Typhon01-05


 テューポーンとエキドナへの指示は、その場の思いつきにしては上出来だったように思う。

 人間社会の情報は武田やミハイルから貰える。

 神々が手に入れた情報は、ゼウスやへラ達から。

 人間や神々の耳に入りづらい情報を、テューポーンとエキドナから手に入れられれば、とりあえず俺に考えられる範囲は網羅していることになるだろう。


 さて、テューポーンとエキドナの件をへラに報告しておかなければならない。

 面倒なことは全て俺に押しつけてるゼウスには、へラから報告して貰う。

 今、ゼウスの顔を見たら、文句を吐きだしてしまいそうだからな。

 ホント、あの理不尽な去勢神には困ったものだ。


 我が家から一分も歩けば着くところにへラの家はある。


 現代日本の高級感ある建材に女神ヘラかたどったレリーフが施された扉のノッカーを叩く。

 「いらっしゃいませ」と、扉を開いて顔を出したヒュッポリテが向かい入れる。

 俺を先導する彼女が居間へ続く扉を開くと、そこにはゆったりとしたソファに座るへラとガイアの姿があった。

 あまり仲が良くないはずの二人が談笑している。


「おお、駿介。よく来た」

「ご報告とご相談に参りました」

「うむ、聞かせて貰おう」


 いつもはお茶を嗜むへラが、ガイアと一緒に今日はワインを飲んでいる。

 詳しくないので判らないけれど、過去にどこかで聞いたことのあるようなテンポの良いクラシックが流れていた。

 ご近所さんの女神は、酒だけでなく、音楽まで現代風のものを楽しむようになっている。

 牧場や我が家では、通常、現代の衣装で過ごしてるようだけれど、やはり着慣れた服装が良いのか、へラもガイアも淡いクリーム色のウール布を纏っている。


 芳香の強いワインからのほのかな果実臭が離れている俺にまで香り、美しい女神二人の笑顔とともにリラックスできた。

 並んで座っているへラ達の正面に案内されて座り、テューポーンとエキドナには怪物同士の情報ネットワークを作り、デイモスに関する情報を集めるよう指示したことを伝えた。


「ふむ、それは判った。テューポーンは駿介の命令には逆らえぬから、良いのではないか」

「それでですね。今回、クロノス様だけでなく、テューポーンまで改心していたので考えたことがあります」

「なんじゃ?」


 とてつもなく長い間懸念だったテューポーンの件が落ち着いたからだろう。

 俺の話を聞くへラは、いつになくご機嫌だ。


「ゼウス様達が、過去に罰した者達と話し、その者次第で許してはいかがかと」

「それは、役に立つから……ということか?」

「そういう意味もないわけではありません。私は、あのテューポーンですら改心したということの理由を考えました。やはり神や怪物ですら、私の支配下に入ってでも解放されたいと思ってしまうほど長い時を過ごしてきたということです」


 「ふむ、なるほどな」とつぶやき、一瞬間を置いてへラは訊いてきた。


「つまりそろそろ許しても良い者がいるだろうということか?」

「はい。ギガースがデイモスに利用されたのも、ギガースの身体を隠しておいたからです。ゼウス様により滅ぼされる危険があったからガイア様はギガースを隠していました。ですが、おかげで対応が遅れてしまったのです」

「改心したものは何らかの縛りを付けた上で、目の届くところに置いた方が良いということか」

「そう思います。罰を受けた者にもやり直すチャンスを与えてはどうかと」

「なるほど、判った。その件はゼウスにも話してみよう」


 すんなり受け入れられたことに安心し、「宜しくお願いします」と頭を下げてお願いする。

 

「それにしても、今日はガイア様も一緒なんですね」

「一緒にゼウスをとっちめてきたからな。そのまま愚痴を言い合っていたのだ」


 よぉぉおおおし!

 狙い通りだ。

 ゼウス不良中年が、ガイアとヘラから責められて焦っている表情が目に浮かぶ。

 俺の気も少しは晴れた。


 まったくあの去勢神には責任感が足りない。 

 神を軽んじるつもりはないけれど、威厳を保つためにももう少し責任ある行動をとってもらいたいものだ。

 まあ、骨の髄まで染みついたあのテキトーさは消えたりしないと思うがな。


「そうですか。お二人とも楽しそうでなによりです。それでガイア様にお願いがあります」

「可能なことであれば協力するぞ」

「はい、テューポーンとエキドナは、できるだけ自由にさせたいと思っています。ですが、やはり心配な面もありますので、ガイア様がそれとなく目を光らせていただけると有り難いのです」

「その話なら頼まれるまでもない。先ほどの話を聞いたときからそのつもりでおった」

「そうですか。ありがとうございます。あの二人のこと宜しくお願いします」

「部下を持つと気遣いせねばならぬから大変だな。そういうところをゼウスにも見習って貰いたいものだ」


 「まったくだ」と頷くヘラ。

 人間でもそうだが、妻が強い場合は、妻と仲良くできれば旦那の強力な牽制になる。

 ネサレテとベアトリーチェも強いが、俺は二人から言われたことは真摯に考えるし対応する。

 同じ離婚経験ありでも、ここがゼウスと俺の違いだ。

 平和に暮らすには家庭円満が何よりなんだよ。


 ヘラ達への報告と依頼は済んだ。

 牧場は神田夫婦に任せると決めたし、情報収集は神々とテューポーン達、あと武田やミハイルに任せる。


 あれ?

 となると、デイモスが発見されるまで意外と時間があるな……。

 そうかぁ……じゃあ……この余暇を使って何をしようか?

 いや、余暇じゃないんだけど、時間があるってのは同じだからな。

 

 久々に、過去を遡って、美女を助けにいくかな? それとも史実イベントの鑑賞?

 どちらにしても俺にも楽しみがあっていいはずだ。

 

 よし、ネサレテ達とイチャつきながら、今夜はそれを考えるとしよう。


 ……フンッ。


 そんな余裕はないって判ってるのにな。

 こんなの単なる現実逃避だ。


 だいたい、気持ちが趣味に向かいそうにないんだ。

 できるわけはない。

 ああ、判ってる、判ってるさ。


 ま、ネサレテやベアトリーチェとイチャついて、このささくれ立った気持ちを慰めるとするさ。

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