第27話「魔眼を持つ者」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「大丈夫か、お主?」
「あぁ、少しフラつくが問題はない」
額を抑えながら、揺れる視界を安定させようとする。
眩暈がして体が船に揺らされているようで、気持ちが悪い状態だ。
オレは正直、この状態はとても苦手だ。
そしてもっと言えば、船が嫌いだ。だって酔うし……。
それを察しているのか、ハーベストはオレの背中をさする。
具合の悪い子供が、親に優しくされるように。
それでもオレの手を離さず、ずっと近くにいる物好きな奴だ。
昔から何も変わっていないのだ。
あれからずっと、ずっと昔から変わらない。
「……いやいやぁ、キミたちは本当に仲がよろしいことだねぇフレア」
「――ぐっ!?」
胸の中を掻き回されるような感覚に襲われる。
声だけで誰だか分かってしまう。分かりたくないほど理解してしまう。
「お主……何しに来たのじゃ」
ハーベストは立ち上がり、オレの前へとやってくる。
腕を組み、小さい身体で彼に立ち塞がる。
「やぁハーベスト、キミも元気そうでなによりだよ。流石、
オルクスは、他人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべて言った。
「オルクスよ、お主は次元の狭間へと落としたはずじゃが。何故ここにいる?」
「酷いなぁ、せっかくの再会なのに。キミもフレアも、ノリが悪いなぁ挨拶なのに」
「ぐっ……オレたちのマナを使ってゲートを穴を開けようとしていた奴が、勝手な事を言ってんじゃねぇよ」
「キミのマナはかなりの量だからね。ボクだけじゃ皆を解放出来ないと思っただけさ」
「みんな……じゃと?」
オルクスの発言によって、ハーベストは魔力を放出させる。
その放出によって、彼女の瞳と髪は完全な紅へと変化していく。
赤からより濃い
炎の魔術師であり、彼女が紅蓮の魔女と呼ばれる由縁である。
「お主。まさかとは思うのじゃが、よもやこの地を再び地獄へと
手を広げて指をポキポキと鳴らしながら、彼女は怒りをあらわにしていく。
その瞳の中には、まるで火が点いたように真っ赤だ。
「やれやれ。キミたちはやはり、ボクの考えには同意してくれなさそうだね。ボクはただ、この世界をあるべき姿に戻そうとしているだけなんだがね」
「あるべき姿?」
「そうさ。数百年に渡って世界は変わり果ててしまった。力無き者は、やはり殲滅した方が良いに決まっている。キミもそう思うだろう?なぁ、かつての悪魔のフレアくん♪」
「てめぇ……喧嘩がしてぇなら素直にそう言えよ」
オレは目を見開いてそう言った。
だが前へ出ようとした時、ハーベストに腕で遮られる。
「ハーベスト、退け。こいつはやっぱり跡形も無く消すべきだ、オレにやらせろ」
「ならん。お主は休んでいろ、ここは妾に任せるのじゃ」
「だがな、オマエは力を……!?」
肩を触れた瞬間、彼女の身体が熱を纏っていたからだ。
その状態の彼女をオレは良く知っている。
嫌というほど知り尽くしている。
『調子に乗るでないわ、
昔、彼女に言われた事をまた思い出す。
この世がかつて、ヒトではなく違う者たちによって支配されていた頃の話だ。
もう遥か昔の事なのに、今になってまた蘇ってしまった。
あの時感じた、素直な恐怖というモノを――。
「――オルクスよ。妾が相手になろう。異論は認めんぞ小童」
「いいよぉ。ボクも今日は、キミと殺し合いたいと思っていた所だ」
二人の距離は決して遠くない。
だがあの二人にとって、距離という概念は通用しない。
弓を飛ばさなければ届かない距離でも、彼女はそれを一歩で潰す。
「――ふんっ!」
一瞬で間合いを詰めてオルクスへとかかと落としを繰り出す。
腕を重ねて防いだ直後、彼女はまた次の行動を取って背後へと回り込む。
