―幕間―

 ――属領・喜望峰グッド・ホープ、首都ケープタウン。


 甲高く、長靴ちょうかの音を響かせながら、複数の人影が廊下を進んでいた。漆黒の軍装に身を固めた集団の先頭を行くのは、背の高い、ひとりの女。

 色白で、襟足だけを伸ばした赤毛が歩みに合わせて揺れる。青い瞳はまっすぐに――その長い廊下の果てをみつめていた。彼女の視線の先、廊下の終わりにはひとつの鉄扉がある。三日月と半月刀シャムシールを織りこんだ一枚のタペストリーが、堂々と掲げられていた――それにむかって、迷いのない足取りで突き進む。

 キャッスル・オブ・グッド・ホープ。ここは、属領グッド・ホープに置かれた帝国軍の南アフリカ司令支部だった。彼女は無言で扉を開け放つ。

 集団で司令室に乗り込んできたに、その部屋の主は顔をしかめる――彼女はその男を視界の中央に置くと、朗々と声を張り上げた。

「現時刻を持って、ケープタウン郊外、遺構第六○二を占拠した奴隷兵マムルーク掃討作戦の指揮権は皇帝直属軍イェニチェリに渡りました。

 ――ご承知おきを、司令官殿」

 青い瞳で正面の執務机――そこで立ち上がった壮齢の男を睨みつける。彼女が紙面を掲げたのに合わせて、外套の裏に縫いつけられた悪竜ヴィシャップの紋章があらわになった。

「……属領出身の集団に何ができるというのだ。ここは崇高なる帝国軍の居場所。お前らのような小汚い連中が出てくる場所ではない」

「失礼ながら、司令官殿。これは皇帝スルタンの勅令にございます。それに貴方がたが、そのの兵士たちを一週間かけても掃討をできないのがそもそもの問題でしょう。身から出た錆とはこのことでは?」

「ああ、そうだろう。奴隷兵マムルークはたしかにこのグッド・ホープの軍事の要。すくない兵力をおぎなうため、属領出身の連中をかきあつめた集団だ――こうして反旗を翻すこともままあった! これまでは問題なく対処できていた。

 しかし、今回はろう城先として選んだ場所が悪い……」

 踵の音を響かせながら、彼女は執務机に歩み寄った。その机に書状を叩きつけると、「地下水路カナートの使用許可を」と囁く。

「これにサインをすればあなたの仕事は終わり。あとはゆっくり椅子に座って待っていればよろしいでしょう。今夜には片がつきます」

「……あれが引きこもっているのは産業遺構、しかも水素関連施設だ。銃火器は入れず、ひらけた場所にあるため奇襲も無効。君の言う案も考えたが――地下水路から潜入することができても、よほどの精鋭でなければあの数は掃討できない。奴隷兵マムルークといえども、奴らは命を捨てる気でくる狂乱者だ。施設が爆破される可能性も……」

「そのがわれわれですから。手土産として、耐火製強化装甲を二〇体分用意しました。性能テストでは、高温下の状況でも最大二五分間に渡る戦闘行為が可能。掃討には十分な時間です」

「あそこを火の海にするつもりか。遺構に手出しをすれば、ファランドール家が黙ってはいない! ――まったく、忌々しい連中だ」

「なあに、適当なところで恩を売ればいいだけですから」

 男は羽ペンをつかみ取った。書状をひったくるように掴むと、そこに己の名を刻む。

「……エレノア・ハクスリー。どこの誰かと思えば、『女王の剣』のハクスリー家か。忌々しいことよ……」

 不快そうに青い目をすがめ、エレノアと呼ばれた女は書状を奪いとった。そのまま背後の部下に渡すと、早々に踵を返す。

 開け放たれた扉のむこうへと出ようとしたとき、彼女は振り返って、その壮齢の男を睨みつけた。

「その呼称は過去のものですよ。たしかに私は属領クイーンズランドの生まれ。しかし、ハクスリー家が女王クイーンの『剣』であった時代はとうに終わった。言うならば、今は皇帝の剣――それに」

