arrow01-07


 月の広寒宮こうかんきゅう嫦娥じょうがを連れて行き、しばらく話した。

 すぐに后羿こうげいのところへ戻っても作業している最中だろうし、近くに居たら邪魔かもしれないからだ。


「会ってみてどうでしたか?」

「気持ちに一区切りつきました」

「その割には嬉しそうではありませんね」


 晴れ晴れとした表情の后羿こうげいと異なり、嫦娥じょうがの表情は堅い。


「ええ、彼がもう恨んでいないと判ったことと、きちんと謝罪できたのは良かった。でも……」

「でも?」

「私の罪が消えるわけではありません」

「それはそうでしょうが、后羿こうげい様はこれから過去に囚われずにいられるでしょう。嫦娥じょうが様も罪を意識するだけでなく、前向きに生きられるよう考えてはいかがですか?」

「そうできればいいのかもしれません。ですが、まだ無理のようです」


 そうかぁ、まあ、相手が許してくれても、はい、そうですかとはならないよな。


「いつか変われるといいですね」


 「そうですね」と、少し悲しげな表情で嫦娥じょうがは頷いた。

 その後、現代世界の様子を話したり、最近俺に起きたことのうちゼウスに迷惑をかけられて困ってることなどを笑いながら話した。


 ――もし、ゼウスが月に遊びに来ても、これで嫦娥じょうがは警戒するだろう。いい気味だ。


 人としての器がとても小さいことを自覚しながら、それでも、このくらいはいいよなと思っていた。

 二時間? いやもう少し話したかもしれない。


「ではそろそろ私達は后羿こうげい様のところへ参ります。今度来るときは妻を連れて来ますね」

「ああ、楽しみに待っている」


 微笑む嫦娥じょうがに別れを告げて、俺とクロノスは黄泉へ向かった。


・・・・・

・・・


 后羿こうげいのところへ戻ると、矢がびっしりと……三十本程度詰まった矢筒を渡された。

 何かの動物の皮でできているような矢筒は、持ってみるととても軽い。

 肩掛け紐まで付けてあり、持ち運びも楽だ。


「約束のものだ。まだ必要であれば作るぞ」

「ありがとうございます。必要になったら、お願いに参ります」

「いつでも来るがいい。なに、暇を持て余しているのだ。遠慮はいらぬぞ? ……嫦娥じょうがに会わせて貰ったこと……とても感謝しておるしな」

嫦娥じょうが様とまた会いたいですか?」

「会いたい気持ちはあるが、彼女は辛いだろうからな。もう会うことも無いだろう。だがそれでいいのだ」


 畜生、ゼウスの悪口を嫦娥じょうがに言って、内心ほくそ笑んでる俺より全然格好いい男やってやがる。

 悔しいが、負けたと言わざるを得ない。

 器の違いは、やはり元神と庶民の違いかなぁ……。


 迷いのない毅然とした態度にジェラシーを感じる。

 いつか近づければいいな。


「四凶と戦うとき、注意することはありますか?」

「気持ちが大事だ」


 間髪入れずに答えが返ってきた。


「気持ちといいますと……戦意ですか?」

「ああ、そうだ。異様な姿に恐れを感じてはいけない。あれ等が放つ瘴気しょうきに影響されてはいけない」

瘴気しょうき?」

「うむ、穢れだ。瘴気しょうきに触れると、人でも神でも気持ちが弱くなる。戦意の無い攻撃では、いくら我の矢を当てても効果は小さい。だから戦意を失わぬようにせよ」


 后羿こうげいのほうが、ゼウスより役にたちそうに思えるのは錯覚だろうか?


「判りました。気持ちを強く持ち保つようにします」

「それとな、四凶は東西南北に封印されたが、出現するのは西側からだけだ。本当の理由は判らぬが、奴らにとって良い方角が西なのだろう」


 これは良いことを聞いた。

 C国は広い。

 数多あまたのニンフ等が監視しているので、地域の広さはさほど問題にならないと言っても、監視地域が限定されるのは助かる。


「それは良いことを教えていただきました。西を中心に捜索するとします」

「うむ、見事征伐し、また遊びに来い。黄泉のものを、お前達に食べさせることはできぬのが残念だがな」

「大丈夫です。今度来るときは、食べ物と飲み物持参で来ますから」

「楽しみにしておるぞ」


 いつまでも俺達に手を振る后羿こうげいを後に、現世への道を進んだ。

 今度后羿こうげいに会うのは、四凶を倒したあと。

 ……酒や肉をたくさん用意して戦勝報告に来るのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る