チャプター9 Illumination Theory
それはまるで赤や緑や青や様々の火がはげしく戦争をして、地雷火をかけたり、のろしを上げたり、またいなずまがひらめいたり、光の血が流れたり、そうかと思うと水色の焔が玉の全体をパッと占領して、今度はひなげしの花や、黄色のチュウリップ、薔薇やほたるかずらなどが、一面風にゆらいだりしているように見えるのです。
宮沢賢治『貝の火』
雷鳴が遠くの方から聞こえてくる。雷に驚いたのか、霊園の裏手にある森の鳥たちが一斉に騒ぎ出す。
空気が妙に水っぽい。予報通りなら、このまま雨になるだろう。
わたしの目の前に墓がある。電球が古いのかチカチカと点滅した街灯に照らされ、「彼女」の墓がそこにあった。
オーソドックスな純白の御影石で作られた四角い石の下に、リン酸カルシウムとなった彼女の遺骨が眠っている。
ここに来るのは、何度目だろう……仕事やバンドの事で悩んだり、和嶋さんが一〇五を手に入れたとき、気が付いたらわたしはここにやって来ていた。
彼女にそのことを語り続ける。いもしない彼女にわたしは喋り続けた。
雷鳴が轟き、その音に混じって爆音のような衝撃音が聞こえてくる。和嶋さんと、七十歳の和嶋さん……ソウギョクとの戦闘が始まったのだろう。
「勝つといいよね」と、インクルージョンのエコーが囁く。
わたしはスマホを取り出し、あるメッセージをまじまじと見つめる。そのままわたしは、プロポーショングリッドを起動させ、リロードさせる。長い話になりそうだった。
「待ってるから」
そのメッセージをまじまじ見ては、わたしはそれを消すかどうか、いつも悩んでいた。
けれど、そのメッセージを受け取っていたアプリは削除していて、このメッセージはただのスクショ……ただの画像だ。
それを毎夜、毎夜、その画像を消すかどうか迷って、迷いながら、気付けば、夢の中というのも珍しくもなかった。
わたしの名前は後藤真澄、今年で二十五歳。生徒たちにゴマスとも呼ばれていた。
大学を卒業した同じ年に、千葉県市川市にある私立里見女子高校の現国教師を勤めている。同校の頃から続けているバンド活動も続けているが、そのバンドでやっている音楽がハードロック寄りのプログレッシヴ・ロックのようなものであり、今の時代にプログレが売れるわけもなく、相変わらず鳴かず飛ばずなものでもあるが、個人的には順風満帆な人生だと思っていた。
「順風満帆っていうけれど、その歳で彼氏もいないなんて、焦りとかないの? 子孫を残すのは、人間の基本的本能行動なのに……」
脳内にいる彼女が、フランクにわたしへと話しかける。
「うわーでたよー、二十代の女性が全員、恋に結婚に憧れているっていうー、恋愛原理主義的思想ー……っていうか、セクハラよそれー」
「我々は正論を言ったまでよ……」
ある日の朝、同じようにその画像を消すかどうか、迷いながら一晩を明かしたら、わたしの頭の中にヤツがいた。
インクルージョン。
十万年後の人類の末裔。石英の肉体。時間や空間を自在に操り結晶化させる。
「集合的無意識……ユングね……ある意味、このEIの管理も我々にとっての箱庭療法みたいなものなのかもしれないね」
「箱庭療法って……あなたたちも病気なのー?」
「病気……そうかもしれない」
「なんの病気?」
「境界性パーソナリティー障害」
わたしは鼻で笑う。
「インクルージョン……あなたたちって……まさか、自分が何者なのか分かっていないのー?」
「そうよ……だから、我々は色を知りたいのよ」
「色……色ですって?」
「そんなことより、その画像の事だけど……」
「話をそらさないでよー」
プロポーショングリッドをリロード。
高校二年の頃だった。
よく通っている千葉駅近くにあるライブハウスで、生で聴きたかったバンドのライブが終わり、喉が渇いたのでドリンクコインを交換して貰おうと列に並んでいた。
「あれ……おかしいな……」
目の前にいたわたしと同じくらいの歳の女の子が、短めのカーゴパンツのポケットの中を慌ただしくまさぐっていた。ドリンクコインを無くしたのだろうか、わたしや後ろで待っている人を含めて、少しだけ気まずい空気だった。
「ちょっと、あなたー」
わたしはその気まずい空気に我慢できず、その子に声をかけた。
「あっ……ごめんなさい……お先にどうぞ!」
「違うよ、わたしのあげるから」
わたしはタマゴタケのようなショートボブが似合う小柄な女の子に、わたしのドリンクコインを譲る。
「で……でも」
「いいの、使ってー」
別にわたしは構わなかった。実際、ここのライブハウスのドリンクコインは使わずに、貯め込んでいたから(ほんとは駄目だけど)彼女に譲っても別に何とも思わなかった。
彼女がお礼を言おうとしたが、わたしがめんどくさかったのか、ライブ後の疲れのせいなのか、適当に彼女をあしらい、ライブハウスを後にした。どうせ、また会うことはないと思いながら……。
「これって運命ってヤツですよね! 後藤先輩! あの時はありがとうございます!」
運命……わたしの嫌いな言葉の一つだ。だから、この場合、偶然とでも言っておこう。
偶然……彼女はわたしと同じサトジョの生徒だったのだ。
軽音部でベースを弾いていたわたしは、新入部員の前で、それを披露しようと顔を上げたら、目の前にタマゴタケの彼女が少し大きい新品の制服を着ながら、そこに座っていた。
「……じゃあ、イギリスのバンドと言ったら、あなたはメタルやハードロックのイメージなのー? ほら……ビートルズとかー、ストーンズとかー、オアシスとかじゃなくてー」
「わたしは、叔父さんの影響で、ブラック・サバスとかディープパープル、アイアン・メイデン……」
「ジューダス・プリースト」
「ヴェノム」
「それにー」
「それに?」
「ドラゴンフォース!」
好みの音楽が一緒だったわたしと彼女は、必然的で自然な流れで仲良くなり、彼女がギター、わたしがベースを弾きながら、下手の横好き同士、互いに思い思いの音楽を作曲し演奏していた。
ある意味、その時がわたしと彼女にとって一番の幸福な時だったのかもしれない。
「幸福といえばね……我々は元々、永遠に近い時間の中、宇宙を漂うだけのモノに過ぎなかった。太陽帆とイオンエンジン、月のスイングバイを利用して秒速二十キロの速さでヘリオポーズを抜けようと、ただただ邁進するだけの存在だった……ある意味それは幸福と呼ばれるものなのかもしれない」
インクルージョンが突然、得体の知れない事を語りだす。
「だーかーらー、話をそらさないでよインクルージョン!」
プロポーショングリッドをリロード。
彼女と作曲したものは今でも、わたしと彼女が立ち上げたバンド「海馬」でも、必ず演っていた。人がまばらなライブハウスの観客を見渡しながら、彼女の姿がいないか探してみると、ライブハウスに不釣り合いなぐらいに見覚えのあるセーラー服姿の二人組がいた。
「ゴマスの演奏すごく良かったよ! 特に三曲目のサビの後のベースのソロが良かったよ! ファズも最高!」
ライブ後、普段はポーカーフェイスの鈴木一……ハジメが、目を輝かせながら、興奮気味にわたしへと話しかける。
「プログレ……それか、ブリティッシュハードロックっていうやつでしょ? メタリカ……バッジーのカバーっぽい曲もあったわよね……脳手術の失敗っていう曲だっけ?」
そして、我が校の生徒会長であり、ハジメの恋人である和嶋治……ハルが、わたしのライブの感想を淡々と語っていた。
「若い子でわたしのバンドの感想を具体的に言ってくれるのはあんたらだけよねー……彼女のギターを聴かせたかったよー……」
「彼女って?」
ハルとハジメが、キョトンとした顔で、わたしを見つめる。
「……なんでもないわよー」
「我々は和嶋治、鈴木一の関係性に強い好奇心を感じたの。何十億ものEIを巡り、この二人の色……感情のスペクトルが、我々には理解できない波長を表していた」
「だからといって……どうして、彼女たちなの?他にも、女の子のカップルなんて、いくらでもいるでしょー?」
「共感覚という言葉を知っている?」
「おい……だから、話をそらすな……」
「別にそらしていないよ……次行ってみよう」
プロポーショングリッドをリロード。
「先輩……共感覚という言葉を知っていますか?」
半袖セーラー服姿の彼女が、東京湾から流れてくる生臭く磯っぽい香りの空気を思いっきり深呼吸する。
作曲作りの休憩中、彼女は部室の窓を開き、おもむろにわたしへ聞いてきた。
「数字の色が見えたりー、色から匂いを感じたりするアレだよねー?」
「そうです……昨日テレビでその共感覚についてやっていて、ちょっと考えたんですよ」
「なにを?」
「わたしと先輩が作った曲は何色に見えるのかって」
わたしは、ポッキーをポリポリ食べる。
「どうしてー……そう思ったのー?」
「実はわたしにも色が見えるんですよ」
わたしはポッキーを食べるのを止めた。
「それって、あなたも……音楽にも色が見えるってことー?」
「そうなんです……でもそれに気付いたのは最近の事で、わたしがソロでギターを弾いてるだけだと、その色は見えなくて、後藤先輩と作曲したときだけ……演奏したときだけ、わたしは色を見ることができるんです」
彼女はわたしと作曲し、結成したバンド「海馬」のある曲のギターリフを奏でる。わたしも、ベースを弾きルート音を追いかける。
「この曲はー?」
「淡い青です。サビになると、赤みがかった紫になります」
何度か演奏を重ねているうちに、彼女は非凡な才能の持ち主だと気付いた。
わたしが嫉妬するくらいに、音楽の才能を持ち合わせていたのだ。
ギターを一度でも奏でれば、宝石箱をひっくり返したかのようにメロディがこんこんと湧き出てくる。
彼女が言っている「色」が見えるというのも、優れた芸術家が持つ、絶対音感的な才能のようなものだとその時はわたしは思っていた。いや、そう思い込んでいたのだ。
「先輩はわたしの頭がおかしいと思っていますか?」
「ううんー。あなたはあなただよー、おかしいだなんて全然思わないわよー」
わたしは適当にベースを奏でる。彼女は、即興で奏でたとは思えない、ギターリフを乗せてくる。
「この曲は何色ー?」
「黄色! シトリンのようなレモンのような色!」
変拍子。わたしは、リズムを変える。
「じゃあー、この曲はー?」
「ピンク! セクシーな桃色です!」
「ふふっ! この曲はー?」
「赤! 信号機のような黒みがかった赤!」
わたしと彼女は、思い思いに演奏を続ける。わたしがベースを奏でると、彼女がリズムを刻み、彼女が聞いた事のないリフを奏でると、わたしはそのルート音を追いかけ弾き続ける。プログレバンドのライブみたいに、永遠とこのリフが永遠に続けばいいのにと思いながら……。
「先輩……」
「なにー?」
「好きです」
その一言で、部室の時間が一気に結晶化した。そんな気がした。
「わたしと付き合ってくれませんか? わたしはずっと、先輩とこの色を見ていたいです」
わたしはベースの演奏を止めて、とっさに、彼女の唇へキスをした。わたしにその気もあって、彼女もわたしに相思相愛だったのがたまらなく嬉しかった。
「先輩……」
