III - 03

 どこかの建設現場のような場所で降ろされた。


 白い防音壁に囲まれた場所でむき出しの鉄骨が錆びていて、コンクリート片が散った砂地に背の低い雑草がまばらに生えている。服を着替えていると、捨てられていたペットボトルが風で転がりかさかさと不愉快な音を立てた。


「簡単だっただろ」


 黒い合皮の長財布を手渡しながら岸田が言った。


 給料。報酬。どの言葉を当てはめればいいかわからないが、そういうものらしく、財布の中には紙幣が大量に入っていた。その場では数えなかったが、たぶん、大金、という言葉を使ってもいいとは思う。


「難しいことはあったか?」


 鍵は簡単に開けられた。

 僕は小さく首を振る。岸田はそれを肯定ととる。


「次もできるな」


 ああ、と僕は呟いて、息を吸い込む。冷たい空気が喉を通っていく。

 大丈夫だ。

 僕は平坦な声で言う。


「次回は、いつやる。普段はどれくらいのスパンなんだ」

「別に、決まってるわけじゃねえよ。家主や住人の都合もあるし、季節や天気の都合もある。冬場になれば増えてくるとは思うが、また連絡する。どうせ毎日顔は合わせるんだ、それでいいだろ?」


 まあな、と僕は返す。

 そうか、そういや、一応、こいつはクラスメイトってやつか。そう思うと、奇妙な感じがして笑えた。友達の一人もいなかった僕の貧困な人間関係はここ一か月で急速におかしな方向に組みあがっている。


 紫苑はどうしているだろうか。

 ふ、と紫苑のことを考えた。


「そういや、エダ、って、漢字でどう書くんだ」


 脈絡もなく唐突に僕がそんなことを尋ねたので、岸田はおかしな顔をした。


「変かな」僕は笑う。「あいつは、名字を名乗りたがらないんだよ、気になるだろ」


 僕がそう言うと、岸田が空中に指を滑らせて見せた。


「くさかんむりに任せる」


 荏。岸田が続ける。


「あとは普通のタ、だ」


 口、十、と人差し指が空を切る。田。

 荏、田、紫苑。荏田紫苑。

 名前を口に出して呟いた。


「そうか、わかった、ありがとう」


 それから、僕は軽く手を上げて岸田に言う。


「またな」


 場を去り、土地を囲む防音壁をぐるりと回って、そこが今日の待機場所だったことに気づいた。道路の端では数時間前と同じように電柱が斜めに傾いていて、カラスが横たわって死んだままだった。

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