……どうしてそんな事を聞くんだい?』
少し先で誰かが暴れているが、僕らの場所は酷く静寂だ。
いつもより、彼の声が良く聞こえる気がする。
近くて、隣にいるような声のようにはっきりと聞こえるのだ。
あの夜のように。
『――キミは人間だよ。ボクが保障する。なにせボクは神様なんだから』
「……」
『ほら、見てごらんよ。キミの世界で、キミが過ごしやすい世界だとは思わないかい?呪われた能力とか鍵だとか、そんなのは関係ない。キミが人間であろうとする限り、キミが人間よりも人間のように生きれば良いと思うよ。だから、これはボクのワガママだから……一つお願いを聞いてもらえないかい?』
姿は見えないが、座り込んだ僕の背中には熱がこもっている。
もしかしたら、今後ろを向けば彼がいるのだろうか。
背中合わせで話すみたいになっているから、向いてみたなんて言ったら怒られるか。
『今後ろを向いたら、友達をやめるよ?』
「残念。考えている事はお見通しか」
『キミのゲームプレイの傾向は、あの夜に把握済みだからね。行動パターンも昔から知っているよ』
「そっか……お願いって何?」
『彼を助けて欲しいかな。オルクス・ゲーターも、テラも、両方助けて欲しい』
「それは難しいお願いをするね」
『友達なんだから良いじゃないか。許しておくれよ、皐月。だけど、キミは自分のその力を使わないで欲しいかな』
「分かった。でも危なかったら使うよ?」
『――うん。それじゃあね。キミのその力を乱用しない事を祈ってるよ』
そう言われた途端、背中から熱が消えた。
僕は後ろを向かず、自分の手の平に視線を落とす。
乱用はしないが、必要な時は使わせてもらうよ。
僕はそう言って、やった事のない忍者の真似をして建物から建物へと飛び移るのだった――。
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『よくも邪魔をしてくれたね?何故、あれを助けた?』
『フィリスが決めた事なのに、何で君に教えないといけないのさ』
『ならばキミは、このボクを敵に回すつもりかい?』
『さっきと言葉遣いが違うけど、まぁいいや。敵も味方もないでしょ?だって君― ―フィリスと考え違うし』
彼女は彼を睨みつけて、そう言った。
その目を見た瞬間、彼は口角を上げていく。
『あはは、良い目だね。キミはこの世界は歪んでいるとは思っていないかい?平和平和という気持ちの良い理想を抱いていても、貧困の差や力の差が姿を現している。だがそれを皆してこう口を揃えて言うのだ。『仕方がない』と。クダラナイとは思わないかい?』
『その仕方が無いからこそ、皆が頑張って生きてるんじゃないの?』
『それだ。それが問題なんだよねぇ、本当。だってそうだろ?この差別を助長させた原因がうろうろウジャウジャといる世界の中で、何を皆が平和であろう世界だ!何が差別の無い世界だ!キミたち自身が、その差別を証明しているじゃないか!滑稽だよね!その不満に気づいて、盗賊になった彼らの方がよっぽど賢明だよ!』
彼のその言葉によって、この世界の住人は様々な反応を示した。
どうやら魔法陣を通して、世界への通信を可能としているようだ。
ここからでも見えない事はないし、聞こえない訳ではないが。
聞いていて気持ちの良い物ではないな。
『――ふざけるなぁ!』
彼らの間を声と共に、炎の弾丸が遮る。
攻めようとしていた彼女は、下からそれを撃った少年の姿を見つける。
『さっきの?』
『おっと。キミにも火の魔法を使えたのかい?鍵のくせに……??』
彼は少年の瞳を見て、疑問を抱いた。
さっきとは比べ物にならないマナの量とオーラ、そして彼の瞳には魔法陣が見えていた。
『まさか……ボクに触れた時に?』
『君の力は確かに凄いよ。けどこの力は破滅を呼び、呪われた力という事は理解出来た。けどこの世界の人たち全員はともかく、この街を巻き込む事は許さない!他の誰であっても!僕はこの世界を護ってやる!』
少年は目を見開いて、瞬時に彼の真横へと移動した。
『(これは、リンの?これが――鍵の力か)』
『――ッッ!ひとまず消えていろ!』
少年は彼に触れて、彼の姿が半壊していく。
でも何故か、消えていく彼の表情は穏やかに笑っていた。
『……無駄な事だ。私は何度でも復活する。完全に消滅させたければ、貴様から出向いてくるんだな。ニブルで待っているぞ。鍵よ』
彼はそう言って、王都ドミニオンから姿を消した。
少年はそれを見届けた瞬間、頭を抑えながらその場に倒れ込んでしまった。
『え?ちょ、ちょっと君!?』
倒れた少年を抱き起こし、彼女はあたふたとしながら周囲を見る。
その景色に彼女は目を見開いた。
灰色の空から光の柱のように、雲の切れ間から光が差し込んでいるのだ。
まるで天使でもいるかのような街だと、彼女は思ったのだろう。
「――ふぅ、とりあえずは出番は無かったようじゃな」
「そのようで。ん?どちらへ?」
「妾には妾のやるべき事があるのじゃよ、ライトロードよ。しばらくは奴も攻めては来ぬとは思うが、あの少年を守護せよ。それはお主らにしか出来ない案件じゃ」
王都の様子を遠くから見ていた彼女は、そう言って姿を消した。
その消えていった彼女を見送るように、彼らは跪いて声を揃えて言った。
――我ら種族の繁栄を御身に捧げます、と。
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