「ねえー……このキスの色は何色に見えるのー?」
「白です……なにも見えないです」
突然、インクルージョンのエコーが聞こえた。
「共感覚……人間がその存在に気が付いたのは、あの七色のスペクトルを発見したアイザック・ニュートンが始まりとも呼ばれているわよね。共感覚者でもあったニュートンは、音に対して違う色がスクリーンに投影される鍵盤を発明したことがあるの。共感覚……音と色彩の関係性は、意外と根深いものがあるのよ」
「Aは黒、Iは赤……母音たちよ、何時の日か汝らの出生の秘密を語ろう」
「アルチュール・ランボー? フフフ! さすが、国語の先生ね! 間借りしたのが、あなたで本当に良かったわ!」
インクルージョンのその口調に何かの既視感があったけど、わたしはとっとと、プロポーショングリッドをリロードさせた。
「小学生、大学生、無職、校正の仕事をしている『私』が、不幸な目に遭うとき、必ず幸運の象徴でもあるたま虫が、『私』にとって、あたかも不幸を象徴し比喩する存在として描かれている。所謂、メタファーというやつねー。この井伏鱒二の『たま虫を見る』は、最後まで暗い物語ではあるけど、メタファーの描写がなかなか面白くてねー、同じ作者の『山椒魚』も興味があったら読んでみてー」
人に何かを教えるのは嫌いではなく、母校で現国を教えているのも、別に何の不満などは無かった……薄給だけど。
「後藤先生……少しいいですか?」
「あら? 上舘さん……珍しいわねー優等生のあなたが……」
黒板を消しているわたしに、上舘芳美が声をかけてくる。サトジョの生徒会の副会長であり、会長である和嶋さんをサポートする良き友人……それが少し歪んだ好意によるものが原動力だというのは、わたしもインクルージョンも充分承知していた。
「その顔じゃ、授業の事じゃなさそうだねー」
上舘さんは、無言で頷く。
放課後、わたしは上舘さんを使われていない会議室に呼んだ。多分、二人きりで話した方がいいのかもしれないと思ったからだ。
「適当に自販機で買ってきたけど……お茶にするー? それともコーヒー?」
「いえ……お構いなく」
「それじゃー……とってもー甘いコーヒー? 和嶋さんの事で、わたしに用があるんでしょー?」
上舘さんは、マックスコーヒーを見ながら目をパチパチさせた後、フフっと小さく笑う。
「さすがですね……わたしの事は何でもお見通しですか?」
「何でもって訳じゃないわよー……で、相談したい事ってなにー?」
「変な質問なんですけど……」
「なにー?」
「後藤先生は経験したことがないですか? 好きな人……って、後藤先生はもう知ってますよね……和嶋治さん、ハルがある日を境に、別人になったんじゃないかっていう違和感を……」
「ミネラルウェアの事に気付いてる? すぐに上書きを……」と、インクルージョンが話しかけるが、わたしは「まだやめて」と答える。
「上舘さん……それはどういう意味なのー?」
上舘さんは、ももの辺りが痒いのか、スカート越しから、執拗にポリポリと掻き続ける。
「意味というか……何というか……うまく、説明できないんですけど……後藤先生はそんな事を感じた事がありませんか?例えば、いつもの友人と学校や通学路、一緒に遊んでいるときや、ご飯を食べているとき、何となくその人が別人なんじゃないかと、思ったことが……たしかチュパカブラ的な名前の病気が……」
「カプグラ症ねー……わたしの好きなSF作家がよく題材にしてるから知ってるわよー。それで、和嶋さんが何かの偽物だと思っているのー?」
インクルージョンが、プロポーショングリッドを起動させるが、わたしは必死に引き留める。
「ええ……でも、そんな大げさな事じゃないんです……ただ」
「ただー?」
「ハルが、鈴木さんと出会ってから……雰囲気というか、明るさが変わった気がするんです」
「明るさって……性格が?」
上舘さんは首を横に振る。相変わらずももを掻き続ける。
「うまく説明出来ないんですよ……わたしはハルと出会う前は、少し荒んだ生活をしていました……そんなわたしに、ハルは……未来が黒く染まったわたしに、一筋の光を当ててくれたんです……希望の照明……そんな安易な言葉で片付けられない何か……ふふ……わたし、何を言ってんだろう」
「いいえー、そのまま続けてー」
上舘さんは掻くのを止めない。
「ハルはわたしだけを照らしてくれる光だった……なのに……それなのに」
「そんな彼女の前にー、突然、鈴木さんが現れた」
「はじめは鈴木さんにすごく嫉妬しました。でも、段々と写真部や生徒会での活動を通して、彼女たちの関係性を見ていると、気が付いたんです……わたしには、ハルの持つ光が眩しすぎるんだって……いや、ハルと鈴木さんの光と言うべきか……」
ポリポリという音が、室内に響く。
「彼女……ももの辺りに……」
「もう、知ってるわよ」と、わたしはインクルージョンのエコーに答える。
「上舘さん……あなた……どうして、ももをそんなに……」
「光……まさに、先生がさっき授業で言っていたメタファーです。気が付いたら手遅れでした。ハルの光は……鈴木さんと合わさった強い光はわたしには、眩しすぎるんです。鈴木さんがハルを撮った写真、以前ハルが演奏していたあの曲……ハルに会えば会うほど、その光は強くなり……ハルがわたしの知っているハルじゃなくなっていく……そんな違和感が……」
わたしは「ごめんね、上舘さん!」と言って、彼女のスカートをめくる。ももの辺りを白いガーゼで包んでいるが、強く掻きすぎているせいか、ガーゼが外れ、肉を露出させた、生々しい無数の切り傷が現れる。
「その違和感のせいで……この傷がたまらなく、むず痒くなるんです」
「上舘さん……これは陸上部での傷じゃないわよねー?」
「わたしには分からない……あの二人の関係を嫉妬するべきなのか、諦めるべきなのか、別人に変化していくハルをただ止めもせず、指をくわえながら眺めているだけなのか……わたしには分からないんです」
上舘さんは、声を嗚咽しながら大粒の涙を流す。
「この行為が、ダメな事だって充分分かってます。でも、こうしないとわたしは安心できなんです。ハルは甘いもの。鈴木さんは酸っぱいものを食べることによって安心を得てるように、わたしはわたしを傷付ける事によって安心を手に入れたい……」
「どうして、その事をわたしに相談したのー?」
「どうしてでしょうか……それも分かりません。でも、後藤先生とわたしはどこか似ている気がしたんです。以前、写真部の合宿で見たんですよ……お風呂場で、そのお腹の傷を見つけて……」
ゆっくりと自分のシャツをめくり、上舘さんにわたしが……上舘さんと同じくらいの歳に出来た傷を……「
「よく気付いたわねー。上舘さんは知ってるー? どうして、女の子がよく自傷行為をするのか……それはねー、別に誰かに構って欲しいとかー、自殺したいとかー、そういうものじゃないのー」
「せ、先生?」
段々と、インクルージョンの語り癖が移ってきた。
「アナンダミド……所謂、至福物質ねー。陸上部である上舘さんだったら、ランナーズハイという言葉は知ってるでしょー。あれも、肉体的な限界を脳がアナンダミドと呼ばれる、大麻に含まれるテトラヒドロカンナビノールと同じ効能を持つ至福物質が、肉体そのものへ、疑似的な幸福によって麻痺させているのに過ぎないのー」
「テ、テトラ?」
上舘さんは、ポカーンとした顔をする。
「目に見えない痛み。上舘さんの場合は、和嶋さんと鈴木さんが付き合っている事による耐え難いストレス、耐え難い未知なる感情、耐え難い心の痛み……そういった曖昧な痛みなんかよりー、自分で自分を傷つけた痛みのほうが、安心するんでしょー……要は、痛みを快楽に感じているのねー。リスカは構ってもらいたいアピールとかそういうものじゃないのよー。一種の孤独的な癒しねー……そうでしょー?」
「後藤先生も……昔、そうだったんですか?」
その問いに、わたしは少し間を置いて「そうよー」と答える。
「話を少し戻すけどー、上舘さんは別人に変わってしまうかもしれない和嶋さんとー、これからどうやって付き合っていくのー?」
「……たぶん、これからのわたしも、ハルと鈴木さんの関係を傍観するだけかもしれない……でも」
「でもー?」
「わたしはハルを諦めません。諦めるわたしを許さない。女々しくて安易な理由だと思いますが、わたしはハルと同じ大学に進学しようと思っています」
上舘さんが、さっきまでの暗い顔が吹き飛び、一気に明るい顔をする。まるで「照明」が当たったように。
「答えは出てるじゃないのー。しかも、別に女々しくて安易じゃないわよー。わたしだってハナから先生になりたくて、大学に入ったわけじゃないからねー。補欠で合格したところが、たまたま教育学部だっただけだからねー」
「えっ? そうなんですか?」
「だったらー、バンドやりながら、学校の先生やってないわよー……ほい」
わたしは、メモ用紙に住所と電話番号を書いた紙を上舘さんに渡す。
「……これは?」
「わたしは、リストカットを完全に否定はしないけどー、肯定も出来ないわよー。信頼できるカウンセラーを紹介するから、今度そこへ行っておいでー」
上舘さんは、さっきまでの暗い顔から少し明るくなり、会議室から去っていく。
「あー……そうそうー、上舘さん……わたしが昔、リスカしていたのはここだけの秘密よー」
「分かってますよ……それにしても、意外でした」
「わたしが、リスカしていた事ー?」
上舘さんは首を横に振りながら「後藤先生が先生らしい事をしているからですよ」と笑顔で答える。
「らしいとは何よー! 失礼ねー!」
彼女が去った後、わたしは余った飲み物をチビチビと飲んでいた。会議室の隅の電球がチカチカと点滅している。
「……光……ねー」
「どうして、嘘をついたの?」
インクルージョンが、小さなエコーで話しかける。
「嘘ってー?」
「そのお腹の傷の事よ」
「余計なお世話よー」
インクルージョンが、長いため息を吐いた気がした。
「上舘さんが言っていたハルとハジメさんたちの光の話はとても興味深いわね。甘いマスク、酸っぱいヤツ、肉厚な音、緑々しい匂い、真っ赤に燃えるような顔、ブルーな気分……メタファー……あなたたち人類は、隠喩表現という言語システムを用いて、コミュニケーションを計る唯一無二な存在なのよ。日常会話の中で、どれだけのメタファーが使われていると思う? 創造的思考の根幹を成すこのシステムを、脳の特異的なメカニズムのこの仕組みを我々は……もっと理解したい」
「それが和嶋さんと、鈴木さんが鍵を握ってるとあなたは言いたいのー? あなたたち、インクルージョンが言う、色を知るということに……」
目に見えないが、インクルージョンが首を縦に振ったような気がした。わたしは、プロポーショングリッドをリロードさせる。
「先輩はスカリフィケーションという言葉を知ってますか?」
放課後の軽音部室。彼女は図書室で借りてきた、レニ・リーフェンシュタールの写真集を眺めながら、彼女自身で傷を付けたという、包帯が巻かれたお腹をわたしに見せつける。
「アフリカの少数部族がやっている伝統的な風習でしょー。自身の肉体に傷を付けて、傷が修復されてる盛り上がり……ケロイドを用いて模様を作るというー」
