第68話 僕と少年院と伝言と理由 -03
三
次の日。
僕のお母さんと広人が面会に来た。
初めに「結婚しました」と言われた時は少し度肝を抜かれたが、それ以外は冷静にツッコミを入れ、普通に話をした。
だがその話の中で、佑香が手術を受けるために渡米したことを伝えられた。
正直これには参ったと思い、少し落胆の表情を見せてしまい、すかさずお母さんが「大丈夫っ?」と少し慌てたような感じで心配してくれた。
僕は本心とは裏腹に「大丈夫だよ」と返した。
そこで、精一杯の笑顔を見せたつもりだった。
だがそこで、広人の口から文脈も何も関係ない言葉が発せられた。
「会いたいのか?」
「……っ!」
本心を見抜かれたと思った。
心の中を読んだのかと疑うくらい、的確な言葉。
会いたいのか?
その答えは決まっている。
「……会いたいよ」
一晩中、佑香に会うことを考えていた。どうやったらここを抜け出せるか。どの時間なら佑香の検査も何もなく、確実に会える時間帯なのかをどうやって探ろうか。佑香に会ったら、どういう顔をしようか。最初に何を言おうか。どうやったら、嫌われずに済むか。
何パターンも、何十パターンも考えていた。
だが、それらは所詮、夢物語に過ぎなかった。
そんなことは薄々判っていた。加えて、アメリカという遠い所へと佑香が行ったことで、僕は強制的に事実を認識した。
不可能だ、という事実を。
だから僕は二人に向かって、はっきりと言葉に出した。
「でも、無理な話でしょ。だから、もう諦めているよ」
この言葉は、自分に言い聞かせているのかもしれない。
しかしそれは紛れもない事実で、現実。
受け入れるしかない。
仕方が、ない。
「……そうだな」
広人は、ふぅと息を吐いて僕に微笑むと、もう一度、「そうだな」と、繰り返した。
「……? そうだな、ってそうに決まっているだろう」
「そうだな」
「これで三回――」
ちょうどその時、髭を生やした男性の看守さんが、面会時間が終了したことを僕達に告げる。
「もう時間かよ。短けぇな」
「まぁ、仕方ないよ。というかこうして面会出来る方がおかしいんだからさ」
僕がそう広人を宥める横で、お母さんは看守に向かって頭を下げた。
「今日は本当に無理を聞いていただいて、ありがとうございました」
いえいえ、と看守さんは笑って頭を下げ返す。
「じゃあまたな、英時」
「あぁ。今度はムショの中で会おうな」
「ここ刑務所じゃないじゃん」
と、軽く冗談を交わしあって、広人は扉の向こうへと去っていった。
お母さんも「じゃあね。英ちゃん」と、一言言うだけでそのまま立ち去ろうとしていた。――と、僕はあることをすっかり忘れていることに気が付き、母親を呼び止める。
「ちょっと待ってお母さん」
「何? これからエステだから急がなきゃいけないんだけど」
お母さんは作られたような不機嫌そうな顔で振り向いた。もちろん、お母さんはエステなんか行っていないからこれは冗談だ。
ただ、僕はその冗談を冗談で返すことなく、真剣な言葉で返した。
「迷惑掛けて、ごめんなさい」
「……いいよ」
お母さんは、優しく口元を緩めた。
「英ちゃんの気持ちは、痛いほど分かるから。だから、誰も責めてなんかいないよ」
「でも……堺は……」
「あの子は、逆に責められているよ。もちろん、あの子の親共々ね。だって私達には落書きとか罵声とかそんなことは一切ないけど、あの子の家はその嵐だよ。マスコミもこっちは全く来ないのに、あっちの方は凄いもの」
信じられないけど本当だよ、とお母さんは微笑む。
「だから、気にすることはないよ」
「……分かった」
僕も笑顔を返す。
母親が言ったことか本当かどうか分からないけど、でも気にしないという体を取る為に。
「なら、遠慮せずに気にしないよ」
「うん。それでこそ私の息子だ」
お母さんは一つ頷き、
「それじゃあ、そろそろ、ジムの時間だから」
「エステじゃなかったの?」
「『ジム』はエステの名前なの」
「へぇ、そうなんだ」
「そうなのだ。じゃあ、そういうことで」
お母さんは僕に背を向け、手をヒラヒラと振りながら行った。
「……」
僕はほっとして息を吐いた――だが、同時に、自分の弱さに嫌気が差した。
本当は、さっきの「でも……」の後に、『堺』ではなく、『佑香』と続けようとした。
だが、僕は逃げた。
佑香が僕を『責めている』という言葉が返ってきたらと思うと、怖かった。
もう、立ち直れないような気がした。
だから、逃げた。
「……全く、情けないな」
誰にも聞こえないような小声で、僕はそう呟く。看守さんはその言葉を知ってか知らずか、自分の部屋へと歩き始めた。
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