第48話 異動
8月29日は私の誕生日だ。
8月29日は日曜日なので、前日の土曜日に母さんを招いて、三鷹のマンションでささやかな誕生日パーティをしてくれた。
「もう22歳かー」
私が言うと、母が
「まだ若いわよ。私たちをどうしてくれるの」
なんて言ってる。
「いつもは、お母さんと二人だけだったから、智さんが居て良かった」
今年は3人で祝ってくれるのは嬉しい。
「陽子さんの誕生日は、いつですか?」
「私は、来年の2月です」
「という事は今は51歳」
「女性の年齢を数えるのは、失礼ですよ」
「これは、すいません」
「そういう智久さんは、いつですか?」
「10月10日です」
「体育の日なんですね」
「体育の日って、今年は10月9日でしょう」
「昔は10月10日で固定だったのよ。法律改正で、10月の第2週を体育の日にするようになったの」
「へー、そうなんだ」
9月になると学校も始まり、私は学生と主婦の二足の草鞋を履いて生活をする。
学年も4回生となったので、卒論を書かなくてはならない。
智さんに協力を頼んだけど「俺は彩の専攻は、全然分からん」と相手にもしてくれなった。
ふん、冷たいやつめ。
しばらくしたら、智さんに、元お父さんが転勤する事を教えて貰った。
北海道の方に行くらしい。
現在、生活している人と籍を入れたらしく、生まれてくる子供は北海道で出産するとのこと。
私とは血の繋がりはないけど、もし血が繋がっていたら、私は姉ということになり、生まれてくる子は妹か弟ということになる。
兄弟が居るってどんなだろう。
喧嘩もするけど、遊だりもするのだろう。
武司くんのように悪口も言うのだろうか。
でも、それは棘のある言葉じゃなくて、何らかの優しさのある言葉なんだろうな。
私も兄弟喧嘩ってしてみたかった。
一人だと、喧嘩もできないし、遊ぶ事もできない。
ふと、里紗ちゃんと武司くんの事を思い出してしまう。
ある日、智さんが会社から帰宅して食事をしていると、元お父さんの席に智さんが座る事になったという話をしてくれた。
そんな会社の事は分からないけど、どうやら出世になるらしい。
出世しなくてもいいから、ちゃんと帰ってきてほしい。
お母さんが、「彩に助けられた」と言った意味が、今なら分かる気がする。
智さんが帰って来なくなった家に、一人で居るのは耐えられない。
智さんはいつも優しくしてくれる。時々、意地悪をするけど、それも軽い冗談のようなものだし。
私はいつも子供扱いで、智さんとは喧嘩にもならない。
智さんは、旦那さんであると同時に優しいお兄さんであり、そしてお父さんにもなってくれる。
私の初めての人、智さんを思うと夫婦なのにいつも心臓がどきどきする。
智さんに抱かれると、いつもは仕舞ってある女の私が顔を覗かせる。
そうなると、私は恥ずかしくなってしまう。
夫婦って、いつもこうなのかしら。
私たちだけが、特別なのかしら。
夕食の支度をしながら、いろいろな事を考えてしまう。
「おはよう」
「おはよう」
学校に行くと、早紀ちゃんが挨拶してくれた。
「あれ、真利子ちゃんはまだ?」
「もう直ぐ来ると思うけど…、あっ来た」
「おはよう」
真利子ちゃんも来て、いつもの3人で授業を受ける。
お昼休みに学食でお昼を食べながらする話は、そのほとんどが恋愛話になる。
「早紀ちゃんのお姉さんって、結婚して2年ぐらい経つんでしょう。それでも旦那さんとはラブラブなのかしら?」
「子供が生まれてから、なんだか、子供が可愛いらしくて、旦那さんがかまってくれないって」
「そんなもの?」
「最近、お姉ちゃんの方から色っぽい下着で迫っているんだって。キャー」
「えー、早紀ちゃん、それ本当?作ってない?」
「でも、その方が男の人が喜ぶみたいよ」
「真利子ちゃんもいい加減な事を言わないで」
智さんもそんな下着の方が良いかしら。
「彩ちゃんにはまだ早いわよ」
「そうよね、彩ちゃん、初心だもんね」
「そんな事ないわよ」
だって、主婦だもの。
二人はまだ、男性と付き合った事ないって、私は知ってるんだから。
「あーあ、私にも早く、王子さまが現れないかな」
早紀ちゃんの言葉に真利子ちゃんも同意する。
「そうねえ、どこに行けば王子さまはいるのかなあ」
まさか、満員の中央線に行けば居るなんて言えない。
それも「おうじさま」じゃなく、「おじさま」だけど。
やっぱり「う」が有るのと、無いのは大きな違いかな?
「ねえ、彩はどうなの?彼氏居たんだっけ?」
「え、ええ、ま、まあ」
そんな返事をしたら、二人とも私が別れたと思ったようで、その話はそれからしてこなかった。
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