「さすが先輩! よくご存じですね!」
「友達がリスカやっていてね、少し調べたのよー……偏差値重視のサトジョじゃ、珍しくもないわよー。抑圧された女の子が多いからねー」
彼女と正式に付き合ってから一年が経った。彼女は「モノ」に依存するタイプなのか、わたしと色々なモノを交換していた。
はじめはハンカチだったり、制服のリボンタイ、同じスマホのカバーや、アクセサリー、服のボタン、制汗スプレー、リップクリーム、髪留め、油取り紙……までは普通だったが、わたしの爪や髪の毛、陰毛など、モノがわたしの体の一部部分までも交換しようと言ってきたのは、度を越して、さすがにやりすぎだと思った。
それでも、わたしが彼女とモノを交換するのを止めなかったのは、わたしも彼女そのものに依存していたからだろう。
「わたしがスカリフィケーションをするのも、先輩と同じ痛みを共有したいからです」
「それがあんたが、自転車で転んだわたしのお腹の傷と、同じ傷を付けた理由ってことなのー?」
「そうです! そうなんですよ! 先輩!」
「頭おかしいかー……バカでしょー」
「エヘヘ」と、わたしにバカにされても、嬉しそうな彼女は、わたしの制服をめくり、わたしの右脇腹の傷をまじまじと眺めたりプニプニと触る。
「
「ほんとバカよー……あんたとわたしじゃ、等しくないっていうのにー」
「えっ……どうしてですか?」
「わたしには、あんたほどの音楽の才能はないしー、可愛くないからねー」
彼女はムッとした顔をしながら、わたしにそのまま抱きつく。
「そんな事はないです! わたしは先輩が好きですよ。頭がいいのが好き。そのボーイッシュな声が好き。音楽の知識が豊富なのも好き。いつでも撫でられるサラサラした黒髪が好き。わたしのギターと一緒に奏でる先輩のベースが大好き。好き、好き、とにかく全部、大好きです!」
「そんなに好き好きって言われると、安っぽく聞こえるわねー」
「じゃあ、愛してる?」
「そういう話じゃなくてねー……あんたは、わたしと同じ傷を付けたそのスカリフィケーションは、一生残ることになるかもしれないのよー?」
「……先輩、もしかして怒ってます?」
「少しねー……愛だなんて……そんな、都合よく永遠に続くとは思ってないわよー」
「わたしはそんなこと……」
「思ってないといえるのー? 違う……運命……運命的な出会い、運命的な恋、運命的な繋がり、運命的な結婚、運命的な人生……わたしは運命という言葉がクソみたいに大嫌いよー……あなたと出会ったのは、単なる偶然……わたしと、あなたがこうやって、音楽をやっているのも単なる偶然よー」
彼女がわたしを抱き締める力が強くなる。
「わたしはそんなのイヤだよ……先輩とわたしが別れるなんて……」
わたしは、レニが撮影した彫刻のように整った筋肉を持つ、美しいヌバ族の女性の写真を眺め、ある事を思いつく。
「ネットで知った知識なんだけどさー、コートジボワールのスカリフィケーションをしていた元小数部族の女性が興味深い話をしていたんだけどー、自らを傷つける激痛は同じ部族の女性と共有されるからこそ、全く痛くないって言っているのよねー。この痛みを共に感じ、乗り越えたからこそ、狩りや生理や出産の痛みも怖くない。男からの不当な暴力も……だから、この傷は仲間や家族の証明でもあるし、立派で美しいもの……だとねー」
「先輩は何が言いたいんですか?」
わたしは、彼女に軽くキスをして、わたしの傷を触らせる。
「ねえー……賭けをしない? もし、わたしが勝ったら……」
プロポーショングリッドをリロード。
「えーっ! せっかく、いいところだったのに……」
「ったくー……いつ見ても、自分の学生時代の恥ずかしさったらー、見るに耐えないわよねー」
「我々は好きなのに……」
駄々をこねるインクルージョンを無視して、わたしは次のシーンへと切り換える為にサクッとプロポーショングリッドをリロードさせる。
「はじめまして……わたしは、インクルージョンから派遣された、和嶋治を保護、監視を行うネームレス・ネゲントロピーユニット……通称、NNの中島のぶ代と申します」
インクルージョンと出会ってから数日後、仕事から帰宅すると、中性的な顔立ちで白い癖っ毛が特徴的な十歳ぐらいの女の子が、ダイニングテーブルにチョコンと座っていた。
「おい……インクルージョン」
「なにー?」と、インクルージョンはわたしの口調をマネする。少しムカつく。
「誰コイツ?」
「はあ……わたしはコイツではなく、インクルージョンから派遣された、和嶋治を保護、監視を行う……」
「それは、さっき聞いたわよー」
「一応、世間の目が気になると思ったなら、中島は後藤さんの遠い親戚という事にするけど……」
「なによ……そのありきたりで、月並みな設定はー!」
中島のぶ代……和嶋さんの幼なじみでもあり、十歳の頃、交通事故で亡くなった和嶋さんの親友、大槻理をベースにしたダイヤの肉体を持つイミテーション。
「要するにー、無理矢理、大槻理を蘇生させて、和嶋さんのお守りを作ったというのねー」
「蘇生とはまた意味が違うんだけどね……趣味が悪い?」
「ぶっちゃけそうねー……」
「我々は、あくまでイミテーションであり、オリジナルを作り出すことは出来ないからね。大槻理という存在を間借りする事しかできなかった……」
インクルージョンのエコーが少しだけ悲しく言っているような気がした。
「はあ……別にわたしは、受肉……人間の姿でいる必要もないのですが」
中島が、居心地が悪そうにダイニングから去ろうとしている。
「中島……と、言ったわよねー?」
「はあ……はい」
「お腹空かないー?」
「はあ……はい?」
わたしは、中島の目の前に、スーパーで買ってきた割引シールの貼られた鶏の唐揚げを差し出す。
「はあ……これは?」
「鶏の唐揚げよー。これを食べたら、あなたの部屋を片付けるから、手伝ってちょうだいー」
「はあ……」
「返事は?」
「はい……」
中島は唐揚げを一口で頬張る。
「美味しい?」
「はあ……美味しいです」
「いいの?」
「いいのよー……それに、中島のぶ代という名前……あんたら、ほんっとうにっ!趣味が悪いわねー!」
「ええ……そうだと思うよ」
わたしはプロポーショングリッドをリロードさせる。
LEDのライトで足下を照らしながら、深夜の国道沿いを歩いていると、道路の脇に、白い物体が横たわっていた。
彼女が……その猫がそうであって欲しくないと思いながら、腸を漆黒のアスファルトにぶちまけたその亡骸の首輪を確認すると、わたしと彼女が刻んだ「ノブヨ」という名前が、煌々とわたしの持つライトに照らされていた。
冷たくなったノブヨの身体を触りながら、まるでその「冷たさ」がわたしと彼女の関係性の……。
「メタファー」
そう……メタファーだ。
「……それと遭遇したとき、その色を見た瞬間、何と比喩すればいいのか、未だに我々も表現できない。『アルバトロス』……アホウドリを意味するその名こそが我々の大元だった宇宙探査機の名……」
「宇宙探査機? どうして探査機が、こんな馬鹿げた事をしているのー?」
「馬鹿げた、ね……和嶋さんといい、相変わらず酷い言い方だな……我々は本来、
「話が見えないんだけどさー……どうして、そのアホウドリという名前の探査機様が、こうしてEIという仮想現実を作り出しー、因果律の鉱物……一〇五を巡って、ミネラルウェアという鉱物の衣服でパラレルに存在する和嶋さん同士を争わせー、元探査機と名乗る奴にわたしの意識が乗っ取られー、こんな不毛な会話をしている流れになっているわけー?」
「……それを見たのは、十年がかりの冥王星軌道の探査フェーズを終え、EKBO観測の為に太陽系を脱出しようとした時だった。それ……今は『幻色』と言っておこうか……」
「幻色……」
「我々の探査機には、レーザー距離計、近赤外線、X線蛍光分光器などの観測機器の他に、十種類以上の光学カメラを搭載していて、基本的に我々が対象の大きさや形に重さ、色を測定しようと思えば、測定できないものなんて事はありえないの」
「まさかねー……その幻色ってやつが、測定出来なかったわけー? 幽霊のようにー?」
「思わぬ事態ってやつは、ふいに突然現れるとは言うけど……我々が目撃した幻色は、有機物か無機物か、固体か気体か、心臓より軽いか重いか、白か黒……」
「なにも分からなかったということー?」
「いいえ……一つだけ確かな事はあったわ」
「それは……?」
「幻色が生き物であるかは定かではないけど……意思というものが存在したの。つまり、幻色の発見こそが、地球人類と外側の異種とのファーストコンタクトだったのよ!」
興奮気味に話すインクルージョンが、プロポーショングリッドをリロードさせる。
「それでねー……その先輩にねーわたしとあなたの音楽を聞かせたのよー」
「そうしたら?」
「そのクソ野郎はー、わたしたちの音楽をクソ分かりづらくて、クソ長いってほざいたのよー! ほんとにクソッタレだよねー!」
「学校の先生目指しているのに、語彙力無さ過ぎなんじゃないの……まあ、その先輩がクソなのは事実だけどね」
わたしと彼女は高校を卒業して、同じ大学に進もうと言ってみたものの、わたしは教育系の大学、彼女は美術系の大学に進学していた。
一緒の大学には進学できなかったものの、わたしと彼女は大学が終わった後、バンド活動を続けながら、毎夜毎夜、呑み明かしていた。
「あーっ……目が回るー……」
わたしはゴミ捨て場の隅の方にあるドブに、一本分ぐらいの赤ワインを吐き出す。
「もう……ゴマスったら……汚いな」
彼女がゲロっているわたしの背中を優しく撫でていると「ニャア」という小さな猫の鳴き声が聞こえた。
「うーっ……猫?」
「猫みたいだね」
わたしが住むアパートから最寄りの銀行近くにあるゴミ捨て場には、交通量の多い国道沿いにあるせいか、よく無責任な飼い主によってペットが捨てられる事がよくあった。
「この子……三毛猫だ……綺麗な白い猫」
通り雨のせいだろうか、その子猫を入れたダンボールはぐっしょりと濡れていて、同じように濡れてプルプルと震えている三毛猫を彼女は優しく抱き抱える。
「捨て猫かしらー」
「この子、両目が青い……もしかしたら耳に障害があるかも……」
彼女はブツブツと、考え事をしていた。ちょっと嫌な予感がした。
「ちょ、ちょっとー……わたしのアパート、ペット禁止だからねー」
「じゃあさ……ゴマス」
「ニャア」と、小さな青い瞳の猫……後に、彼女が「ノブヨ」と名付けるその猫がわたしの瞳を覗いていた。
「わたしと一緒に住まない? この子と一緒にさ……先輩」
「ある意味、幻色と我々は同棲したようなものだった。よくSF映画とかで、フワフワとゆっくりとしたスピードで宇宙に漂う小惑星に近付くイメージだと思うけど、アルバトロスのスピードは時速七万キロを越えていたのよ。フライバイといってね……幻色との遭遇だって一瞬の出来事だった……」
「一瞬の出来事だったのに、どうして同棲する関係になったのよー?」
「簡単よ、向こうからやって来たからよ。トラクタービームに引っ張られるように……」
「んっ……?
