第31話 莉里ちゃんと図書室と妹と

「……千佳」


 とある日のお昼休み、私は学校の図書室に行くことになりました。

 実は数日前に買ってもらった本を読み終わってしまったのですが、流石に短期間でまた別の本を買ってもらうのは家計に悪いと思い、図書室に借りに来たのです。


 小学校の図書室なので、いつも読んでいるような本格ミステリーはあまり置かれていませんが、子供にも受けがいい歴史的偉人の物語やファンタジーな小説も置いてあるので、何冊か借りていく予定です。

 そんな訳で図書室へとやってきた私を出迎えたのは、受付カウンターに座る莉里ちゃんだった。

 背が小さいから無人のカウンターから呼ばれたのかと思ったよ。


「莉里ちゃん、こんにちは」

「……ん」


 無口ではありますが、良い笑顔をしています。

 言葉だけだと分かりづらいですが、とっても元気なようで楽しそうに受付をしています。


「あれ? 莉里ちゃん三年生だよね?」

「……うん」

「三年生は委員会とか無かったような。図書委員とかになれるのは四年生からだったよね?」

「……今日は、先輩の代わり」

「あ、そうなんだ。その先輩は?」

「……本の整理中」

「なるほど」


 先輩の代わりで受付をするなんていい子だね、莉里ちゃんは。

 喋る文字数が少ないので頑張って意図を読み取りながら話します。


「……何か借りる?」

「うん、何冊か借りたいと思ってね。ちょっと探してくるね」

「……うん」


 莉里ちゃんにそう言った後、本棚の群れへと突入します。

 独特なインクや紙の匂いを感じつつ指で並ぶ本の背をなぞる。

 一冊一冊のタイトルを見て、面白そうなものを物色しましょう。


 タイトルを見て気になったものを取り、あらすじや最初の数ページを確認しては戻していく。

 そうした工程で図書室を一周したところで、二冊気になったものがあったので受付に持って行きます。

 受付には三人ほど生徒が並んでいるようなので、その後ろに並んで莉里ちゃんの仕事振りを見てみましょう。


 ――殆ど無言で貸し出しの作業をしていく莉里ちゃん。

 ……ん、という一言と共に本を渡して仕事が終わる。

 可愛いけど、それでいいのか。

 と思ったら、下手すれば幼稚園児くらい見た目で手渡ししてくれる莉里ちゃんに癒されているようで、皆が一様に笑顔で教室に戻って行きます。

 あ、上級生の女の子が頭を撫でて帰って行った。

 ……うん、私もやろう。


「……千佳、お待たせ」

「うん。莉里ちゃん、この二冊でお願いね」

「……ん」

「それにしてもすごいね莉里ちゃん」

「……?」

「まだ三年生なのに図書室の受付できちゃうし、その仕事もスムーズにできてるし」


 私がそう言うと、莉里ちゃんは胸を張ってドヤ顔になり。


「……ん、もっと褒めて」

「ふふっ、えらいえらい」


 上級生の子に習って頭を撫でてみます。

 メグちゃんや花ちゃんを撫でる時のように、莉里ちゃんの柔らかい髪を崩さないよう優しく撫でる。


 しかし、ふと思う。

 仮にも後輩に頭を撫でる行為は如何なものだろうか、と。

 前に敬語に直したら泣かれたけど、さすがにこんな態度は不味いのでは? と思い、手を離すと。


「……あっ」


 再び涙目の莉里ちゃん。

 どうやら下級生の私に撫でられても悪い気はしないようなので、手を戻して撫で撫でを再開します。


「……嬉しい」

「そっか、じゃあ偶に撫でてあげるね」

「……偶に、なの?」


 また涙目。


「いえっ! いっぱい撫でさせていただきます!」

「……やた」


 女の子の涙には勝てないよ……。

 笑顔の莉里ちゃんを撫でているとくだんの先輩が整理から帰ってきたので、先輩に貸出業務をしてもらった。

 その間も私は莉里ちゃんを撫で撫でしていた訳だけど。

 そして先輩にも感謝のナデナデをしてもらった莉里ちゃんと一緒に、図書室から出ていく。


「褒めてもらえてよかったね」

「……ん」

「あ、そういえば」

「……?」


 自然に手を差し出され、繋ぎながら廊下を歩いているとふと疑問が浮かびました。

 莉里ちゃんが入学式にいたってことは?


「いや、入学式にいたってことは、一年生に知り合いがいるのかなって」

「……妹がいる」


 お、どうやら莉里ちゃんは私の同志のようです。


「へぇ、私と同じだね!」

「……千佳も?」

「うん。妹と、妹みたいな幼馴染がね」

「……会ってみたい」

「そう? それじゃあ明日の放課後にでも私の家で遊ぼうか?」

「……ほんと?」


 ぐふッ、首をこてんって傾けるのは反則だよぉ。

 お持ち帰りしちゃ駄目かな?


「うん。前会った湖月ちゃんとか他の子も来るけど、それでもよかったら」

「……いく」

「よかった。それじゃあ、明日の授業終わったら私のクラスに来てね? 待ってるから」

「……なら、お願い」

「ん? 何でも言ってくれていいよ?」


 どうやら私にお願いがあるようです。

 いいよいいよ、可愛い子のお願いなら何百回でも聞いてあげるっ!


「……桃も」

「桃? 分かった。お母さんに言って用意してもらうね」

「……!? ち、違う」

「うぬ?」


 てっきり桃が食べたいんだと思ったけど……どういうことだろ?


「……妹」

「妹?」

「……妹の、ももも連れていきたい」

「ああ! そういうことね!」


 どうやら桃は果物の方ではなく、莉里ちゃんの妹さんの名前だそうです。


「全然いいよ。私も会ってみたいから」

「……明日の放課後、連れてく」

「うん、お願いね」


 というわけで明日は莉里ちゃんとその妹の桃ちゃんが参加することに。

 クラスに帰った私は湖月ちゃんと愛ちゃんにそのことを報告し、家に帰ったらメグちゃんと花ちゃんにもそのことを報告しました。


「分かった!」

「うい! でも、桃って花たちのクラスにいるよー?」

「あっそうだね! 名字も同じだから絶対そうだよ!」

「おや、友達だった?」

「うん!」

「仲良し三人組!」


 どうやら同じクラスで仲の良い友達だそうです。

 世間の狭さを感じながら、明日が楽しみになってくる私でした。

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