「相変わらず速いねぇ、キミは」
「黙れ、舌を噛むぞ」
だがオルクスは、彼女の動きを読んでいるのだろうか。
全てを防いでいる。
格闘戦において、動き止めれば隙を作ってしまう。
ハーベストは武器を使った事がないし、杖の使用経験も皆無。
だが彼女が魔女と呼ばれる理由は、その暴力的なまでの速度中に繰り出される魔法である。
「――燃えろ」
オルクスの脇腹を捉えて、その一点に爆発的な魔力を放出する。
一言で言えば、掌底波のようなモノだ。
だがその破壊力は、通常のそれより遥かに上である。
規模が小さいように見えても、ぶつかる手と的の間には魔力の球体が一瞬で作られている。
「……いやはや困った。片方の腰に穴が空くなんて聞いたことがないよボクは」
「やはりお主、禁術に手を染めておるな」
「流石、ご名察だよ。この魔術は不老不死に近い術だけど、違う系統の不老不死なんだよね」
身体の一部が吹き飛んだというのにも関わらず、オルクスはへらへらと笑みを浮かべている。
見た目こそ考えれば不気味という他ない。
「けどボクの使う禁術は、これだけじゃないよ?そうだなぁ、勿体無いけど――」
「っ!?」
先程のハーベスト同様、相手の背後に回り込む。
それは彼女の速度よりも一段と速かった気がした。
「――次はキミが燃える番だよ」
「ぐっ……がはっ!!」
空中へと飛ばされ、追撃のように空中から真っ逆さまに突き落とした。
地面に叩きつけられた彼女の上に乗り、オルクスは彼女の首を絞める。
「さぁ……ボクの眼を見るんだ」
「ハーベストッ!!」
オルクスとハーベストの間に入り込み、首を絞める腕目掛けて手刀を繰り出す。
だが……。
「ふふふ、はっはっは……キミは相変わらず素直だねぇ、キミじゃ彼女は傷つけられない。いつからそんな甘くなったのかな?キミはさ」
「てめぇ……」
ハーベストを盾にされ、寸前で止められてしまった。
間近にいてオレはそれに気づいた。
オルクスの瞳は左右の色が違う。
その違う瞳だったはずなのに、片方の眼には魔法陣が映っていた。
動きを止めたオレの首を掴み、片方の腕からどこかへとハーベストは投げられる。
無造作に、ただのガラクタを扱うように――。
「ぐっ……てめぇ、その眼は……」
「あぁ、やっぱりこれ気になる?それはそうだよねぇ、キミが知らない訳がないんだからさ。散々これで、多くの命を奪ってきたんだからさぁ。ねぇそうだろ?」
首を絞められたまま、オルクスは眼を近づけてくる。
ドクン……ドクン……――!!
身体が熱く血が
オレはその眼を知っている。
かつての記憶が流れるようにオレの脳裏に浮かんでくる。
忘れていた。
忘れていたかったあの記憶。
逃げてきた記憶が、一気に帰ってくる。
オレの中に。
いや……オレの
「――フレ……ア??」
彼女の力の無い声は遠いのか、良く聞き取れない。
いや遠いんじゃない。
遠いのはオレ自身の意識だ。
暗い水の底。
闇でしかない世界の中に沈んでいく。
赤い色の魔法陣。
禁術といわれきた過去の異物。
在ってはならない存在。
今のオレが欲しく無いもの。
手に入れてはならないもの。
近寄ってはならないもの。
――オレはそれを
『この感覚、久しぶりだ。そうは思わないかい?ハーベスト』
「なに、言っておるんじゃ、お主は……」
『何って決まっているじゃないか。ようやく俺達は一つになれたんだぜ?もっと歓迎してくれてもいいじゃねぇか。なぁ魔族の王――ハーベスト・ブラッドフォールン』
そしてその魔眼は、ようやく一つに戻ったのである。
かつての戦争で大量の命を吸収したその者を人々はこう呼んでいたという。
――フレア・バースティア王、と。
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