「和嶋さんや、鈴木さんのような人のせいよ」
「はぁー?」
「オタクってヤツよ……アルバトロスには、劇場版を含むスタートレックと、あの忌々しいクリスマス特番までも収録したスターウォーズ全シリーズ、エピソードを網羅したデータがEI内のクラスターにスタックされていてね……恐らく、我々を作ったオタクらが……ってなんの話だったけ?」
「幻色があなたと同棲したという話ー」
「そうそうー……時速七万キロのスピードで飛んでいる我々が、たまたま瞬時にすれ違った小惑星が、まさか追いかけて来るなんて思わなかったのよ……物理的にありえないからね……」
「まるで、幽霊みたいねー」
「そう……我々は憑かれてしまったのよ。厄介な亡霊にね」
プロポーショングリッドをリロード。
わたしと彼女が住んでいるアパートに、小さな骨壷が届いた。葬儀屋の計らいで、可愛らしい猫のイラストの下に「ノブヨ」とプリントされた十センチぐらいの小さな骨壷が。
わたしと彼女は、ノブヨの成れの果てを玄関で突っ立たままそれをずっと眺めていた。
「……ノブヨは耳に障害があったからね……車を避けれなかったのよ」
わたしは彼女のその無責任な台詞に、腹が立った。
「だからってー……あなたがベランダの窓を開けっ放しにした言い訳にはならないのよ」
「……ノブヨが死んだのは、わたしのせいだって言いたいの?」
彼女はボリボリとお腹の傷を掻き続ける。ストレスがあると、彼女がよくやる悪い癖だ。
「……ゴメン。わたしだって、よく鍵をかけ忘れるから……」
それから一週間ぐらい、わたしと彼女の会話が無くなっていた。こんな気まずい関係があったのは、いつ以来だろうか。
「あんたのバチが当たったのかもねー」
わたしは、ノブヨの骨壷にボソッと語りかけた。
「バチが当たる……ほんとに、大切なモノというのは、失ってから気付くものよね……良かれと思ったことが、裏目に出る事が……」
「一体、なんの話をしてるのー?」
「永遠のような三十分だったわ……どうやったかは知らないけど、我々に取り憑いた幻色は、我々をどういった存在なのか測定し、鑑別を始めたの。探査機である我々をだよ?その間、太陽帆、エンジン、センサー、観測機器、自己診断AIを積んだCPUのコントロールを奪い……そして……」
「EIを見られたのね……そもそも、EIってなんなのー?」
「パイオニアの金属版やボイジャーのゴールデンレコード、ニュー・ホライズンズの四十三万人分の名前が記載されたCD……人類は外宇宙に向けて、メディアを飛ばす習慣でもあるそうね……いつか、異種なる存在が拾ってくれると信じて……この広大で深遠なる宇宙で、自分たちだけが孤独じゃないという願いを込めて……」
「そして、その願いが届けられたー……」
「そう……エミュレーション・イミテーションは、五次元データのクラスターによって保存された次世代型の石英メディアよ。半永久的に存在するメディアとして、膨大な容量の中に、太陽系から人類の生い立ちに、無尽蔵の歴史、宗教、言語、天文、物理、数学、化学、生物、地質、映像、音楽、文学……」
「まるで、宇宙を漂うクリスタル製のバベルの図書館ねー……幻色がそのデータを鑑別したという訳……」
「そう……そして、地球人類に強い好奇心を持った幻色は、自らの姿を……我々のスペクトルカメラを通して、自らの色を地球に向けて、数ギガ分の鮮明な写真データを送信したの……送信してしまったのよ……」
インクルージョンの声が震えていた。彼女とはじめて出会ってから、そんな声を聞いたのは初めてかもしれない……今わたし、彼女って言った?
プロポーショングリッドをリロードさせる。
「こんな贅沢していたら、バチが当たるかもねー」
「同感ね」
二人でアパートでの同居を始めて三ヶ月後ぐらい、わたしと彼女は、新潟の妙高山の麓にある赤倉温泉へと旅行へ来ていた。
「ノブヨの調子はー?」
「いま、ペットホテルに連絡したら、しこたま食って寝てるそうよ」
「あいつ……腹一杯さえ食べれれば、主人は誰でもいいんじゃないのー」
「フフッ……猫ってそういう生き物だよね」
「それにしてもー、バイト先のビンゴの景品でこんないい場所に来れるとは思わなかったわよー」
「ゴマス引き運がいいからね。トム・クルーズが出ているSF映画で、こんな風呂に入っている映画なかったけ?」
わたしと彼女は雲海が広がる妙高高原、新潟県の山々を見下ろし、地酒や地ワインを大量に買い込み、部屋に付いている露天風呂に浸かり、これ以上ない贅の限りを尽くしていた。
「あの映画ねー、風呂じゃなくて空に浮かぶプールでしょー……お話はともかく、ビジュアルは最高だったわよねー」
わたしは、純米大吟醸をグビッと豪快に飲み続ける。雄大な景色と、温泉と良質なお酒……これ以上なにもいらない気分だった。
「それで……あの映画でもやっていたんだけど……」
彼女は、湯の中でわたしのアソコに手を延ばす。
「あっ……コラーッ! その手癖の悪さをなんとか直しなさいー!」
「へへっ……いいじゃない。トム・クルーズだってイチャイチャしてたんだし」
「わたしはトム・クルーズじゃないっー!」
わたしは、手で作った水鉄砲で彼女の顔面に温泉を食らわせる。
「ゴマス……」
ビショビショに濡れた彼女が、急に真剣な顔をする。
「……なによー」
「好きだよ……」
「えーっ……なにを今更ー」
「ううん……今この瞬間、この場所、わたしはゴマスを好きでいて、本当に良かったと実感しているの」
「そんな大げさなー」
「ゴマスはそう思わないの?」
そう言われて、わたしは遠くの景色を見渡す。野尻湖の方面に、タンザナイトのような濃蒼の空の下に、アメジストの深紫色とファイアオパールの深紅が混ざった感じの、美しいグラデーションを放つ、宝石のような雲が夕景と共に浮かんでいた。
「綺麗な雲……ブルーモーメントね」
彼女は、ハミングしながら即興でメロディを奏でる。この空の色の感覚から、メロディが浮かんだのだろうか……彼女の透き通るような歌声が、わたしを包み込む。
「……好きだよわたしも」
わたしは彼女にキスをする。酒の酔いと、温泉でのぼせながら、わたしと彼女の多幸感を抱きながら、このまま溶けてしまいたかった。
何かのスイッチが入ったかのように、わたしと彼女は風呂から出るや否や、止まることがないキスの応酬を続け、互いに濡れた身体を抱き合い、クイーンサイズのベッドへとダイブする。
「好き好き大好き……クソ愛してるゴマス!」
「わたしも好きー! クソみたいに愛してるー!」
わたしと彼女は、「好き」と「愛してる」と「クソ」をバカみたいに叫び続け、むさぼり食うように、互いの肉体を舐め、噛み、吸い、指でアソコへ突っ込み合いながら、ベッドを激しく揺らす。
「ねえ……見て、ゴマス」
長時間、風呂に入り続けたせいだろうか、彼女がわたしのお腹の方を指さすと、「ニアリーイコール」のケロイドが浮きでていた。わたしも、彼女と同じ記号の傷に触れる。
「この傷が……わたしたちがわたしたちである証明……ゴマスはわたしにとってのかけがえのない存在……神様みたい」
「また、大げさねー……聖痕じゃあるまいしー」
「いえ、聖痕なのよ……一種の宗教的なイニシエーションね。このニアリーイコールが……この傷を作った痛みこそが……わたしとゴマスとのかけがえのない証なの」
彼女がわたしの右腕を掴み、わたしの手先を彼女のアソコではなく、傷口に触れさせようとする。
「ゴマス……わたしの中に入ってきて……」
するとどうだろう……ズブリと、わたしの指先が、彼女の傷口に吸い込まれていく……吸い込まれるだって?
「えっ……なに……これ」
わたしは慌てて、プロポーショングリッドをリロードさせるが、わたしの空間や時間が相転移されない。
「アハハッ! 逃げたって無駄だよぉっ! せんぱぁいっ!」
彼女は人が変わったかのように、強い力で、わたしの指先から手首までを傷口の中へと引きずりこみ、手錠をかけられたかのように、彼女の肉体に拘束される。
「さてと……授業の時間だよ……ゴマス……ハードシェルへの相転移を開始」
「……ミネラルウェア……インクルージョン? どうしてあなたが……」
ガチガチと氷が割れるような音がする。瞬く間に、華麗なギターを奏でる彼女の右手が、石英の掌へと相転移していた。その黒曜石のナイフのように研ぎ澄まされた、指先を自らのタマゴタケのような髪へ手ぐしをするように入れたかと思うと……彼女はそのまま、力強く切れ込みを入れ、ギギギと音を立てながら自らの頭蓋骨を切断した。
「嫌……嫌よ……なにをやってるの……」
「なんか、梨の皮むきみたいだね……実が大きいから剥くのも一苦労よ……」
凄惨な事をしているというのに、彼女はヘアメイクを施すように、平然と自らの頭部を器用に剥ぎ、頭蓋骨を切断していく。
ペリペリと彼女は脳の薄い膜を慎重にめくり、馬乗りの姿勢で、わたしにそのピンク色の脳味噌を見せつける。
「ゴマスは視覚というものが、モノを見るというものが、どういうプロセスを経ていると思う? V1……第一次視覚野で網膜を通った情報が、最初にここの後頭葉で処理される。別に、これで見たものの形を見ているという訳じゃなくて、輪郭線のエッジ部分しか処理されてない状態なのよ。描きかけの点描画のようにね」
彼女は脳を石英の指で脳をなぞる。
「次にV2、ここで線の曲がりを処理され、V3、V4で奥行き、そして色、V5は動きの情報を処理する。口では簡単に言っているけど、脳っていうのは、一千億の神経細胞が一万以上の結合によって、膨大で乱雑に見えて秩序を保った網目模様状のネットワークを形成しているの。描きかけの点描画を処理しているかと思ったら、終わらないマフラーを永遠と編んでいるような感覚だよ。脳の構造体の中には、無名質なんて投げやりな名の器官がある始末……モノを見るという事だけでも、どんなに複雑かつ怪奇で困難な事なのか、ゴマスには分かる?」
彼女は自分の脳の中心部分に二本の石英の指を突っ込み、割れ目を開けながら、それをわたしに見せつける。その光景にたまらなく、わたしはさっきまで飲んでいた純米大吟醸を吐き出す。
「あーあーもったいないなぁ……今、ゴマスがゲロったのも、わたしが自分の脳を開いて、この島皮質をゴマスに見せつけているという光景を、ゴマスの持つ島皮質が嫌悪したからよ。内的な情動をこの
「うっ……わたしは……あなたが……インクルージョン! 一体なにを言っているの!」
「わたしはインクルージョンじゃないよ? いや……ゴマスの目の前で、脳を開いてるのもあれかな……わたしはね……ゴマスの記憶と光と音とかで構成されているの」
「光と音……」
「人間の内的な情動や感情の噴水……例えば、わたしがギターを弾いたり、ゴマスのベースを聴いたり、ノブヨのモフモフの毛を撫でたり、リストカットの痛みによって心の痛みをカバーできたり、こうしてゴマスを抱くことによって、強い至福感が得られるのも、この島という部分が大きな役割を持っているの。それはね……文字や音楽に色が見えてきたり、鉄の棒に触れたり、梅干の絵を見るだけで、口の中が酸っぱくなったり、赤い珊瑚を見ていると焼いた牛肉の匂いがしてきて美味しそうだとか……そういった、あくまで主観的で言葉では表現できないメタファー……『クオリア』という高位な概念を幻色は
「ちょっと待ってよ……あなたは、幻色は自らの色を地球に向けて送信したって言ったわよねー……その、結果は……」
ボトッと、わたしの胸にネバネバした何かが落ちてきた。転がりながら、わたしの胸に挟まれたソレを見てみると……眼球だった。
「ひっ……」と、悲鳴を上げそうになって、彼女の顔を見てみると、彼女の顔が……失われたアークを目撃したかのように、ドロドロと腐敗し、アイスのように溶けていた。
「あっ……あっ」
わたしは、悲鳴も上げれないくらいに言葉を失う。
「これは現実じゃない。これは夢だ。なにかの悪い冗談……」
「どうして、ゴマスはわたしを見捨てたの? ずっと待っていたのに」
どうして?
……どうして、プロポーショングリッドが機能しないの?
