第17話「夜空の下で」
落ちていく姿を見た。
燃える炎のように紅い。
だけどその瞳はどこか、悲しそうに悔やんだ瞳をしていた。
だから身体が勝手に動いてしまった。
何も考えず、ただ曖昧な考えで。
僕は彼女の手を取った――。
「……なさい。……起きなさいってば!」
「うぷっ。げほげほ……」
冷たい物が顔を覆い、僕は咳き込みながら起き上がった。
「サツキ、大丈夫?」
僕の顔を覗き込むようにして、アリアがこちらに顔を近づける。
動こうとしたが、何故か彼女に頭を掴まれる。
「ちょっと、動けないんだけど……」
「あ、ご、ごめん……」
僕は困ったように声を出すと、彼女は何かを察してくれたように離れてくれた。
急に離れた事によって、何やら気まずい空気が場を包む。
僕は気恥ずかしさを隠すように、周囲を見渡した。
薄暗い場所で、何やら水の流れる音が聞こえる。
王都の中……という訳でもなさそうな雰囲気だった。
「ん?何してるの?」
周囲を見渡していたら、彼女が何かを探している様子だった。
「何って。ここから出るのよ」
「ここから、って……」
ここは恐らく瓦礫の下だ。
奇跡的に助かっただけで、何か間違えれば瓦礫が崩れるかもしれない。
彼女は無造作に瓦礫を
「危ないってば、アリア。怪我しちゃうって」
「いいのよ。アタシにはもう、何も無いから……」
「え?」
その動きを止めようとしたが、得体の知れない物に阻まれてしまう。
瓦礫を退かす彼女の背中が、近寄るなと言っている気がしたからだ。
「じゃあ僕も出口を探しに――いたっ!?」
動こうとした瞬間、身体全体に痛みが走った。
痛みが走った場所を見てみたら、いくつか痣と擦り傷が出来ていた。
「動かない方がいいわ。応急処置もまともに出来てないから、無闇に動けば傷口が開くわ」
良く見れば、彼女の服装がボロボロだった。
無理に破っているかのような感じになっている。
そういえばこの布は、城の時に彼女が着けていた物と同じ物だ。
僕が気絶している間、彼女がこれをやってくれたのだろうか。
自分だって傷だらけなのに――。
「ありがとう、アリア」
「な、なによ。いきなり」
「いや、なんとなくかな」
「そ、そう?もう動けるなら、瓦礫を退かすの手伝ってよね」
「はいはい」
「返事は一回!」
僕は笑みを浮かべながら、彼女の隣へとしゃがむ。
まだ身体が軋むけど、瓦礫を退かすぐらいなら問題はないかな。
この上は今、どうなっているんだろうか。
僕はそう思いながら、瓦礫の山の中に手を入れるのだった――。
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王都ドミニオン、城周辺。
崩れてしまった城の復旧、及び反乱者の追跡を開始していた。
街の中を兵士が駆け走り、住民たちは広い建物へと避難している。
だがこの王都の中で反乱があったという噂は広がり、集っている者たち全員、お互いを疑心暗鬼という状態になっている。
そして最悪な事に、その場所には各種族が完全に対立を始めようとしているのだった。
誰もが疑い合い、言い争いが絶えない状況になっていた。
「
ディーネは壁に
「まぁ、気持ちは分からなくは無いがな。なにせ、反乱を起こした奴に各種族が混ざっているんだからな。しかもそれを支配し、この反乱の首謀者は人族という噂だしな」
「戻ったか、アルフレド。外の様子はどうだ?」
ディーネの問いかけに、アルフレドは首を振って答える。
「酷かったぜ。他のギルドもここと似た状況だ。皆が皆、『お前が反乱を起こしたのか?』という疑心暗鬼だ。反乱を起こした者が潜んでいる可能性は否定はしないが、それでもこの空気を浴びるのは
王都が中途半端に居心地が良かった所為で、という言い方はしたくないが……。
これが争い事が少なかった結果だろう。
