第30話「浮かぶ魔法陣」

「全く……キミは余計な事をしてくれるね、ホントに……」

空中で胡坐をかいて呟く。

天界にいなくても、どこにいるかは気配で分かってしまう。

間接的とはいえ、ボクは彼と繋がっている。

「どうしたら良いと思う?……世界樹」

ボクの言葉に反応するようにして、世界樹は枝を揺らして葉を落とす。

ひらひらと葉は目の前を通っていく。

左右に揺れながら、ゆっくりと……。

「――そう。じゃあボクも少し……」

手伝おうという行動をした途端、変わった気配がボクの世界樹を揺らす。

「……いや、やめておこう。もしかしたら、がこの場を上手くまとめられるだろうね。キミもそう思うだろう?」

ボクはそう世界樹に話しかけながら、この真っ白な世界で目を瞑った。

ここでボクが動くべきではないだろう。

これは彼らの物語で、彼らの運命だ。

ボクはもう少しだけ休ませてもらおう。

いつか来るその時まで――。


======================================


『まさか私の名を知っているとは、ただの人間だと思っていたが……』

褐色かっしょくの肌に灰色の髪の毛をしている。

彼とは初対面のはずだが、僕の脳内で彼の名前が浮かび上がる。

――クロノス……何でこの名前を。

そう頭の中で考えても答えは見つからない。

ただ僕が分かる答えは、クロノスという名の人物から膨大ぼうだいなマナを感じ取れる事だ。

「……っ……」

周囲を観察するが、何度も確認しても僕と彼以外は動いていない。

完全に僕らだけが動けている。

『人間は愚かだ。一時いっときの感情で、全ての選択を無意味にする。運命をじ曲げ、傲慢ごうまんという感情をふくらませる』

僕が一つの違和感に気づいた。

このクロノスという人物は声を発していない。

直接僕の頭の中に話しかけているようだった。

――隙がない。

彼の周囲、身体を見た素直な結果だ。

『――やめておけ。お前のような人間には、私に傷をつける所か近づくことすら出来ない。私が近づかない限り、お前は私に触れる事も出来ないさ』

大した自信だと思ったが、僕は彼の言葉を否定出来ない。

ここで動いているのは僕と彼だけで、誰かの援護もある事は皆無と言って良いだろう。

「……貴方は何者ですか?」

『ほう?てっきり冷静さを欠いて猪突猛進ちょとつもうしんすると思っていたが、自分の置かれている立場は分かっているようだ。人間にしては褒めてやる』

褒められてる気がしないが、今は至って冷静だと思う。

彼女を無造作に傷つけなかった事を思えば、彼の介入は感謝する所だろう。

だが、彼が何故ここに現れたのかが分からない。

『私はクロノス。いわゆる神という奴だ』

「自分で神っていう人ってとても痛いですよね……ノートでも拾いましたか?」

『お前、私を馬鹿にしているのか?そしてノートとは何だ』

「気にしないで下さい。ただの出来心です」

かんさわったのか、一瞬表情がピクリと動いていた。

この辺にしておかないと僕が殺されそうだ。

『――さて、私も暇ではない。本題に入らせてもらおうか』

「…………」

何だろうか。さっきから僕の言葉を聞いてくれないようだ。

『お前の感情は実に不安定だ。その能力ちからを正しく使いたいのであれば、常に平常心を保て』

「僕は冷静ですよ。それはさっき貴方が言ったじゃないですか」

『それは確かに言ったが、それは表面上の話でしかない。今のお前は表面上は出来ていても、中身が全然ダメだ。……何故リンはこの者に執着していたのか理解できん』

「リン?……」

その名が出てきた瞬間、僕の脳裏にさっきの言葉が浮かぶ。

――私はクロノス。いわゆる神という奴だ。

その言葉に嘘は無いだろう。

実際に時を止めているし、『リン』という知っている名前を呼んだのだ。

『その様子はやはり、リンを覚えているのか。ふ……なるほど。彼はここまでを理解していたのか』

「リンの事は覚えてますけど。貴方はリンとは知り合いなんですか?」

『――友だ。そして彼は死んだ。だから私はここへ来たのだ』

彼の視線が一変する。穏やかな空気が寒気となって変貌する。

カチカチと音が響き、彼の姿が目の前から消える。

「……っ!?」

『お前の動きは天界うえから見ていたから知っている。そのままではただの役立たずに過ぎん』

――何処にいるのだろうか。

周囲を警戒するがどこにも気配は見当たらない。

『お前に良い事を教えてやろう』

「くっ!」

背後から気配があった瞬間、僕は思い切りに腕を横に振るった。

だがそこには誰もおらずくうを切る。

『闇は己の影。闇が深ければ深いほど、その影は己を包み込む――』

何を言っているのだろうか。

『――己が持つ闇からは逃げる事は出来ない。人間は弱く、脆く、そして傲慢な生き物だ』

「……さっきから何が言いたいんですか!人間は確かに傲慢ですけど、みんながみんなそんな人たちだけとは限らないじゃないですか!」

『いや、これは確信している。現にそれは現実でお前が証明しているじゃないか』

「そんな事……」

『――お前はただ認めたくないだけだ。己の纏う闇に。自らが隠してきた闇を』

僕の中にある闇……。

そんな言葉を連想しながら、僕は自分の足元に視線を向ける。

――闇は己の影。

ならば今の僕は、彼女を傷つけようとした僕は……。

『……ふ……私の時間はここまでだ。ではな、呪われし能力者よ』

「ま、待って!」

カチャン、と針の音がその場で響く。

僕は静止した世界から、強制的に追い出されてしまった。

「くそっ!……」

僕は時間が進み始めた瞬間、そんな言葉を吐いて地面を踏んだ。

呪われし能力者って僕の事なのだろうか。

それが聞きたかったのに。

何も聞けぬまま、一方的に意味の分からない事を言われ続けてしまっただけだ。

「サツキ!あぶねぇ!」

「――っ!?」

アルフレドさんの声が耳に入り、咄嗟に背後を警戒した時だった。

イザベルが持つ氷の槍の奥。

その大空に浮かぶ大きな魔法陣を見た瞬間。

僕はまた大きく鼓動が跳ねる。

そして、氷の刃は僕の身体を貫いたのだった――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る