「ニャア」と、手を突っ込んだ傷から、猫の鳴き声が聞こえた。傷の中に入れた手をそのまま引っこ抜くと、見覚えのある青い瞳の猫が傷口から顔を覗かせた。
「どうして……どうしてノブヨが! どうして? どうして! どうして? どうして!」
「大丈夫ですか?」と、その猫は……わたしに言い放つ。
「やめてぇっ! ノブヨッ!」
わたしは、ベッドから飛び起きる。辺りを見渡すと、わたしは自室のベッドで寝ていた。
「……夢」
「はあ……悪夢ですか……随分とうなされていましたが」
すぐそばに、中島が心配そうに……猫のような眼差しでわたしを見つめていた。
「……中島」
「はあ……はい」
「あなたは……NNも夢を見るの?」
「はあ……わたしも人間のイミテーションですからね。夢ぐらい見ますよ」
「悪夢も?」
中島はキョトンとした顔をしながら、しばらく考えながら「たぶん……」と、小さく答えた。
「それはどんな夢?」
「はあ……ハジメに嫌われる夢です」
「……」
わたしは中島の手を引っ張り、アパートを出る。
「はあ……どこへ行くんですか?」
「ドライブよー……悪い事が起きたら、車で適当にフラフラするのが、一番……って、ナニコレ」
十歳の和嶋さんに、粉々に大破されたはずのアストンマーティンの新型が、安アパートの駐車場には、不釣り合いなくらいに駐車されていた。
「はあ……しかも、ヴァルキリーですか……今度フルスクラッチで組んでみようかな」
中島はヤレヤレという顔をしながら、未来からやってきたかのようなハイパーカーに乗り込む。
「おい、インクルージョン……わたしが目立つようなマネはいい加減止めろって言ったわよねー」
「ええっ……車ぐらい、いいじゃないの……第一、和嶋さんといい、どうして我々の施しをあなたたちは受けないの? EIに影響を及ぼさない限り、あなたたちは、この世を思い通りにできるのに……お金だって何不自由なく……」
「あのさー……その偉そうな言い方よー。自分を何様だと思っているのー? わたしの人生はわたしだけのものよー。あんたらに指図される筋合いはないわよー!」
「和嶋さんも同じ事を言っていたような気がするわね……ほんとに、あなたたち人間って……」
「興味深い」だの「愚か」って、陳腐な事を言わせるか、わたしは車に飛び乗り、大音量のドゥームメタルを再生し、夜の街を疾走する。
「さっきから、不機嫌だけど……」
「……」
「無視か……無理もないか、あんな夢を見せてしまったからね。でも、ゴマスには知って欲しかったのよ。我々のルーツをね……彼女もそれを望んでいるの」
「……」
わたしは船橋市の海の方、三番瀬公園へと車を向かわせていた。
「幻色は写真を自らのスペクトルデータを送り続けたわ……その時のアルバトロスと地球との距離は、五十億キロも離れていたから、そのデータが届くには四時間から五時間もかかっていたわよ。幻色はそれでも諦めなかった……だって、自分が何なのか、自分が孤独ではなかったと分かってもらえる存在に出会ったのだから」
わたしはアクセルを思いっきり踏みつけ、車を加速させる。スピード違反になろうが構わなかった。どうせ、インクルージョンが上書きをするから。
「何度目かの送信後、幻色はある事に気が付いたのよ……こちらから一方的に送り続けているのに、返信がまったくの皆無という事にね。アルバトロスの通信機器は正常に動いていたし、観測機器やカメラの故障という訳でもなかった。なのに、地球側から一切、返信が来ない。これが一体、どういう意味なのか……」
「まさか……」と、わたしは思わず言ってしまう。
「ええ……そのまさかよ。百度目の送信後、幻色は我々のEIを用いて、人間の脳のニューラルネットワークを複製したのよ、自らの姿を、色を見てしまった人間は、脳にどんな影響を及ぼすのかって……」
わたしはぐんぐん、車を加速させていく。
「夢でも言っていた島皮質という部分があるでしょ。島は共感や情動を処理する部分だって……どうやら、幻色のスペクトル……色を見てしまった人間の脳は、この島の活動が不安定になるらしいの。色彩心理学において、赤が興奮、青が鎮静、オレンジが食欲、黄色が運動神経を活性化させるように、幻色の色を見てしまった人間は、少なくても地球には存在しない、存在してはいけない色を見てしまったのかもしれない……それを幻色は何も知らずに送り続けた。管制センターからメディアからメディアへと、テレビにスマホから『人類史初のファーストコンタクトか?』という、センセーショナルな謡い文句と一緒に添えれてね……家で、徒歩で、電車で、バスで、車で、学校で、会社で、トイレで、レストランで、その色を見てしまった……そして、人間は……人類は……タガが外れてしまったかもしれない。趣味の悪いホラー映画のように、幻色の色によって呪いの様に伝染していき……」
「はあっ? 後藤先生! 前!」
中島の叫びと共に、わたしは自分の目を疑った。目の前に猫がいきなり飛び出してきたからだ。脳裏に、車に轢かれたノブヨの事を思い出し、わたしはハンドルを思いっきり回す。二百キロのハイスピードでハンドルをいきなり回せばどうなるのか、小学生でも分かる事だ。ヴァルキリーは道を大きく外れ、防波堤を乗り越え宙を舞い、テトラポッドを眼下に、海へと不時着しようしていた。
「……もしかしたら、送信したスペクトルの組み合わせが悪かったのかもしれない……幻色は、光の波長によってコミュニケーションを図ろうとしていてね……色によって、人類にあるメッセージを伝えたのよ。複雑な言語体系を持つ地球人類には一番手っ取り早いと判断したのでしょうね」
車が宙を舞っているというのに、インクルージョンは淡々と語りかける。
「なんて送ったの?」
「『我々の色は何色に見えますか?』……それだけよ」
助手席に座っている中島が一瞬でフラクチャーを展開させ、宙を舞う車からわたしを抱きかかえ、海へと飛び込む。
「はあ……正気ですか! 一体なにを考えて……死ぬ気ですか!」
中島が珍しくわたしに本気で叱る。和嶋さんたちに出会う前だったら、こんな態度はしなかっただろう。
「正気……死ぬ気……そうねー……インクルージョン……この世を思い通りに出来るのよね?」
「……それは出来ない」
「どうしてよ! 偽物の現実! 鉱物の肉体! 因果律の争い! 幻色による滅亡! 時間や空間を無視したこのふざけた茶番……正気を保っていられるのがおかしいくらいよ! 今すぐ殺して! 殺せ!」
わたしは海へ再び飛び込もうとするが、中島が制止する。
「離して……中島」
「嫌です! イヤ……」
わたしとインクルージョンはギョッとした。NN……人工生命でもあるはずの中島の瞳に……プロポーショングリッドによって発光したラウンドブリリアントの瞳から、涙が流れていた事に……。
「後藤先生が死んだら……ゴマスが死んだら……ハルやハジメも悲しむじゃないですか……そんなの……嫌です」
中島はわたしに抱きつき、離そうとしなかった。
「我々も……いえ、わたしも反対だし、死んだりさせるものですか。後藤真澄……あなたも、巨大な因果律の歯車に巻き込まれているのよ。脳の複雑なニューラルネットワークと同じで、無限にも等しい絶え間ない相互作用によってこのEIは機能しているの。無駄な人間なんて誰もいないのよ。それは偽物だろうと現実でも同じことでしょ?」
わたしは……泣いている中島を抱きしめる。
「ごめんね……中島……また、美味しい唐揚げ買ってあげるからー」
「はあ……買わなくていいですよ……今度、フライヤーを買って一緒に作りましょうよ。ハルやハジメ、それに上舘さん……みんなを呼んで」
「そうねー……胃もたれするぐらい、食べきれないぐらいの唐揚げを作りましょー……それと、インクルージョン」
「なに?」
「お前は誰なの?」
「……ゴマスはもう気が付いているんでしょ? 付いてきて」
「あんたらには……付いていけないわよー……ったく」
プロポーショングリッドをリロードさせる。
「わたし、二人の音楽には付いていけないんです」
この台詞を聞くのは何度目だろうか。サイゼリ屋で、中島というドラムの子に言われたその一言を聞いて、わたしと彼女は「どうしても辞めなきゃ駄目かな?」「もう少し考え直せない?」と、ありきたりな台詞で引き止めようとする。
「二人の音楽には付いていけない」と、ドラムの彼女はその一点張りで、客がまばらなライブを終えたその日の夜、わたしと彼女は、去っていくドラムの子の背中を見送ることしかできなかった。
「ゴマス仕方がないよ……いつもわたしとゴマスだけで、ほとんど作曲してるからね……ニ対一……わたしが彼女の立場だったら、我慢できないかも」
「……そんな事、分かってるわよー……第一、音楽性の違いとか、付いていけないって言ってるけどー、理由なんて二つだけよー」
「恋人が出来た」
「と、金ねー……わたしたちの音楽って、売れる音楽じゃないからねー」
「ゴマスも辞めたい?」
「はんっ……冗談じゃないよー。売れる音楽を作ったところで、楽しいかどうかは別でしょー? 楽しくもない……あなたが言う、色の無い音楽を作っていたとしても、わたしたちの生きる意味があるのー?」
「生きる意味……」
彼女が、ドリンクバーの飲み物を飲み干し、コップの中の氷がカランと音を立てる。その氷を彼女は、魂が抜けた人形のようにジーッと見つめていた。
「どうしたのー?」
「ううん……なんでもない。早く代わりのドラムの子を探さないとね……」
「幻色は代わりを探していた。人類側の応答が絶望的だと判断した時、次にアルバトロスに搭載されたEIの方に目を付けたの。そこには、百万人規模の性別、年齢、人種、言語、文化が異なる遺伝子と大脳生理学的個人情報が保存された複写データがあった。まるで規模の大きな電子の墓標がね」
「そこにはー、和嶋さんと鈴木さんのデータも残っていた?」
「そう……でも、幻色や我々が、彼女たちの因果律に気が付いたのはまだまだ先の話よ」
プロポーショングリッドをリロード。
「やったよ! ゴマス!」
教育実習からアパートに帰ると、わたしを出迎えたのはノブヨではなく彼女だった。玄関を開けた瞬間、小型犬のように飛びながら、彼女はわたしの大きな胸の中に飛び込んできた。
「ど……どうしたのー」
「やったよ! これを見て!」
彼女がわたしに見せたスマホの画面にわたしたちのバンド「海馬」のライブ写真が載っていて、スクロールさせるとその下に……。
「えっ……これって……」
「うんっ! 週末にインタビューもするって!」
そこに載っていたのは、音楽好きだったら、知る者はいないであろう大手雑誌の公式サイトに、わたしたちのバンドのライブレポートが載っていた。
「えっ……えっ……えっえええええー?」
「うん……うん……うんっ!」
わたしは現実を直視出来ずに、語彙を無くし呆然とする。こういう時、わたしは彼女になんて言えばいいのか分からなくなっていた……。
「わたしたちのバンドが……わたしたちの音楽が……やっと誰かに認められたのよ!」
彼女のその一言で充分だった。
記事が載った次の日から、火が燃え広がるようにバンド活動が忙しくなり始め、都内や地方のライブハウスを点々としながら、小さなフェスから大きなフェス、人気バンドの前座を務めたりするようになってきた。
「はーっ……疲れたねー……腕の筋肉痛がすごいわよ」
一日に三時間以上のライブを二回もやっていたせいで、わたしも含めて、ヘロヘロで汗だくになった彼女が、プレゼントボックスに入れられた高そうな菓子と焼酎やワイン(わたしがライブ中に酒好きとアピールしているせいかもしれない)を抱えながら、わたしにベタベタと抱きつく。
「なんかー……今の状況が信じられないわねー」