元々各種族の仲は良くは無い。何か問題があれば、疑い合うのは当たり前だ。
さて、どうしたものか。
『誰かっ、来てくれ!』
入り口で誰かが叫ぶ。
入ってきたのは、傷だらけの兵士と――血を流した少女の姿だった。
『誰か、この者を!この者に手当てをっ!』
兵士は声を荒げて叫ぶが、そこにいる者たちは全員が目を逸らした。
疑心暗鬼になっている所為で、助けて良いものかと悩んでいるのだろう。
そしてもう一つ、この兵士たちが反乱を起こした者の仲間かもしれない。
そういう考えも含まれるだろう。
「――私が見よう。私は魔導士だ。治癒の心得もある」
『正気か!?こいつが反乱を起こした奴の仲間かもしれないんだぞ!?』
どこからか、声が飛んでくる。
誰が言ったのかは分からないが、ルーシィはその人集りを睨んで口を開いた。
「……くだらんな。怪我した者を手当て、とは良い事だろう?それに私が思うに、貴様らこそ、諸悪の根源ではないのか?」
ルーシィは腕を組んで挑発する。
彼女の言葉が気に触ったのか、その人集りが徐々に騒いでいく。
その様子を見た瞬間、彼女の中で何かが切れる音が鳴る。
「――ふざけるな、こちらの台詞だ!『この中に反乱した者がいる?』『誰が首謀者だ?』くだらん、くだらんくだらんくだらん!何もかもがくだらん!貴様らが今する事は、他人を疑う事ではないだろう!こうして手当てもせずの者が死ぬならば、しなかった貴様らも同罪だ。ふざけるのも大概にしろ!――行くぞ、奥で手当てしよう」
『あ、あぁ、恩に着る』
ディーネはそう言って、奥の部屋へと消えていった。
取り残された者たちは、ただ呆然として立ち尽くすしかなかった。
「お前にしては、
「腹が立ったからな。それよりそこの兵士とアルフレド、お前たちは他の部屋に行っていろ」
「は?」
「は?ではない。この女子の治療をするんだから、ここは今から男は厳禁だ。出ろ」
「お、おう」
ディーネに睨まれ、アルフレドは兵士と一緒に部屋を出て行った。
残ったディーネは溜息を吐いて、ベッドに寝ている彼女に服を脱がした。
「腹部に一撃と擦り傷が複数、か。あの城が崩落してから、ここまで来るのに良く保ったものだな」
魔法陣で彼女を覆い、治癒の魔法をかけていく。
「……んん……」
「気がついたか。待っていろ、今傷を治している」
「……はぁ、はぁ……あなたは?」
呼吸が荒く、本当に良く持ち堪えたとディーネは思った。
だがあろう事か、寝ていた彼女は起き上がろうとする。
「何をしている、動くな。お前の傷は決して浅くない。下手に動けば死ぬぞ?」
「……行か、ないと……ひめ、さまが……姫、様を――」
そう言って彼女は気を失い、言葉が途切れる。
「姫様、だと……。……(ふむ――)」
数分後、彼女への応急措置は終了した。
傷口も塞がり、一命は取り留めた。
だが普段通りに動けるようになるまでは、数日掛かるだろう。
姫様とは恐らく、この王都にいるという王女の事だろう。
姿は一度も見た事がない分、存在は信用してはいない。
ディーネは、姫である彼女の姿を見た事がないのだから無理もない。
寝息を立てる彼女を置いて、ディーネは部屋の外に出ていた。
「お前は見た事あるか?」
「んあ?何の話だ?」
「この王都の姫君の事だ。――それとアルフレド、何を
溜息混じりにディーネはアルフレドに聞いた。
「このギルドの飯は美味くてな。腹が減ってたら、いざという時動けないからな」
「理屈は分かるが、こんな時にお前という奴は……いや、それはどうでもいい事か」
「それはどういう意味だ?」
アルフレドは手を合わせて、食事を済ませる。
その様子を眺めて、ディーネは待っていたように口を開く。
テーブルには、皿の塔が建てられていた。
「――やっとか。随分と食べたなぁ、この短時間で」
