第21話 サンドイッチ

 夜遅くまで飲んでいたら、いつの間にか寝てしまったようだ。ああ、布団とか準備してな、か、った。

 でも誰かが布団を被せてくれていたみたいで、俺は布団に顔まで埋めて寝返りをうつ。

 

 むにゅん。

 

 ん? 背中に……?

 

「……んんっ」


 後ろから声……むにゅんが俺の背中を押し返して来た……

 寝ぼけていた俺はそのままの勢いに押されて反対側へゴロリンと、途中で止まった。

 

「……せ、せんぱあい……」

「い、息が……」


 由宇が俺の顔を胸に抱く。ち、力、強い、強いいいい。

 

「寒、カイロー」


 後ろからキノがひっしと俺にしがみ付くううう。

 い、息が苦しいが……こ、この幸せなハサミンは何なんだ。だ、ダメだ。このままだと興奮して意思が遠くなってしまう。

 お、落ち着けえ。俺、ここは……クロネコアプリで勉強した円周率を数えて……


「だあああ、ブラジャーつけてないのかああよお」


 ああ、ダメだ、ダメだああ。ふにゅふゅにゅううう。後ろからああ。

 顔は当たっちゃダメなところが触れてる。

 

「……くすぐったいです……息が……」


 ますます力を込める由宇……。桃源郷の中にいる俺であったが、これ以上締め付けられると完全に息ができなくなってしまう。

 

「……さ、左右にこすりつけないで……く、ください……あっ、あん……」


 なんちゅう声出してんだよお。ああ、僕は今、天国への階段を登っているようです……

 天使が一人、天使が二人、天使が三人……

 

「……せ、先輩……?」

「ぜえはあ、ぜえはあ。もう少し、優しく頼む……」

「……ね、寝ぼけてただけです……」


 カーッと耳まで真っ赤にして反対側を向いてしまった由宇へ、俺はヤレヤレと……ってなるかああ。

 後ろ、後おお。

 

「キ、キノぉー」

「ん? 起こさないでえ、あと五分ー」

「は、離れて……」

「え? あ。別に山岸くんだし構わないわよ」


 嬉しいんだけど、ずっとこれだと俺の理性がプッツンしちゃったらどうすんだよ!

 いかにヘタレな俺だろうと、そこまでされるとマズいかもしれないぞ。

 

――と思っておりましたが、人肌が心地よく二度寝してしてしまった。

 コーヒーのいい香りが漂ってきたことで、俺は布団から這い出る。

 

「おはよう、山岸くん」

「……先輩、おはようございます……」


 すでに二人は化粧まで終えていて、着替えも済ませていた。

 お、俺だけ寝てた?

 

「あー、ごめん。俺だけ寝ちゃってた?」

「……先輩のおうちにお邪魔してますし……先輩はたっぷり寝てください……」


 由宇はスマホを胸に抱き、その場でペタンと座る。なんだか少し動きがぎこちない気がするんだよな。

 

「由宇?」

「……何でしょうか……コーヒーならすぐに梢さんが持ってきます……」

「なんか、スマホを持つ手が震えてるんだけど……何かあった?」

「……な、何もありません! 寝顔なんて撮ってません……」

「そうか……」


 分かりやす過ぎる……、頬をぷくーっと膨らませてるし。可愛い。


「あ、由宇、後で私にも送ってね」


 コーヒーを持ってきたキノが由宇に声をかけると、彼女は「撮ってません!」と首を左右に振っていた。

 いや、もう、バレてるからさ。

 

 この後遅めの朝食をとった俺達は、明日から学校や仕事があるからこれにて解散することにした。

 帰り際に由宇が水曜日と木曜日に泊まりに来ていいかと聞いて来たんで、快く了承する。隣でそれを見ていたキノの顔がもう嫌らしいったらなんの。

 だから、彼女も誘ったんだけど生憎仕事の都合で、木曜日だけ顔を出すってことになったのだ。

 

 その日の晩、ローズに入るとみんな来ていて昨日のオフ会の話で盛り上がった。当然またやろうねえという話になって、次は再来週に予定を合わせることになる。

 場所はまあ、由宇の家でも俺の家でも……居酒屋でもどこでもいいや。今週中に場所を決めようってことで、その話はそれでおしまいにしてクエストに熱中した。

 今日もよい武器は出なかったなあ。ま、そのうち出るだろうー。

 