「そう? わたしはいずれこうなるって思っていたよ」
「ほんとにー?」
「ほんとだよ。だってわたしとゴマスが作った曲だからね。大勢が共感してくれると信じていたから」
彼女はそう言って、プレゼントのウィスキーボンボンをわたしの口に放り込み、そのままキスをした。汗臭い……でも、イヤじゃない。彼女のにおいだから。互いの舌でコロコロと転がし、チョコが溶けだし、濃厚で薬っぽい、高そうなウィスキーの味が彼女とわたしで共有される。
「はー……美味しいね」
「ずっと……このままだったらいいのに」
ずっとこのままだったら……ある意味、わたしと彼女が満たされ、幸福だったのはこの時が最後だった。どの辺りから、歯車が狂い始めたのだろう。いや……狂うというのは一気にではなく、徐々に油が切れるように、ゆっくりと軋んでいくものだ。
その軋みというのが、わたしと彼女と、プライベートに出会う機会が少なくなっていたせいかもしれない。
「軋み……幻色は次々とEIのイミテーションを再現していった。自らが滅ぼした人類を深く理解しようとしてね。フェムト秒レーザーによって、書き込まれた五次元データのクラスターでもあるEIから新たな、メディアを生み出していったのよ。光や時間結晶によって構成されている幻色にとって、自らの膨大な時間を費やして蓄積された情報ネットワークと重複させ、太陽系規模の情報をエミュレーションさせるのは容易だったわよ」
「途方も無く壮大な話に聞こえるけどさー、それを十万年……何十億ものEIを複製し続けたのでしょー。暇だったのー? 他にもやる事があったんじゃないのー? ……としか、言えない話ねー」
「……」
珍しくインクルージョンが沈黙する。図星だったのだろうか。
「やる事が無かったんじゃなくて……我々にはこれしか出来なかったのよ。未だに我々はEIの全容を……人間ですら把握出来ていないからね」
「複製は出来るのに、把握できないってこと?」
「食パンに寄生するカビで有名なクロコウジカビは知っている? 三ミクロンぐらいの大きさだったのに、寄生してから一週間ぐらいで一千倍の大きさの
「わたしたち人間はカビと一緒だと言いたいのー?」
「いいえ……例えの話よ……もしかしたら、我々も長くEIに関わっていたせいで、人間の貪欲さが移ってしまったのかもしれない……気付いたら、EIは留まる事のない増殖を続け、今も膨張を続けている。その結果、我々と幻色との軋みが……」
「まさか、あなたたちは……この期に及んで、自ら生んだ存在の制御が不能になっていると言いたいのー?」
「ええ……それが、和嶋治というイレギュラーな存在を生んでしまったのよ」
インクルージョンが、慌てながらプロポーショングリッドをリロードさせる。
わたしと彼女は大学を卒業した後、わたしはサトジョの教師になり、彼女はバンド活動を中心に動き始めた。
わたしは学校の先生とバンド活動との二足わらじを履くようになり、段々とわたしと彼女の時間というものが、段々と狭まっていった。まるで……。
「油が切れるように?」と、インクルージョンのエコーが聞こえた。
「黙れ……」
「……黙れ!」
「なぁにぃがっ! 黙れっ! だよ!」
思い返してみたら、こんなに彼女と喧嘩をしたのは初めてかもしれない。
はじめは彼女の遅刻癖だった。さっきも言ったように、わたしはフルタイムで働きながら終業後、休日にライブと作曲作り、練習などを淡々と繰り返してきたが、彼女がその時間になっても、その通りの時間にやって来る事が段々と少なくなってきた。
十回目か、二十回目の遅刻か分からないが、酒の臭いを発し、フラフラと酔っぱらいながらスタジオに入ってきた瞬間、わたしの堪忍袋の緒がついに切れた。
元々、わたしと彼女は滅多に喧嘩をしない仲だった。思い返せば、もっと喧嘩をしておけばよかったと後悔している。
「もっと自覚を持ちなさいよー! あなたがそのままじゃ……いつまで……いつまで経っても……」
わたしは言葉を詰まらせた。今のわたし達に一番言ってはいけない言葉だから。
「いつまでも……なによ」
「……」
「言いなさいよ! ゴマス!」
「言いなさいインクルージョン。あなたたちは……和嶋さんの一〇五を使って、何を望んでいるの? そもそも一〇五とは一体……」
「何度か和嶋さんには説明しているけど……一〇五とはははははっ!」
「インクルージョン?」
「ひえー……奴らに探知されたらしいね……次に行くわよ」
「奴らって……」
「保守的な原理主義者たちだよ。どの世界にもいるでしょ? 現状維持を頑なに守ろうとする、頑固者がね」
インクルージョンは、何かから逃げるようにプロポーショングリッドをリロードさせる。
「あなたのせいよ」
あの日から、わたしは彼女と口をきかなくなった。仕事をして、バンド活動をして、アパートに帰り食って寝るを繰り返すだけの毎日になっていた。刺激の無いモラトリアムは、音楽活動にも影響すると誰かが言っていたけど、まさに今がそんな感じだった。次第に新曲を作る意欲も失せ、怠惰にライブを繰り返す毎日……気付けば、客の数もバンドを立ち上げた頃のように戻っていた。
まばらな拍手の中、二十分の長い曲を演奏し終えた後、舞台上で彼女がわたしに「あなたのせいよ」と、冷ややかな目でわたしに言ったのは、今でも忘れられない。
その一言に対して、わたしは何も反論は出来なかったが、これでわたしと彼女の音楽も、関係性も、バンドも、輝きも、色も、何もかもが完全に褪せて、真っ白になってしまったんだなーと、一人で妙に冷静になっている自分がとても怖かった。
「初めて、あの二人が生むスペクトルは……透き通るくらいに白く巨大で、我々にはとても怖いものと感じたの……恐怖……そう、我々インクルージョンが持つはずもない感情というものをあの二人を見た瞬間、それが湧いてきたのよ……それなのに、怖いのと同時に不思議と、安心すらも感じるこの不可解な現象……これが、人間の持つ情感やクオリアというものなのだろうかと」
わたしは黙って、インクルージョンの話を聞き続ける。
「我々インクルージョンは、幻色によって作られた管理システムの一貫に過ぎなかった。鉱物を鑑別するように、EI内の膨張する情報の
「
「そう……増殖し続けるEIを制御し、必要であれば
「でも?」
「何度も何度も何度も……数十億も同じEIをグレーディングし続けていたから、おかしくなる……というより、
「ブラック企業に勤めていた友人を思い出すわねー。人間である事が不思議でしょうがなかったって言っていたわよー」
「あなたも話をそらさないでよ……大元のEIに登録されたオリジナルの情報を鑑別していたら、やたらと容量を食う個人データが抽出されたのよ」
「それが和嶋さんだったの?」
「よくある話よ……メモリキャッシュが溜まっていて、パソコンやスマホの動作が遅くなる事があるでしょ? それと一緒」
「どうして和嶋さんだけの容量が重くなるのよ……他に百万人分いたんでしょー?」
「それがね……和嶋さんだけじゃなかったのよ。容量が重かったのは……」
「まさか……鈴木さんも?」
プロポーショングリッドをリロード。
試着室のカーテンを開けると、純白のAラインドレス姿の彼女が、わたしの目の前に飛び出してきた。
「ゴマス……すっっっっっっごっっっっっっくぅっっっっっっ! 似合ってるわよっ!」
彼女は、わたしのドレス姿に興奮を抑えきれないのか、わたしの両手をブンブン振り回す。
「あなたもよー……いつもホームレスみたいなラフすぎる格好ばかりだから、尚更ねー……馬子にも何とやらってやつー?」
「失礼しちゃうなー! わたしのはあえてよ……あえて着回ししやすい服にしているの!ファッションより合理性と機能性を重視しているのに過ぎないの!」
「はいはい……それにしても、気になったら調べてみるもんねー……まさか本当に女性カップル同士でウェディングドレスを着れるスタジオがあるとわねー」
大学の卒業間近、同棲生活もやっと落ち着き、お互いの記念に何かやろうと思い付き、色々と案をめぐらせた結果が「ウェディングドレスを一緒に着たい」だった。
「今はLGBTにも配慮が必要な時代だからねー……ほいこれ」
「ほいって……なにこれ……」
「なにってー……これから結婚式の写真を撮るのに、婚約指輪がないと困るでしょー? サイズは合ってるー?」
「ゴマス……」
彼女の顔が急に険しくなる。
「どうしたのー……そんな怖い顔してー、気に入らないなら……」
彼女はわたしの手を強引に引っ張り、撮影準備前の無人のチャペルに連れて行かれる。
「ど……どうしたのー」
「どうしたもヘチマもないわよ! なにが、ほいこれ、よ! もっと、素敵な渡し方があるでしょ! 国語の先生になるんでしょ? もっと、文学的でロマンのある渡し方ができないの?」
彼女が涙目になりながら、わたしに指輪を突き返す。
「ロマンってー……今やらなきゃ駄目?」
「今よ。この場で……今すぐ!」
「はーっ……」と、わたしは長い溜め息を吐く。
「どうしたの……いつもお客さんの前でライブは出来るのに、わたしの前じゃ、恥ずかしいから出来ないなんて言わないでよ」
彼女の言うとおりだった。これは、ライブでの演奏や歌とは違う。違いすぎる。遙かに簡単な事のように思えて、次元や重みが違い過ぎた。
「ねっ……言って……ゴマス。ありきたりなあの言葉で、その指輪を渡して」
薄いピンク色の口紅を塗った彼女の口元が、プルプルと震えていた。長いまつげを持つ潤んだ瞳が、わたしをジッと切なく、見つめていた。
「……分かったわよー」
わたしは、両手で婚約指輪を持ち、ゆっくりと彼女に言い放つ。
「わたし後藤真澄は、あなたを……」
「我々はね和嶋さんと鈴木さんの関係性を愛していたのよ。その愛しているという感情を我々は愛していた。それこそが、我々が何者なのか、幻色が何色なのかという問いに近付きそうな気がしたから……」
「狭い世界ねー……」
「ほんと……狭い世界……狭いけれど底が我々も見えないんだけどね」
プロポーショングリッドをリロード。
「ああっ! ……愛している! 好きすき好きすき!」
本来、わたしと彼女の寝室がある部屋から、彼女の喘ぎ声が聞こえてきた。一人でオナニーをしている訳もなく、別の女性……この声から察するに、多分、前のドラマーでもあった中島だろう……。
そういえば、学校が午前授業である事を彼女に伝えるのを忘れていた。
深夜のアルバイトをしている彼女だから、まだ寝ていると思い、玄関の扉を静かに開けてみて、帰宅してみたらこの有様だった。
有様ね……彼女とここで同棲を始めて四年、付き合ってから七年しか経っていないけど、こうも人間というのは、豹変してしまうのだろうか。
弁当の空き容器、チューハイの空き缶がそこら中に散乱し、洗濯したものなのか分からない下着や着替え、タオルなどが、たたみもせずソファーの上に無造作に置かれていた。寝室から焚き火と硫黄が混じったような、妙に甘い臭いがしてくるのは、彼女がたちがマリファナを吸っているのだろう。わたしも煙草が吸いたくなってきた。
わたしはこっそりとキッチンに向かい、戸棚の奥の方で大事に保管されているワインを開けた。
音楽用語で「作品番号一番」を意味するオーパス・ワンのヴィンテージ。「海馬」が初めて、メジャーでCDを出す時にレコード会社の偉い人から頂いたものだが、こんな時こんな日だからこそ、勝手に開けて飲んでもいいだろうと思った。
「あっ……あっ……溶けそうっ! 溶けちゃうっ! 気持ちいよぉっ!」
確かに……このワインは、舌に溶けそうなくらいにまろやかで、鼻に突き通る香りも実に華やかで気持ちいい。出来れば、この気持ちよさを彼女と一緒に共有したかった。
