第50話 新幹線

 また夢を見た。

 相変わらず、お父さんが出てきて、私を抱き上げてくれる。

 お父さんに抱き上げられて、私は「きゃ、きゃ」と嬉しそうに笑っている。

 お父さんは私を下に降ろすと手を繋いでくれた。

 でも、お父さんは繋いでいた手を放して、一人歩いて行く。

「お父さん」

 私が呼んでも、お父さんは振り返る事なく、先に行ってしまう。

 私が追いかけようとした手を別の人が掴んだ。

 その人を見ると智さんだ。

 智さんは私の手を掴んで、引き寄せる。

「そうだ、この人は私の夫で私はこの人の妻なんだ」

 私は智さんに抱きつくと、智さんは優しく私を抱いてくれる。

 智さんが現れてから、お父さんの顔が思い出せない。

 智さんが一緒に居る事は、心が安心する。


「ジュー、ジュー」

「彩、起きて、起きて」

「えっ、あっ、あなた」

「うん、陽子さんが、もう起きて朝食の支度をしているみたいだ」

 智さんに起こされた私は、急いでベッドから出るとキッチンの方へ向かう。

「おはようございます」

「あら、おはよう」

「陽子さん、すいません」

「泊めて貰ったお礼です」

「あっ、お母さん、ここは私がするから」

 この家のキッチンは私の場所、例えお母さんといえど、渡す訳にはいかない。

「じゃ、まかせようかな。私はコーヒーを煎れるわね」

 母は、コーヒー用のカップを持ってきた。

「新幹線は、何時だったかしら」

「10時、東京駅発です」

「それじゃ、食べたら直ぐに支度しなきゃね」

「まだ、7時半ですし、そんなに直ぐに支度って時間でもないですが…」

 智さんはそう言うけど、それは女を知らないということよ。

「女は支度に、時間がかかるのよ」

「お母さんだけでしょ」

「あら、あなたも『智久さん』のところに行くときは、お化粧がいつもより念入りだったし、衣装なんかも、あーだこーだって、1時間くらいやってじゃない」

「衣装は、前の晩に選んでいたから」

「同じじゃない」

「もう、お母さん」

「彩、俺は嬉しいよ。気にしてくれてたんだなっと思って、化粧も手抜き、衣装もいい加減じゃ、男として見て貰えてないみたいだから」

「もう、恥ずかしい」


 母は8時半までしっかり支度していた。

 その後、家を出て、三鷹の駅から中央線で東京駅に向かう。

 新幹線に乗ると定刻どおり、東京駅を出発した。

「今日は富士山、見えるかなー」

「見えるだろうげと、反対側の方だからね」

「ええっー、残念」

「こっち側は海が見えるんだ」

「そっか、海かー」


「でも、着くのはお昼頃でしょう。智久さんの実家に悪いわ」

「母も来てくれるのが嬉しいだろうから、問題ないですよ」

「あっ、海だ、海。あなた、海だわ」

 私は、すごい神秘的な物を見るように海を見た。

 なのに智さんは適当に返事をする。

「あー、そうだな」

「もう、どうしてあなたはそうなの。妻の意見も良く聞いてよね」

「はい、はい」

「はい、はい、じゃない」

 今日は、ちょっと気分がすぐれていなかったからか、自分でも分からないけど、怒りが込み上げてくる。

 智さんは私の耳に唇を付けて、

「怒った彩の顔も可愛いよ」

「もう、ふんだ」

「彩、何を怒っているの?」

「何でもないし、怒ってないし」

 今日の私は機嫌が悪い。


 私が無視していると、智さんは母と話をしている。

 それを見ると、私は嫉妬してしまう。

「もう、あ母さんとばかり話をしないで」

 また、怒ってしまう。

「うちの娘は本当に、我儘ね」

 母が私に、言ってきた。

「いいの、私の旦那さんだから」

「そうそう、彩は可愛い、俺の奥さんだ」

 そうよ、私はあなたの奥さんよ。

「やっぱり、彩は笑った顔が一番だな」

「へへへ、そうかなー」

「うん、その顔、その顔」

「フフフ」

 まあ、許して上げよう。

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