anger01-06
絵美を救出した三日後、クロノスからお呼びがかかった。
C国南側の一都市に民族解放人民戦線の拠点があり、そこに組織のTOPが居そうだという。
ニンフ達からの報告と自身で追いかけて、突き止めたらしい。
「駿介。この件に集中するのは判るが、感情的に行動してはいけないぞ」
報告を聞いた俺の様子を見て、クロノスが注意した。
仕事部屋の椅子に座ったまま、クロノスを抱き上げて訊く。
「そう見えるか?」
「ああ、知人を襲われそうになったのだ。怒るのはおかしくない。だが、事件は未然に防いだのだし、もう少し落ち着いてもいいだろう? 我にはお前らしくもなく、いつも苛ついているように見えるぞ」
そうかもしれない。
いや、そうだ。
絵美が襲われそうになったという事実がとても気に入らない。
例え、絵美に実害が生じる前に対処できたのだとしても、襲われるはずだったという事実がとにかく気に入らないんだ。
彼女と離婚して三年以上過ぎている。
子供は居なかったし、慰謝料なども離婚成立した時点で支払いを終えて、離婚後に会う用もなかった。
離婚を持ち出されて別れた元妻と、まだ愛情はあるかからと、用も無いのに未練たらたらで会うなんて、そんな恥ずかしい男ではいたくないと思っていた。
よほどの用でもなければ会うことはないと自分なりに決めていたんだ。
過去はどうあれ、俺の今の気持ちはどうあれ、既に赤の他人。
赤の他人だけど、俺の人生を思えば、特別な存在。
新たな人生を歩むために必要な経験をくれた女性。
それが元妻の鈴木絵美という女性だ。
だから、愛するネサレテ達に手を出されるのとは別の怒りが俺にはあるんだ。
複雑な思いはあるけど、今でも大切な女性が危機になりそうだった。
苛つくには十分な理由がある。
このことを俺はクロノスに説明した。
「そういうものなのか? 出会った日にお前の記憶は読ませて貰ったから、あの女に特別な気持ちがあるのは判っている。だが、やはり我々神とは違うな。悠久の時を生きる我らは、出会った者達全員に思いを残し続けてはいけない。記憶として残っていても、気持ちを重ね続けてはいられないのだ。それは良いことかもしれんが、ある意味寂しいことかもしれんな。今のお前を見ているとそう感じるぞ」
膝の上に乗せたクロノスに頬をあてて軽く抱きしめる。
「……人の生は、神と比べると短いからな」
「だがな、お前は半神となったのだぞ? 人としての生を終えた後、神として生きることになるだろう。思いを残し続けていては、辛くなるだけだからな? 覚えておけよ」
「判った。ありがとよ……相棒……」
いずれ終わるからこそ、耐えられることがある。
いつまでも終わらないからこそ、忘れ、捨てていかなければならないことがある。
クロノスはそう言いたかったんだろう。
悲しいことかもしれない。
でも必要なことなんだというのは判る。
いつか忘れなければならない想いかもしれない。
でも、感情の伴わない記憶は単なる知識だ。
歴史で悲劇が繰り返される理由の一つは、どんなに悲惨な事件も記憶から知識に変わってしまうからだと思う。
どんなに理性的な人間でも、人間である以上は必ず感情に左右される。
様々な知識から、善悪を理性的に判断しても、行動を完全に制御できるわけではない。
大事なのは感情だ。
だが、人は死ぬ。
悲惨な事件の知識を引き継ぐことはできても、事件が生んだ感情を引き継ぐことはできない。
ある行動の先に悲劇が生じる可能性があり、その是非を判断する際に、理屈を作ることができれば、結果悲惨な状況を生み出すとしても「必要な犠牲」などという言葉で処理される。
特に戦争では毎回「必要な犠牲」が尊ばれる。
戦争じゃなくても、社会の現状維持のために「見て見ぬフリ」「不作為による切り捨て」は日常的に行われている。
感情が伴わない悲劇は、悲劇という知識でしかない。
感情を残そう。
それも少しでも強い感情を。
どうやってって訊かれても困るけど、問題として意識していれば何かしら見つかるかもしれない。
俺は、将来神になるのだとしても、思いを忘れないようにしたいんだ。
全て覚えていられなくても、可能な限り記憶として残したい。
「いろいろ気を遣ってくれてすまないな。俺は大丈夫だ。さ、奴らをぶっちめに行こうぜ」
「うむ。早いとこ終わらせて、時を旅するぞ」
もう一度クロノスを抱く手に力を込める。
抵抗もせず抱かれたままのミニチュアダックスの様子が、ふとおかしく感じた。
だって本当はとんでもなく長い時を生きているおっさんなんだよな。
気持ちが少し楽になったところで、俺はたちあがる。
そしてエリニュスを伴うためにへラの家へ寄ってから俺達は転移した。
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