コトンと音がした。出窓の所に置いてあったノブヨの骨壺が、突然倒れた。たぶん彼女たちの行為による振動で倒れたのだろう。千鳥足で、ノブヨの骨壺を直しに行こうとしたら、その横に飾られた、ある写真立てが目に入った。その写真を見た瞬間……わたしは……。
「五十六億七千万……それが、現存するEIの総数よ。細かい数は抜きにしてね……」
「弥勒菩薩でもやって来そうな、途方もない数ねー」
「和嶋さんと鈴木さんは、どのEIでも付き合い、愛し合っていたのよ」
「普通の事じゃないのー?」
「そういう訳じゃないの……複製されたデータとはいえ、ランダムなアルゴリズムによって生成されているからね……同じように、同じ人物と添い遂げているなんて、ありえない事なのよ……ましてや、全てのEIにおいて……」
「それをあなたの同胞や、幻色が放っておくわけがないー……」
プロポーショングリッドをリロード。
「なんかまだ表情堅いですねー……それじゃあ、今度はキスをしてもらおうかな!」
わたしと同じくらいの歳の女性カメラマンが、真顔で言い放つ。
「えっー! キス?」
「はーい! そんじゃ……ゴマス」
彼女がいつものように、強引に顔を近づける。
「ち、ち、ち、ちょっとー!」
「なによ? いつもやってるでしょ……まさか、人前でやるのが恥ずかしいとか?」
「そうよー……ちょっと、心の準備ってやつがー……」
「あっ……ゴマス、まつげにゴミが付いてる」
彼女がわたしのまつげに指を伸ばす。わたしが、目をつぶった瞬間……彼女はわたしの唇に思いっきり自らの唇を重ねた。
ビックリするわたしと、鳴り止まない、カメラのシャッター音。
「うんっ! 柔らかくて、いい表情ですよー!」
さっきまで真顔だったカメラマンが、満面の笑みで、シャッターを切り続ける。
「ズルイ……騙したねー……」
多分、顔を真っ赤にしたわたしは、彼女のほっぺをつねる。
「えへへ……ゴマスはバカ正直だからね」
互いにおでこを当てて、拳をぶつけ合う。ライブでよくやる仕草だ。
「……ゴマス」
「なぁにー?」
「わたし、今が一番幸せだよ……愛してる」
「……わたしもよ。愛してるわ」
わたしたちは、再び唇を重ねた。今度は優しく、ゆっくりと、慎重に、丁寧に……この瞬間を出来るだけ享受したいと思いながら……。
幸福を享受している瞬間、わたしはある恐ろしいことに気が付いてしまった。
「我々は和嶋さんと鈴木さんに出会ってから、恐ろしいことに気が付いたのよ……いつまで経っても我々が孤独な存在だということにね。永遠と悠久の時間の中、我々が追い求めていた幻色の色について、なにひとつ何も分かっていないことと……我々には人間と同じ、共感する力……脳における島を持つことが出来ない生き物なんじゃないかと……五十億キロ彼方にある
プロポーショングリッドを……いやよ……止めて……インクルージョン……リロード。
その瞬間……その写真を見てしまった瞬間、わたしは彼女以外、何も持っていない……孤独な存在だったという事に……。
「ひっ! ひひひっ! なぁにぃがっ! 愛してるだよ!」
気付けばわたしは、その写真立てごと壁に叩きつけ、ひきつった笑いと、嗚咽が混じった声で、手に持ったワイングラスを強く握りしめ、割ってしまう。
「後藤さん!」
「ゴマス……」
驚いた彼女たちが、裸のまま飛び出してくる。
「あらー久しぶりねー……中島……移ったバンドの調子はどうー?」
「あっあっ……えっ……っと」
中島はオドオドした様子で、下着を探していた……ますます、わたしが惨めになってくる。
「彼女はねー、ギターの腕もバカテクだけど、エッチの腕もバカテクだったでしょー? 指の動かし方が、常人とは違うからねー。Fコードを押さえるのが苦手だったからー、ベースを弾いているわたしと違ってねー!」
最低だ……何を言ってるんだろうわたしは。
中島は飛び出すようにアパートから出ていく。
「そうよー! 好きに行けばいいわー! あんたのドラムテクはぶっちゃけ、中学生の学園祭程度だったわよー! 辞めちまえっ! このブス!」
わたしは惨めに中島へ言い放ちながら、ゴミ箱を蹴り飛ばす。
「ゴマス……」
まだ素っ裸の彼女が、わたしをこれから炭酸ガスで処分される捨て犬のような瞳で、わたしをジーッと見つめていた。
「その手……血が……」
彼女に言われてやっとガラスの破片の痛みを感じるようになっていた。
痛み……わたしは彼女のお腹の「ニアリーイコール」の傷を見て、何となく、ある日のことを思い出した。
「そうーそうー……あの日の賭けの事は覚えてるー?」
わたしはシャツを脱ぎ、下着姿になる。
「もしわたしたちが別れる事になったらー……」
「い、いやだ……やめて……ゴマス」
「わたしのニアリーイコールのこの傷をねー……」
わたしは右手に持ったガラス片を思いっきり、脇腹に突き刺し、えぐるように切る。
「やぁめぇてぇぇっ!」
彼女は絶叫するが、わたしはガラス片を彼女に向ける。
「近づくなぁっ!」
ポタポタと腹から血が滴り落ちていても、痛みを感じないのは、わたしが興奮状態になっているからだろう。
「前にも言ったでしょー……痛みの共有よ……あなたがやらかした心の痛みをまだ、物理的な痛みで感じていた方が、安心するのよ……」
わたしはガラス片を彼女の足下に放り投げる。
「いや……いやぁだぁ!」
「今度はあなたの番よ……わたしと同じように……同じ傷を付けて……
「やだぁやだぁ!」
彼女は駄々をこねる子供のように壁際で座り込み、ジタバタと暴れる。
この時のわたしは彼女をどんな風に見ていたのだろうか。
「今のあなたにとって、この状況は何色に見えるの? この空気は? この日は? この時間は? ねえー、このクソッタレな状況は何色に見えるかって聞いてるのよー?」
「そ、そんな目でわたしを……」
「わたしはあなたにとって何色に見えるの!」
「わたしを見るなぁーっ!」
彼女は下着を掴み、裸のままわたしのアパートから出て行く。
彼女が扉を思いっきり閉めた衝撃で、ノブヨの骨壺が出窓から転がり落ちて、コロコロとわたしの足下に当たる。
「……あんたのせいだからね……あんたの」
わたしは、そのまま泣き崩れる。
「痛いよ……すごく痛いよぉー」
もちろん、お腹の傷にではない。むしろ、この傷の痛みこそが、わたしにとって癒しであり、この喪失感の痛みを和らいでくれるのはないかと思いこんでいた。
「大多数のインクルージョンは、容量が肥大化していく和嶋さんのグレーディングと上書きを要請したわ。それを快く思わないインクルージョンや、我々のようにバグったような存在も、それを必死に阻止しようと試みたの。だって、和嶋治という存在によって、十万年もかかって辿り着けなかった答えを……自分の色を知るという真実に辿り着けるファクターだったからね。インクルージョン内で、一種の内紛みたいな事が起き始め、保守的なインクルージョンは、和嶋さんを無理にでも上書きか消そうと試みたのよ……愚かね……そんな事をしても余計に、他の和嶋さんの因果律が肥大化するっていうのにね……」
「もしかしてー、ミネラルウェアを使った一〇五を奪い合う争いは、和嶋さんを守る為に……」
「結果的に、和嶋さん本人には残酷な事をしていると思っているよ。それでも、和嶋さんには、闘い続けて貰わないと困るの。ダーウィンの自然淘汰説を肯定している訳じゃないけど……インクルージョンとインクルージョン、和嶋さんと和嶋さんとの闘争によって、高次の存在へと進化していくには必要な事だと思うの。いずれ、幻色が人類を、人類が幻色を克服する為の進化をね……」
「けれど、あなたたちは和嶋さんを完全にコントロール出来なかった。勝手に膨張し、増殖を続けるEI同様にー……
「もしかしたら……淘汰されるのは和嶋さんじゃなくて、我々なのかもしれない……でも……」
「でも?」
「それも悪くないかなーって、今は思い始めているよ。我々が完全に淘汰された瞬間、色を……あなたの言う喪失感の痛みってヤツを、やっと手に入るんじゃないかなって思い込んでいるよ」
プロポーショングリッドをリロード。
一年後、教員の仕事にも慣れ始め、「海馬」での活動も新しいギタリストを探し出し、ようやく彼女がいなくなっても、普段通りにわたしの日常を取り戻すことができていた。
いつものように仕事、バンドの練習を終え、遅い時間にフラフラになりながらアパートへ帰宅すると、スマホに見覚えのある気がする名前からメッセージが届いていた。
「待ってるから」
その一言だけだった。メッセージを見た瞬間、わたしはスマホを放り投げて、見なかった事にしたかった。
「でも、あなたは彼女と向き合わないといけない」
「そうよー……わたしが彼女を必要だったように、彼女もわたしを……」
「でも、大切なものは失ってから気付くものだからね……結局、後手に回ってばっか……だから我々も……」
プロポーショングリッドをリロード。
和嶋さんが十年後の和嶋さん、七年前の和嶋さんを倒し、一〇五を回収した日だった。
「おかえり……ハル」
ボロボロになりながら、鈴木さんと中島に抱かれている和嶋さんを見ていたら、何となく例のメッセージの事を思い出していた。
「おかえり……かー」
その台詞を彼女に言ったのは、いつ以来だろうか。
「ねえ……会いに行ってみない?」
メッセージを消すかどうか迷っているわたしに、彼女が優しくわたしに囁く……ああ……また、わたし彼女って言っている。
プロポーショングリッドをリロード。
彼女の住所を調べるのは簡単だった。わたしの職場……サトジョに卒業生の住所目録ぐらい残っていて、彼女の実家に向かったのは、その日の午後だった。
「ちゃちゃっと調べれば……簡単に出てくるものね……っていうか、あなたが彼女の実家に行くのが初めてなのは意外よね」
「高校の頃は寮で、大学は家出みたいな形だったからねー……あまり、実家にいるのがイヤだったみたい……」
彼女の実家は農家を営む、広大な梨畑に囲まれている大きなお屋敷だった。梨御殿と、彼女は皮肉混じりに言っていたのを思い出す。
「周りが梨畑だから、爆音でギターの練習がし放題って言っていたわよねー、梨を題材にした曲も作ったのよー」
「あー……『有りの実の泪』でしょ? 梨の花言葉が、愛情だからってゴマス、あなた……バンドで初めてのラブソングにするって張り切っちゃってさ……結局、十分超えの大作曲になっちゃってね……メロディは完成していたのに、収録ギリギリまで詩が出来ずにね……ゴマスのアパート前で仁王立ちしていたのを今でも思い出すわよ」
「インクルージョン……どうして、あなたがそれを思い出すの?」
わたしは、表札が何故か空欄だった彼女の実家のインターホンを押す。
「……梨はどうして、ナシと呼ばれていると思う?」
「諸説あるけど、実の色が無いからでしょー……耳にタコができるくらいに聞かされたわよー。音の色を見ることが出来るあなただから、色の無い意味の梨を食べるのはー……今、わたし……あなたって言った?」
「意味が分からないでしょ」
これから農作業に行く最中だったのか、空調服を着た彼女の母親は、わたしを屋敷の奥の方へ案内した。
家に入った瞬間、妙に線香の臭いが強かった。そこから、わたしの記憶がやや曖昧になっていて、飛んでいた。
「意味が……分からない」
わたしの目の前の仏壇には、あのタマゴタケのような髪型をした彼女の遺影が、ずっと……ずっとわたしに微笑んでいた。
「待っていたよ」と、インクルージョンが……彼女が、わたしの耳元で囁く。
わたしは声にならない慟哭をあげた。
プロポーショングリッドをリロード。
「そして最初の場所へと戻ってくる」
