第82話 出産
その夜は智さんの実家に、また全員が集まったので、例の如く酒宴になって智さんはいつもの通り、真っ先に潰れる。
恵子さんたちは、だいぶ運転が上手になった里紗ちゃんの運転する軽自動車で、帰って行った。
翌日は、朝食を済ませてから、みんなで伊置路神社にお参りに行って、無事出産をお祈りして、帰りの道すがら世間話をしながら帰る。
「陽子さん、会社の方はどうだね?」
「如何にか順調になってきました。こうして、休みも取れるようになりましたし」
「でも、人手不足で大変なのよね」
私がお義父さんに言う。
「私らのような爺さん、婆さんでも手伝えればいいんだけどな」
「でしたら、子供が生まれたら、お手伝いに来て貰うというのはだめですか?」
お義父さんとお義母さんに私からお願いしてみる。
「そうね、お父さん、彩さんも初めての子供だし、私はお手伝いに行ってあげたいわ」
お義母さんは東京に行きたいみたい。
「だが、この家を空けておく訳にもいかないだろう。人がいなくなると家が廃れるというし」
「お父さんは孫の顔を見たくないんですか?」
こう言われると、お義父さんも反論しにくいわ。
「それは見たいさ。だが、東京から帰ってきたら、雨漏りしていたり、庭が草ぼうぼうだと困るだろう」
「そんな、1,2か月でそうはなりませんよ」
「そうは言ってもな。少なくとも草は困るな。後が大変だ」
八王子の家も草取りは大変だったわ。
「では、私だけ行って来ます。それでいいでしょう」
「仕方ないな。食事は恵子とかにお願いするか」
「でも、最初の1週間ぐらいは、お父さんも来るでしょう?」
「そうだな、最初の1週間ぐらいならいいか」
結局、お義父さんも行きたいんだ。
名古屋から戻って、2か月が過ぎようとしていた夜にお腹が痛み出した。
智さんにタクシーを呼んで貰って、掛かりつけの産婦人科に連れて行って貰うと、そのまま入院した。
「陽子さん、彩が入院しました。医者の見立てでは、もう直ぐ出産のようです」
智さんが母に電話をすると、母が直ぐに来ると言う。
「もしもし、母さん、彩が入院した。もう直ぐ生まれるそうだ」
お義父さんとお義母さんは明日の新幹線で上京するみたい。
私はお腹が痛い時もあれば、比較的収まっている時もあって、直ちに出産という状況でもないけど、不安で智さんの手を握っている。こうしていると安心できる。
「トントン」
「どうぞ」
ドアを開けて現れたのは母だ。
「こんばんわ、彩の様子はどうですか?」
「時々、陣痛のようなものがありますが、まだ出産まではいっていません」
私もベッドから起きてみる。
「彩、どう?」
「うん、時々痛いけど、今は大丈夫」
「智久さんは私と交代しましょうか?明日も仕事でしょう?」
「嫁が頑張っているのに、俺だけ離れるという訳にも行きません。それに仕事なのは陽子さんも一緒でしょう」
「私は、木村さんにお願いしてきたので、明日は出社しなくても大丈夫」
木村さんとは社員で雇った女性の人で、会社を立ち上げた時から一緒にやっている人だ。
今では、木村さんも会社の役員になって貰っている。
「でも、彩が心配です」
「いいのよ、あなたは仕事に行って。私はあなたの身体の方が心配だから」
「そうよ、出産なんて、男の人が居ても仕方ないから。ほら、行った、行った」
母に背中を押されて病室を出た智さんはそのまま帰って行ったみたい。
智さんが帰ってから、どれくらいの時間が過ぎただろう。
また、お腹が痛くなってきて、破水した。
それからは、もうただ、痛いだけの記憶しかない。
「オギャー、オギャー」
「生まれましたよ。女の子ですよ」
生まれたばかりの子供が傍らに来た。
初めて見る私の赤ちゃん。
小さな顔と小さな口、目はまだ開いてないけど、すごい元気に泣いている。
まだ、どっちに似ているかわからないけど、女の子は智さんに似てほしくないって、あなたのお父さんは言ってたわよ。
「彩、良くやったわね」
母が私の横で泣いている。
「これでお母さんもお婆ちゃんって、呼ばれるのよ」
「私はそんな風に呼ばせません。私の事は『陽子姉さん』って呼ばせるの」
「お母さん、それはちょっと無理だと思う」
「もう、いいわ。智久さんに電話してくる」
母は、携帯電話を持って病室を出て行った。
「トントン」
「はい」
病室のドアが開けられ、入ってきたのは智さんだ。そう、あなたのお父さんよ。
「彩…」
「あなた…」
「良かったわね、二人とも」
「良くやったな、ありがとう」
智さんが泣いている。
「あなた、良かった。あなたの子供が生めて…」
私も泣けてくる。
「ほら、二人とも泣かない」
「陽子さんにとっても初孫ですよ」
「嫌だ、お婆ちゃんと言われるのね」
お母さん、さっきは否定したのに、今度は肯定しているわ。
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