第10話 4月1日(木)美紀がやってきた⑥

 厳密にいえば、姉さんはA組、いわゆる特進コースに進む事が決まっているが、美紀はどう考えても僕と同じ、いわゆる普通科であるから、姉さんと美紀が同じクラスになる事はあり得ない。でも、入学式は同じ会場で行われるから、僕たちは5日に3人で入学式に行く事になる。そして、同じクラスになる可能性があるのは僕の方だ。僕は、家でも学校でも、こいつに振り回される事になるんだ。これはこれで恐ろしい事ではあるが・・・くよくよしても仕方ない。覚悟を決めるしかない。

 でも、僕はそこで気付いてしまった。美紀はジーンズを脱いでトキコーの制服であるチェック柄のスカートに着替えただけだから、いわゆる生足だった。美紀の足はスピードスケートの選手にしてはかなり細い部類だが、無駄な肉が無く適度の太さで決して太目ではない。むしろ、身長が高いのでバランス的にはちょうどいい位だ。そして、上はとりあえずブレザーを着用しているだけだから、その下はさっきまでの男物のセーターを着ているが、結構、制服姿が似合っている。正直、可愛いと思った。ホント、惚れるかも・・・。

「おーい、猛、あんまりジロジロみるなよ。恥ずかしいじゃないか」

「・・・あ、いや・・・別にそんなふうに思われていたのなら謝るよ」

「いや・・・ま、そろそろいいだろ?じゃあ、また着替えてくるからな」

 そう言って、右手で眼鏡を持ち、先ほどと同じように小走りで出て行った。

「美紀ちゃんてやれば出来たんだ・・・私、そこは気づかなかったなあ。あ、女性はパティシエールって言うらしいけど、パティシエでも間違いではないわよ。勉強になった?」

「・・・・う、うん、勉強になった・・・美紀があんなに熱く語るなんて・・・僕は、僕は・・・何ていうか・・・何ていうか・・・あの、その・・・」

「猛、猛。あんた何を言ってるの?」

「ご、ごめん・・・僕、シャワーして寝るよ」

「ちょ、ちょっと、シャワーして寝るってどういう事なの?」

「いや・・・僕、美紀があんな人だとは思ってなかった・・・言い方は悪いかもしれないけど、男勝りのガサツな性格な奴だ、筋肉女だ、暴力女だと・・・昔から女の子としても見てなかったし・・・まして、パティシエになりたいだなんてハッキリとした目標も持っていたし・・・そりゃあ、『千聞せんぶんは一見に如かず』なんて言っている今の美紀なら、僕の方が学力はあるかもしれない。でも、それは今の段階での評価だ。美紀は自分の将来の為に自分を変えていると思うんだ。もしかしたら、1年後には美紀の方が上になってるかもしれない・・・僕は将来の事を考えた事なんてなかった。兄さんと同じ高校に行って、適当な大学に行って、適当な会社に就職できればそれでいいと思ってた・・・でも、あの時の美紀を見て、僕は思ったんだ。僕はちっぽけな人間なんだなって。」

「・・・・・」

「だから、僕は思うんだ。人は外見だけで判断してはいけないって。それに、美紀って案外可愛いなって・・・でも、正直、怖いんだよね。美紀にどんなふうに接したらいいか分かんないだ。今まで通りではダメなんだ。でも、どう変わればいいのか分からない・・・頭の中で整理できないんだ・・・」

「ふざけてんじゃあねえぞ、コラあ!」

 僕と姉さんは驚いてその声がした方向を見た。そこには、眼鏡をかけ、男物の黒いセーターと紺のジーンズを纏った美紀がいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る