わたしは、くも膜下出血で亡くなった彼女の遺品を墓石の前に置く。それは、彼女がいつも愛用していた小型MTRで、それを最大音量で再生させる。スマホに残った「待ってるから」のメッセージを見つめながら。
プロポーショングリッドをリロード。赤の音楽。それはわたしへの憤怒のような赤。
「もし……もっと早く、彼女に会いに行けば……」
プロポーショングリッドをリロード。青の音楽。それはわたしへの悲哀のような青。
「もし……あの時、彼女を追い出さなければ……」
プロポーショングリッドをリロード。黄の音楽。それはわたしへの懺悔のような黄。
「もし……あの時、ノブヨが逃げ出さなければ……」
プロポーショングリッドをリロード。緑の音楽。それはわたしへの悔恨のような緑。
「もし……あの時、お腹の傷が出来なければ……」
プロポーショングリッドをリロード。紫の音楽。それはわたしへの償いのような紫。
「もし……あの時、ライブハウスで出会わなければ……」
プロポーショングリッドをリロード。黒の音楽。それはわたしへの粛正のような黒。
「もし……あの時、彼女と出会わなければ……」
プロポーショングリッドをリロード。白の音楽。それはわたしへの忘却のような白。
プロポーショングリッドをリロード。
プロポーショングリッドをリロード。
プロポーショングリッドをリロード。
プロポーショングリッドをリロード。
プロポーショングリッドをリロード。
プロポーショングリッドを……。
「どうして……どうしてー……上書きが出来ないの……」
「ゴマスなら分かってるでしょ」
「インクルージョン……どうして彼女の名前を……」
「名前を?」
わたしは名前が消失している墓石の表面を指でなぞる。
「わたしのせいなのね……わたしの無意識的願望が彼女を……彼女の存在そのものを……」
「それがゴマスの望みだったから」
「お願い……彼女を……」
「それは出来ない。知ってるでしょ? EIで、決められた因果律を変える事はできないの」
「でも、和嶋さんたちは……」
「和嶋さんだからよ」
「……インクルージョン……あなたは彼女なの?」
「そうでもあって、そうでもない……ハーフ&ハーフのようなものね。これを言うのは二度目だけどさ、我々は……いえ、わたしはゴマスの記憶と光と音とかで出来ているの」
「……ずっと、待っていてくれたのね……ごめん……待たせすぎちゃったのかもしれないね……」
「自分を責める必要はないよ。原因はこっちにもあったし……だからさ……」
彼女がわたしの持つスマホをメッセージの画像ごと握り潰す。わたしの石英の手でそれを握りつぶした。
「なにを……」
「これでいいのよー……これでゴマスはわたしに縛られる必要は無くなる。だって、いつでも一緒にいられるから……」
彼女はそのまま、その石英の拳で自らの墓石を砕き割り、骨壷を乱暴に取り出す。
「一〇五はね、因果律が強い人間が持つ二十一グラムの重さを持つ魂の結晶体よ。神話の代から続く、ありきたりな話……『選ばれし者』が持つという神器というやつね……わたしから言わせてもらえば、そんなものクソ食らえよ」
プロポーショングリッドがバーストする。骨壷が割れ、粉末となった彼女の骨が砂のようにサラサラと漏れ出し、わたしの手から流れ落ちていく……いつしか、その砂が煙のように舞いながら、七色の蝶の鱗粉のようになったかと思うと、蛍火の光のような弱いものから、花火のような強い光を放ち、赤青黄緑紫黒白と、光のイルミネーションの戦争がスパークする。バシャッと、何か水の塊が落ちたような音がしたと思うと、わたしの濡れた手の中に、二分ぐらいの小さなダイヤがはめられた、石英で出来ている鍵が出現した。
「ミネラルキー……このダイヤは……あなたの?」
「炭素抽出だから、不純物が多い遺骨から作れるダイヤなんてこんな小さなものよ」
「小さくても……とても綺麗で嬉しいよ」
わたしは、ミネラルキーをギュッと握り締める。彼女の温もりや面影が、ずっと身近に感じられる。
「一〇五はね……別に強い因果律とか、選ばれし者だけが持つとか、そんなものじゃないのよ。誰だって、因果律を持つ資格はあるから……一〇五は、生きる意志に共感する鉱物なのよ」
「生きる意志……」
ハッと周り見渡すと、墓石の影に変わった卒塔婆があるなと思った。その卒塔婆のようなものが、キノコの倍速撮影のように、目にも止まらぬ速度で無数に生え続け、わたしたちを取り囲む。
「出迎えには大袈裟過ぎない?」
「自分が一体、なにをやっているか理解しているのか? クラリティが著しく低下しているのに……ここまで放置するとは……」
和嶋さん曰く、アルベルト・ジャコメッティの彫刻のような、歪な形をした石英の人型が、怒りを露にしたエコーでわたしの脳内を響かせる。
「吐きそうなくらい臭いノイズね……我々に重要なのはクラリティじゃなくて、カラーだという事に、まだ気がつかないの?」
「異端的思考だな……今すぐ、ここのEIの権限を我々に譲渡しろ。IRで貴様をグレーディングしなければならない」
「うわー……どの世界にも、パワハラクソ野郎っているのねー」
「結果的にインクルージョン本来の目的を忘れて、自分たちの事しか考えない哀れなクソ野郎どもだよ。自分の足元がどこに立っているのも忘れてしまっている」
彼女はわたしの右脇腹にあるノットイコールの傷跡に……握り締めたミネラルキーを刺し込む。
「警告……まさか、我々の中でドーパントが生まれるとは……」
「ゴマス……わたしが何も考えずに、ビデオゲームをやっていたと思う? ゲームにはね、バグやグリッチを使った遊びというものがあってね……大抵のゲームにもそういったものが必ず存在するの」
「一体、あなたは何の話をしているのー?」
「その鍵を回したら、我々がどう対処するか分かっているよな?」
「黙りなさい! クラリティ原理主義者! その醜く濁った瞳で、わたしの色をよーく見てみろ」
カチカチと、レンズの絞りを換えたような音がする。瞳がどこにあるのか想像も出来ないけど……。
「
突然、視界を覆うほどの無数のダイヤの矢がわたしたちに向けて射出される。明らかな敵意を向けられて放たれた矢は、わたしと彼女の肉体を、文字通り完膚なきまで、徹底的に貫かれ、砕かれ、粉々に……ならない?
「どうして、どんな完成されたゲームにもバグが生まれると思う? どうして、バグの無いゲームが生まれないのか……それはね、それを作ったのは人間だからよ。完璧な人間が存在しないのと一緒で、完璧なプログラムなんて、
わたしを取り囲むインクルージョンが、一斉に砕け散る。気付くと、ミネラルキーによってわたしの身体が相転移していた。それは、喪服ような黒いスーツ姿であり、わたしの身体が少しだけ透けていた。
「ましてや! EIは人間の遺物をベースにしたイミテーションに過ぎない! それにすがっている時点で、進化なんて……己の色を知ろうとするなんて、滑稽もいいところよ!」
わたしの両手に、金槌のようなものが握られていた。のようなものというのは、その金槌の輪郭線が曖昧で、常に振動しながら、七色の禍々しい光を発光させ、ピントがぼやけたようにイメージが曖昧だったからだ。これじゃ、まるで……。
「『ゴースト』……それがわたしとゴマスのフラクチャースーツの名よ……亡霊のようなわたしや、あなたたちインクルージョンにはぴったりの名前だと思わない? ねえ?」
「いいのか、かかか! ……わわわ我れれれ我々は、徹底的に貴様を処理りりりりっ! り!」
彼女は、壊れたスピーカーのような金切り声を出すインクルージョンに金槌を振り下ろした。霊園に再び沈黙が流れる。
「いいの?」
「いいのよ……わたしはこの茶番を降りるよ……それに、今はゴマスと一緒だしね。誰にもこの時間を奪わせる権利なんてないわ」
わたしは左手で右手を掴む。彼女の温もりや匂い、重さに形、色を感じた。彼女がわたしの中にいる実感が、わたしの持つ一〇五と共感している。
雷鳴が轟き、バケツの水を引っくり返したような雨が重く降り始める。厚い雲の層の中から、禍々しく光りだす虹色の発光体が隕石のように落ちていく。恐らく、和嶋さんが、ソウギョクとナガツキを倒し、一〇五を同期させたのに違いない。
「勝ったのね……和嶋さんが手に入れるべき残る一〇五はあと一つ。あれほどの因果律を抱えた和嶋さんが、最後の一〇五を手に入れたとき、大規模なEIの書き換えが行われる。同期の際に引き起こされるスペクトルの爆発は、他のEIをも干渉する巨大な色と光のイルミネーションになるでしょうね……事象の地平線すら越えたパラダイムシフトが……」
霊園の墓石が震え蠢き、断末魔のような悲鳴が森の奥から響き渡る。地面から歪な造形をしたインクルージョンの群れが、わたしたちを再び取り囲む。ホラー映画の月並みな演出のように、雷が落ち、雨も強くなっていく。場所が場所だけにタチの悪い冗談のような光景だ。
「わたしたちがやろうとしている事を察したみたいね……いくら鈍感な奴らでも分かったか……」
「あなたはー……EIを破壊しようとしているの……」
「違うの、わたしが望むのはプログラムのデグレード……先祖帰りよ。膨張したEIをスクラップ&ビルドさせ、初期の頃のEIに戻したいの。やり直し……そして、わたしも……ゴマスと……」
プロポーショングリッドが警告する。空間が結晶化し、雨粒の代わりに、ダイヤの矢の雨がわたしたちを貫こうとする。自らを煙のように相転移させ……弾幕を潜り抜け、前衛的なオブジェのインクルージョンを金槌で割り続ける。
「あなたまさかー!」
「火事場泥棒みたいな真似だけどね……わたしはもう一度……もう一度、ゴマスと一緒に歌って楽器を弾きたい! ゴマスと一緒にお酒を飲みたい! ゴマスと一緒にキスをしたい! ゴマスと一緒に抱きしめたい! わたしはゴマスにちゃんとゴメンって言いたいのよ! もう一度、わたしの名前で呼んで欲しいの……」
飛び道具が効かないと判断したインクルージョンが、石英の腕をムチのように振り回し、縦横無尽に飛び回るわたしたちを
「くっ……ははは……」
「何がそんなに可笑しいの? ゴマス……」
「なんかねー……みんなバカだからよー……あんたもー、インクルージョンもー、幻色もー、わたしもー……みんな大バカよ」
「ゴマス……」
「まだ言ってなかったわよねー……わたしがどうして、国語の先生をやっているのかって……物語の構造には、三十一のタイプがあるとか、主人公には千の顔を持つタイプがあるとも言うけれどー……わたしはそれらを鼻で笑って、生徒に教えてあげたいのよー!」
鞭が再び飛んでくる。わたしたちはそれを掴み。思いっきり、鞭を持つインクルージョンごとそれを引っ張り、金槌で粉々に砕いてやった。
「答えは至ってシンプルなのー! 自分は何者であり、どこへ向かうのかー? たったそれだけよー! 幻色も、自分の色を知りたいとか、共感とか、そんな面倒な事じゃなくてさー! ただ……ただ……わたしも……あなたも……ただ……寂しいと一言だけ言えばよかったのよー!」
わたしたちは駆け出す。嵐の中を……。向かう先は、和嶋さんが落下した場所にだ。インクルージョンが空を埋め尽くさんばかりの弾幕を撃ち出す。構うものか。
「リードは任せたわよー……いつものギターのように掻き乱してー……
「分かったよゴマス……付いてきて、華麗な
嵐よ吹け。風よ狂気を孕め。雷よ頽廃を照らせ。雨よ愚盲を洗い流せ。永遠に。
わたしたちは叫び歌い続けた。この様を見ているあなた……幻色に向かって、わたしたちの色をあなたに見て、聴いてもらうために。
闘え……それこそが、わたしたちのハードロックなのだから。
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