 ◆◆◆

 

――月曜日

 絶対バレてない自信はあるが、いざ会社で相楽さんに会うとなると少し緊張する。

 挨拶した限りはいつもと変わらなかったけど……とか考えていたが、すぐに忙しくなって、考える暇も無くなってしまった。

 ふう。やっと一息ついたあ。一杯何か飲むかと思った俺は、オフィスの給湯室へ足を運ぶ。ここには、自販機とお湯がでるシンクがあるスペースになっているんだ。

 

 給湯室に入ると、相楽さんがちょうどコーヒーを淹れているところだった。

 ドリップ式のコーヒーらしく、出来上がるまで多少時間があるから彼女はスマホを見て時間を潰しているようだが、表情が……なんだか嬉しそう。

 彼女は微笑みを浮かべながら、細い指先でスマホをフリックしているようだ。

 

 俺は邪魔しちゃ悪いなと思って、彼女には話かけずに自販機へお金を放り込む。

 

「藍人くん、順調?」

「なんとか息をつけましたよお」

「それはよかった」

「相楽さん、何かいいことあったんですか?」

「うん、私ね、男の娘って初めて見たんだけど、もうこれが可愛くて」

「そ、そうですか……ど、どんな人だったんです?」

「天使よ、仕草から何から可愛いの、ビックリしたわ」

「お、俺も、そういう人を写真では見たことありますけど……実物は見たことが無いですね……」

「へえ、藍人くんも一度やってみたら? 可愛くなるかも」

「い、いえ、俺はそんな趣味はありませんので……」


 俺は逃げるように給湯室を後にした。と、とりあえず、ちょうどいいから探ってみたけど……今の感触だと俺だとバレてないことは確かだ。

 だがしかし、自分のことをああいう風に言われしまって、平静でいられる自信がなかった。なんとか言葉だけは返したが……

 

 少なくとも、相楽さんに俺がアイだとバレるとかなりマズそうなことだけは分かった。

 このことはキノと由宇に共有しておかねば、彼女らに今後のオフ会でフォローしてもらった方が確実だ……。

 そういえば、こんな感じで相楽さんと仕事の話以外をするのって久しぶりかもしれない。お昼をご一緒しても仕事の話ばかりだもんなあ。

 

 お昼になると、外勤でチームの人は俺と相楽さんしか残っていなかったから、俺から彼女をお昼に誘ってみた。

 さっきは話の途中で逃げて来ちゃったし……

 

「藍人くん、私も少し話をしたかったの」

「そ、そうですか」


 相楽さんはほがらかな笑みを浮かべて、俺の誘いを快諾してくれる。


「――でね、その娘はチャットの最後に☆マークをつけるような子なの」

「なるほど……まあ、演技だと思いますよね」

「でしょでしょー。でも、実際会ってそのまんまだったから、ビックリだったってわけ」


 えー、相楽さん。いつもの「お仕事」はどこに行ったんでしょうか。食べながら延々と俺に「アイ」の魅力を語ってくれるのはいいんですが……本人のいないところでやっていただきたい。

 羞恥心で穴に潜りたくなってくるけど、彼女の前では知らない振りをしないといけないのだ! ぐああ、かゆい、かゆういい、かゆうま。


「相楽さん、女の子みたいな男の子が好きなんですか?」

「うーん、恋愛とかそんなんじゃないよ。愛でたいと言えば分かってくれるかな?」

「な、なんとなくですが……そんな出会いもあるものなんですねえ」

「ちょっとみんなの前では言い辛いんだけど、ゲームでの出会いなのよね」

「相楽さん、ゲームとかやるんですか、意外です」

「秘密にしてるわけじゃないんだけどね。趣味がゲームですって大っぴらに言うのもさ」

「いいんじゃないでしょうか。俺も多少はゲームをしますし……」

「そ、そうかな。引かれると思ったんだけど、よかったわ」


 多少じゃないですけどねえ。相楽さんもたぶん、普通の人から見たら引くほどプレイ時間が長いと思いますよお。

 なんて言えるわけねえだろおお。と心の中で一人突っ込みを入れる俺なのであった。

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