皿の枚数を数えながら、ディーネは頬杖をして呟く。
「腹が減ってちゃ戦えねぇだろ?それでさっきの奴はどうなった」
「よく眠っている。傷も治したし、数日で動けるようにはなるだろう。一応言っておくが、寝込みを襲いに行くなどと考えるなよ?」
「…………」
「おい、否定ぐらいしろ」
ディーネはアルフレドに、彼女が眠る前に言った言葉について聞いた。
王都に姫がいるのかどうか、そしてそれと今回の事に関連性があるのかどうかを。
傭兵であるアルフレドは、女好きで馬鹿ではある。
だが根は真面目で彼の実力は、人族の中でもずば抜けている。
真面目になればなるほど、彼の右に出る者はいないだろう。
「(まぁ女好きで真面目など、相容れない組み合わせなのが変な話なのだが……)」
けれど信用は出来る。
そうディーネは考えている。元契約者という理由もあるのもその一つである。
「それで、どうなんだ?姫はいるのか?」
「いるだろうな。俺は直接の面識は無いが、依頼を一度受けた事がある。だが依頼報酬も、お付のメイドが届けに来たぐらいだがな。それに――」
アルフレドは話しながら、最後に座り込む兵士の姿を見た。
「――あの兵士にも聞いてみたが、姫様とやらはこの王都の状態も知らされてないらしいんだ。親ばかなのか過保護なのか。争い事から無縁に近かったらしいぞ」
「そうか……。その話が本当ならば……今回の件は、その姫の王位継承権の剝奪が狙いかもな。箱入り娘がいきなり王女など、私でも心配になるからな」
反乱は起こさないが、と付け足してディーネは口を閉じた。
顎に手を当て、何かを考える。だが何も思いつかない。
反乱の理由は仮説では合っているかもしれない。だけど起こす程でもないと考えている。
「なぁ、ディーネ。サツキの気配は辿れるか?」
「――いや、ダメだ。反応はあっても、返事が返って来ない」
「反応はどこからだ?」
「崩れた瓦礫の下からだ。魔力が乱れているから、おそらくは怪我をしている可能性がある。早く見つけたいが、情報が無さすぎる」
『それなら、心当たりが、あります、よ?』
声の主が誰なのか、ディーネは一瞬で分かり取り乱した。
「な、何をしているんだお前は!?起き上がるにも、怪我をしているんだ!大人しく……」
「待て、ディーネ。彼女の言葉を――」
慌てるディーネを抑えたのは、アルフレドだった。
何かを言おうとしたが、ディーネは言葉を呑み込んだ。
何故なら、アルフレドが真剣な目をしていたからである。
「……分かった。聞かせてくれ。心当たりとは、なんだ?」
彼女は少しずつ、言葉を紡いだ。
一つ一つ見た物聞いた物を隠さずに。
彼らは聞いた。
一つ一つ、聞き逃さぬように――。
「私からは、以上です。どうか、姫様を……」
「もう良い。お前は寝ていろ」
そう言ってディーネは、辛そうな彼女に魔法をかけて眠らせる。
その様子を見て、アルフレドは何かを考えている様子だった。
それが何故か、ディーネは気になった。
「(アルフレド?)」
「…………少し外に出る」
「あ、あぁ」
どこへ?と聞こうとしたが、それは何か遮られる。
呼び止めてはならないと、何かに囁かれているかのように。
ディーネは思い出していた。ある心配事を。
数年前の事故を、彼との契約のきっかけを――。
======================================
「――時間だ。作戦は第二段階に入るぞ」
男はそう言った途端、王都にあるギルドから火矢が放たれる。
建物は燃え、歩いていた住民も撃たれていく。
王都ドミニオンは再び、燃える大地へと変貌していくのだった。
そしてこの出来事が、一人の少年を呼び寄せる事は誰も知らない……。
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