第74話 悲劇

 広報課に帰って取材の様子を話し合う。

「杉山さん、最後のミスを除いて、いいインタビューだったわ」

「そうですか、凄い緊張してました」

 まさか、智さんに昨夜、抱かれたとは言えない。

「宮田主任、写真はどうですか?」

「ああ、杉山さんの絵がとっても良いんだ。こういう事言うと、セクハラって言われ兼ねないけど、特に杉山課長との時は、ドキッとするぐらいの顔をしているんだ」

 みんなで、カメラのディスプレイを見てみるけど、そこにはスマイル顔の私が居る。

「あっ、ほんとだ。杉山さんってほんとに写真写りがいいわね」

 上田先輩も写真を見て、そんな事を言ってる。

「それって、褒められているんですよね」

「褒めてる、褒めてる」

 上田先輩の言葉に、3人で笑い合った。


「ただいま」

「おかえりなさい」

 智さんを出迎える。

 食事の時は、自然と今日の取材の話になった。

「今日はわざと言ったのかい?」

 智さんは、昼のインタビューの際に私が「あなた」と言った事を差している。

「ううん、わざとじゃない。つい言ってしまったの」

「あれから怒られたか?」

「まあ、上田先輩からは『あなたみたいな人は初めてです』なんて言われちゃった」

「ははは、つい出ちゃったものはしょうがない」

「これから、家では『あなた』って言わないようにしようかな」

「『智さん』の方が、みんなの前で出た時に言い訳できないぞ」

「そうね、やっぱり『あなた』にしようと」


 今月、生理が遅れている。もしかしたら、私の中に、もしかしたら…、薬局で検査薬を買って来ようかしら。

 そう考えていた日の朝方だった。

「あなた、お腹が痛い」

「彩、大丈夫か。病院に行けるか?」

「痛い、痛い」

 私が痛みを訴えると智さんがタクシーを呼んでくれた。

 私たちはタクシーで、病院に向かう。


 それと同時に、智さんは会社に連絡し、私の部署には母から連絡して貰った。

 最初は、近所の内科に行ったけど、産婦人科を紹介されたので、病院の方が車で移送してくれた。

 母にも産婦人科の方に来た。


 私が目を覚ますと、ベッドの横には、智さんと母が居た。

「あなた、それにお母さん」

「どうだ彩、気分は?」

「うん、ちょっと、頭がぼーとするけど、大丈夫」

「あのな…、彩に言わなきゃならない事がある」

「…流産よね」

 思いたくはない。思いたくはないけど、多分、そうだ。

「えっ、知っていたのか?」

「うん、最近、生理がなかったからそうじゃないかって…。もう少ししたら、あなたにも話そうと思っていたけど」

 私の中から智さんとの繋がりが消えてしまった。

 そう思うと、涙が零れる。


「うっ、うっ、あなた、ごめんなさい。もっと私がしっかりしていれば…」

「何を言うんだ。彩に責任なんてない」

「そうよ、彩。これはたまたまなの、運が悪かったの」

 母も智さんに同意するように言う。

「うっ、うっ、あなた、お願い。手を握って下さい」

 何かに縋りつきたい。智さんの温もりがほしい。

「暖かい、落ち着く」

「彩、ごめん」

「何んで、あなたが謝るの。悪いのは私なのに」

「彩は何も悪くない。もっと俺が彩に頼ってなければ、もっと彩を大事にしていれば…」

「ううん、逆よ。私は大事にされ過ぎたの。もっと、もっとあなたのためにしたいの」

「彩、ありがとう」


「あなたたちって、何年も一緒に居るような感じね」

「私、決めたわ。会社には結婚指輪をして行く。あなたの妻だって胸を張って言うわ」

「そうなると大騒ぎになるぞ」

「騒ぎたい人は、騒がせておけばいいのよ。だからあなたもしていって」

「分かった。明日はどうする?」

 明日は金曜日なので、あと1日でお盆休みになる。

「明日も休もうと思う。いいかしら?」

「もちろんだとも」

「でも、あなたは出勤して。ここはお母さんも居るから」

「そうよ、課長さんが、2日連続で休むのも可笑しいわ」

「分かりました。それでは明日は出勤します」

 病院にタクシーを呼んで貰い、タクシーで家に帰る。

 今日からは、母にも泊って貰う。

 お盆休みに智さんの実家に行く予定だったけど、私の体調が思わしくないので連絡をして、別の日に行くことにした。

 きっと、お義父さんたちは寂しく思っているかもしれない。

 2日程寝ていたけど、3日目には起きて家事をする。

「彩、無理しなくていいぞ」

「そうよ、私も居るから」

 母もそう言ってくれるけど、私が自分のためにも動きたい。

「ううん、やって行きたいの」

 私は今日から結婚指輪をすることにした。

 私が台所に立ったことで、母は八王子の家に帰って行った。

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