第73話 僕とボク -03

    三



 僕はずっと考えていたんだ。

 何故、僕は君を愛してしまったんだろうか、って。

 始まりは、些細なことでしかなかった。

 電車の下で会ったことが、始まりのように思っていた。

 だけど、違うんだ。

 僕はずっと前から、君を見ていたんだ。

 気が付かない内に。

 見ていることも――気が付かない内に。

 だけど、今なら分かる。

 僕は、ある女の子に恋をしていた。

 だけど僕は、その女の子のことは、忘れてしまった。

 こうしてその女の子は、僕に振られた。

 僕が忘却するという、時間によって彼女に振られた。

 何と愚かだったんだろう。

 何と自分勝手だったんだろう。

 しかし確かに、そこで僕の初恋は終わった。

 そして高校になって。

 僕は二度目の恋をした。

 今思うと、一目惚れだった。

 ただ、自覚はしていなかった。

 隣の席になった時に、何かくすぐったくなった。

 君が笑顔で話し掛けて来た瞬間に、またくすぐったくなった。

 何故だか分からなかった。

 ただのクラスメイトなのに。

 どうしてこの人の時だけ、こんな感じになるのか。

 その答えは、見つからなかった。

 だけど。

 僕が君をはっきりと自覚したのは――あの言葉だった。


『君の命、ボクにちょうだい』


 この飛び抜けた言葉に魂じゃなく、度肝を抜かれたよ。

 でも、これがきっかけで僕と君は近付くことが出来た。

 それから、楽しかった。

 僕の人生が、ぐるりと半回転した。

 いつの間にか死にたいと思っていたのに、生きたいと思うようになっていた。

 ……でも。

 こうして考えても、君を愛するまでに至ることが見つからない。

 好きになる理由はあるけど、愛する理由はない。

『好き』から『愛している』に変わる理由が見つからない。

 だから、僕ははっきりと気が付いたんだ。

『好き』から『愛している』に変わるのには、理由なんかないんだって。

 思いが強くなれば、そうなるんだって。

 まだ二回しか、しかも一人にしか恋していないのに『愛』を語るなんて馬鹿馬鹿しいと思うかもしれない。

 だけど。

 理屈より心。

 それが愛の定義だと、僕は思っている。

 考えているんじゃなく、思っている。

 そんな自分勝手な定義だけど

 僕は胸を張って言える。

 僕は――



「僕は君を……愛している」



 ……でも。

 もう、それを伝えるわけにはいけなくなってしまった。

 いや、そもそも僕には、君を愛する権利などないのかもしれない。


「ごめんね」


 君をこんな目に合わせて。

 辛かっただろう。

 僕のせいで。


「ごめんね」


 約束を忘れていて。

 幼い頃に交わした、約束を。

 君は覚えていてくれたのに。


「ごめんね」


 勝手に入って。

 こんな所まで押しかけて。

 迷惑だろう。


 ――それでも。

 僕は一つだけ謝らない。

 君を愛していることだけは、絶対に謝らない。

 こんな最低の僕でも、まだ君を愛している。

 君を愛している。


 ……だけど。

 その台詞は、もう伝えられない。

 だって、多分……


 僕は――君になっているだろうから。


 だから、言えない。

 だから、伝えられない。


 だから僕は、小説の最後の方を破った。

 そこには、僕が君を愛していることが書いてあった。

 そして、小説の最後の言葉はこれになった。



「僕は佑香のことを……好きなんかじゃない」



 この言葉だけなら、君は僕を吹っ切れるだろう。

 それが、君の幸せに繋がる。

 君の、幸せに――



「分かっている、のに……」


 僕は悔しくて唇を噛み締めながら、床に膝をつけた。

 月明かりだけが照らしている病室の中。

 そこに僕はいた。


 ――そして。

 僕の傍には――髪が短くなった佑香がいた。

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