第29話「突然の来訪者」

私が望んだのは、こんな結末だっただろうか。

それとも、これとは別の結末だろうか。

人生において、魔法のような答えはない。

方程式があるとして、その式はとても複雑で繊細だ。

だからこそ、今目の前で行われている光景は疑ってしまう。

もしも、もしも……。

そんなもしもを繰り返しても、私は正しい答えに辿り着く事が出来ない。

「僕の為に死んでくれ、エルフィ」

だから彼の言ったその言葉を聞き、私の中で一つの現実を理解した。

この失敗の記憶は、私の記憶ではない。

もう一人の私の記憶だという事を理解した。

イザベル・フォルネステイン――彼女もまた、他でもない私という事に。

真っ白な世界。

まるで一面が雪景色のようだ。

これは彼女の思い出なのだろう。

流れ込んでくるこの景色は全て、彼女が歩いた日々の道のりなのだろう。

命の日記と言っても過言ではない。

「勝手に覗くな。これは世の記憶だ」

『わたしの記憶でもある。わたしの思い出も混ざってる』

ここはおそらく、私たちの深層世界なのだろう。

生まれながらにして持った血の運命と。

その運命に抗った命の結末が混ざり合っている。

決して合わさる事のなかった二つの世界。

私は酷く、この真っ白な世界に心が奪われていった――。


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「――お主は、誰じゃ?」

「誰、だって?」

ふと呟いた言葉を聞き、彼は笑みを浮かべてそう言った。

目の前で起きた光景は、前にも似た現象が起きている。

その時は、一つの魂が分離する瞬間だった。

だが今起きているのは、その全く逆でしかなかった。

まるであの時のような冷たい笑顔が。

彼が望んでいなかった光景が、今この時代で起きてしまった。

「ひでぇなぁ、記憶は共有してるから安心しろよ。だがお前はもう用済みだ。さっさと地面に還りな、魔族の王」

「ぐっ……」

――身体が動かない。

彼の復活によって、この身の中で封印していた魔力が溢れ流れている。

流れていく魔力は、復活した彼の体内に戻っていく。

崩れ落ちていく。

磨り減っていく。

「……行くでない!妾を置いて行くな!」

手を伸ばす。

傷だらけの腕は、まるで拒絶されるように切断された。

「――……な、なぜ……じゃ」

視界が真っ赤になっていき、徐々に霞んでいく。

紅い色の世界の中で、足音が遠くなっていく。

「……はぁ………はぁ……」

身体全体を包むほどの生暖かい滴は、やがて水溜りのように塗らす。

「ん、まだ生きてるのか。相変わらずしぶといな、お前――」

足音がまた近づいてくる。

髪の毛を引っ張られ、上半身から空中に浮かんでいく。

「……フレア……妾は…お主を……」

「――――……」

顔を覗き込む仕草をしているのか、影がすぐ傍まで近づいてくる。

そして口元に暖かいモノが当たり、微かに吐息が頬をかすめる。

何をされているのか頭の中で理解した。

「……ぁ……――」

上手く声が出せなくて、身体も完全に言う事を利かなくなった。

意識が遠くなって重たい瞼を閉じる。

そのまま眠りに誘われるように―ー。


「――ごめんな、ハーベスト……」


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「世が……貴様の為に死ぬ?……」

僕の放った言葉を彼女は繰り返す。

これは僕が望む事であり、一番望まない事でもある。

何故なら確証がない。

今の彼女が死んだとして、元の彼女が戻ってくるという保障はないのだから。

だが今の僕はそう言わざるを得なかった。

言いたくて堪らなかったのである。

「うん。君ならそれを叶えられるでしょ?」

見下したまま答える。彼女の瞳に映る僕は空っぽだ。

まるで空虚な雰囲気を纏っていると思わせるほどの足りない感。

何かが零れ落ち、それを探しているような目だ。

「ば、馬鹿な事を言う。貴様は分かっているのか?世が死ねばこの娘は――」

「言いたい事は分かるよ。けどそれとこれとは話が別だ」

遮る僕の事を彼女は目を逸らさない。

「君がした事を許すぐらいなら、君が勝手に自滅してくれる事を僕は望む。そうなれば、もしかしたらエルフィは戻ってくるかもしれないしね」

「……っ……」

彼女は息を飲む。

何に怯えているのか分からないほど、彼女は強張った表情を浮かべている。

何が彼女をそうさせているのだろうか。

僕の能力だろうか?試しに彼女の武器でも消しておこう。

「……な……杖が!……」

触れられた杖が、まるで灰になるように消えていく。

「無駄な抵抗はしないで欲しい。もし動けば間違って触れてしまいそうだから……」

手を胸の位置に持っていき、僕は彼女を見据える。

言葉通りの意味で、今の状況では能力の反応速度が桁違いのような気がする。

そして不思議と落ち着いてる。

自分でも驚くくらいに落ち着いているのを自覚する。

一歩間違えれば彼女を殺してしまうかもしれないというのに。

「…………」

――僕はそれを何も感じていない。

この手で彼女に触れれば、僕の前から跡形もなく消える。

このまま触れてしまえば……。

『――時は静寂なり』

時計の針がカクンと音を立てる。

その瞬間、まるで世界の全てが止まったように動きを止めた。

いや、実際に止まっているのだ。

――何故僕だけが……僕だけがそこで動いている。

『人間は愚かな生き物だ。一時いっときの感情のみで粗末な行動を起こす。それが、何の意味があるという事を考えずにだ――』

僕の後ろから歩いて話す彼を僕は知らない。

でも何故か頭の中で名前が浮かび、僕は咄嗟にその名を呼ぶのだった。


「――クロノス?」

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