 もっとふさわしい呼び名がある、とエレノアは笑みをみせた。

「アラクセス紛争の英雄とは、私のことですよ。どうかお見知りおきを――まああなたは今回の不始末で更迭処分でしょうし、もうお逢いすることはないでしょうけど」

 白い歯を覗かせて冷笑した女は、長い外套マントの裾をひるがえし、足早にその場を去っていった。その背を睨みつけていた男は――彼女の足音が聞こえなくなるやいなや、拳を机に叩き付けたのだった。


 ◆


「一九○○には行動を開始できるように準備を進めています。――それでひとつ報告が。隊長、補給班によると耐火製強化装甲を一体紛失してしまったとのことです」

「……?」

 形のよい眉を跳ね上げ、エレノアは足を止めた。

 南アフリカ司令部の入った要塞の建物を出て、彼女は今、その広場に乗りつけたトレーラーの中に入ろうとしている。道中部下たちから間断なくもたらせれる情報に耳を傾けていた彼女は、そこではじめて表情を変えたのだった。

「今回はアル・カーヒラの軍用倉庫から調達したな。そもそものリストの記載に間違いがあったのでは?」

「いえ、倉庫には正しく二〇体保管されていたそうです。しかし先週、見回りした際に一体がなくなっていたと……監視カメラも破壊されており、犯人探しには難航しているようですね」

「十中八九、内部犯だな。それか出入り業者か……。強化装甲であれば、バラして闇市に流せばわからない。まあ、追えないだろうな」

 頭を掻いて、「問題ないでしょう。作戦投入は一九人」と苛立たしげに言う。

「ファランドール家に破壊許可は?」

「形だけは。無しの礫でしたがね。――このまま強行すれば厳重に抗議されるものかと」

「後付けでも許可をもらえればいい。……何か有用な材料は?」

 風が吹き、土煙が広場を渦巻いた。彼女は開け放ったままのトレーラーの出入り口――つねに部下が出入りをしているのだから、仕方なかった――から、要塞のふるぼけた岩壁を眺めて指を噛んだ。

 彼女に『不始末』の情報をもたらした青年は、脇に抱えたファイルを差し出した。

「ファランドール家の娘が失踪したそうです。現在、アレクサンドリア女学院高等部の一年生。のひとりです。姿を消したのはつい数日前で、本日、ファランドール家が捜索願を出しました」

「……ただの家出じゃないの?」

 書類の一番上――そこにクリップで留められた写真を指先で撫で、エレノアは唇を尖らせた。

 そこには、利発そうなひとりの娘が映っている。

 長い黒髪に、青い瞳。見たところ、容姿は悪くない――これならば、どこかに恋人を作っていてもおかしくないだろうと考えたのだった。

「いえ……。不審な点がいくつか。教師が言うには、『軍人に連れ去られた』との話です」

「軍人? ……きな臭いな。そんな話は聞いていない。どこかの誰かがなりすましたか、あるいは……」

 エレノアはそこで言葉を止めた。――嫌な予感がする。

 彼女は顔を上げると、ファイルを部下に返した。

「よかろう。ケープタウンでの作戦終了後、アル・カーヒラに直行。迷子の子猫探しをして、ファランドール家に『恩』を売ってチャラとしてもらおう」

 かぶりを振って長い襟足を背に流すと、彼女はトレーラーのタラップを降りて地上に出た。

 しばし思案するように――土埃にけむる空を見上げて、片目をすがめる。その青い瞳はガラス玉のように、太陽から与えられる輝きを無機質にはね返していた。

「水素は引火すると、直上方向にむかって爆発する。――今夜晴れれば、ここからでも火柱がみられるな。あの司令官殿には、窓のむこうに目を凝らすように伝えろ。一瞬の花火だから、目に焼き付けるようにと」

 赤い唇をゆがめてそう吐き捨てると、エレノアは歩き始めた。

 風が起こり、乾いた土埃が渦を巻く。その細かい石のつぶてのなかに、彼女のうしろ姿は消えていった。

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