contact01-04


 深夜に来た客は、R国のミハイル・イワノフ。

 R国国防省参謀本部国家危機管理課所属というクソ長い名称を聞いて、嫌がらせか? と思ったのは秘密だ。


「本日、いくつかの国が玖珂さんに接触していますね。この国、A国、C国、そして我々R国。C国のエージェントは、力尽くであなたを思い通りにしようとして失敗したようですが……」


 ふーん、どこかで観察していたのか。

 それともまた軍事衛星か何かか?

 ま、それはどうでもいいけれど、見張られていたのは事実のようだ。

 冥府に送られたのはC国のエージェントか。

 ご愁傷様な話だ。

 ハーデスからの連絡を待たなくても良くなったし、動機も判ったからある意味不安もなくなった。

 

 壮年に差し掛かり短めに刈って整った銀髪を梳き、見た目落ち着いた様子のミハイルだが薄笑いを浮かべている。

 その青い瞳に浮かぶ笑いはC国に向けられていると感じた。

 商売敵同士で思うところがあるのだろう。

 

「で、ミハイルさんはどのようなご用件で?」

「どこの国の組織にも所属せず、付き合うのならミッション単位でお願いできないかと思いまして、その際も条件は付きますが……」

「条件とは?」

「国家間のバランスを崩すようなミッションには関わらないでいただきたい」

「ミハイルさん。あなた方の申し出を受けた場合、私にはどのようなメリットがあるんでしょうか? そのようなことを仰る理由も判らないのですが、まずそちらの主張を先にお訊きしたいんです」


 俺と、両横に居るネサレテとベアトリーチェを見た。

 二人とも警戒モードに当然入っている。

 無表情で、ミハイルを排除するとなったら容赦しそうにない。

 

「私達の、いえ、各国の軍事諜報部門の目下の関心は、あなた方がどのようにしてT国を無力化したかです。その手段はまったく判らない。そしてその手段を用いられたら、今のところどこの国も対応できずに重要施設を失うかもしれない恐れを抱いています」

「……私達が何かしたという点は疑わないのですか?」

「疑っています。しかし、他に想定できるモノがない。T国の施設はC国が手を貸して建設したものです。どこの大国の設備とも変わらない強固なセキュリティ設備が備えられていた。つまりですね。T国の施設を破壊できるのであれば、どの国の施設をも破壊できる能力があると、各国は考えている」


 武田のように急かすでもなく、脅し威圧するでもなく、ミハイルは淡々と説明する。


「あなたを手に入れた組織は他国の脅威となる。いえ、野放しにしているのも、とてつもないリスクです。テロ行為に走られたら手の打ちようがない。今のところ、あなたの行動には危険なところは見られない。けれど、人は些細なきっかけで変わることもありますからね」

「私には、軍事施設を壊す力などありませんよ」

「そうかもしれない。でもそうではないかもしれません。可能性はいつもリスクへの疑惑を生みます」


 ああ、これは以前のへラの考え方だ。

 リスク管理という思考は、時に、ゼロじゃないから危険だという立場をとる。

 ゼロにならない危険性などいくらでも転がっているというのに、目に付いたモノを過大に危険視する。

 危険視して手の内におさめようとするか、消去しようとする。

 事実じゃなく想定で危険視された方はたまったものではない。


「で、どうしようというのですか?」

「現在、我が国の機関が各国の機関に呼びかけて会議を開こうとしています。議題は、あなたについて。どこの国にも肩入れしないという約束……いえ、契約が可能なら、あなたの事業の手助けを各国が行う。他にも条件がおありなら考慮しましょう。あなたはあなたにとって大事なものを進められる。我々も大事な施設を失う危険をさほど恐れずに済む。いかがでしょうか?」


「R国は私を捕えようとしない?」

「正直に申しましょう。当初はそのつもりでした。ですが、捕えようとしたC国のエージェントは消えた。あなたが何をしたのか、我々にはまったく判らない。ただ、あなたの身内に危害を加えようとした者は消えてしまった。……我々もミッションを達成できそうであれば命を惜しむ者ではない。しかし、無駄死には御免被りたい。ですので、上司に報告し、次策を検討した結果、現在私が申し出ている内容で進めることとなったんです」


 ヒュッポリテとへラの行動が、目の前の男を恐れさせたのか。


「私が断ったら? だって私には何の力もないのですからね」

「もうお判りでしょう? あなたがどう言い張っても、我々も、他国もそうは考えない。あなたの主張がどうあれ、あなたを危険視するのは変わらない」

「返事はいつまで?」

「……できればすぐに。C国はまだ諦めていませんし、他にも同様に強攻策をとってくる国があるかもしれない。他国のエージェントがどうなろうと構いません。ですが、あなたを怒らせ、その結果、我々にも被害が飛び火されては困るのです」


 自衛のために……か、はっきり言うね。

 でも、あなたのためなどと嘘の綺麗事言われるよりは気持ちいい。


「一つお訊きしても?」

「返答可能なことであればいいですね」

「ミハイルさん、いつもは本音を率直に話すわけじゃないでしょう? なのに私へは何故?」

「接触方法は、相手を見て変えますよ。私なりのあなたへの評価は、です。通常ですと、精神的に追い詰めて接する手段をとります。この国とA国のようにですね。ですが、あなたには我々には判らない力がある。追い詰めたら、手痛い逆襲に遭うかもしれない。もちろん話せないことはあるので、という条件は付きますが、その範囲で誠意をもって接した方が理解してくださると考えたのです」


 なるほどね。

 計算された誠意というわけか。

 無条件の誠意よりは判りやすくていい。

 お人好しの評価も、ま、これはこれでアリだな。


 さて、どうするかだが、ミハイルの案に乗ってみるかという気分になっている。

 考えているだけでは何も変わらないし、そろそろ疲れてきたからな。

 ミハイルの案に乗り、向こうから出てくる条件に反応したほうが展望が開けるかもしれない。


「条件については、これからということで、ミハイルさんのご提案に基本的に賛成します」

「おお、ありがとうございます。では早速上司に報告します。それで、あの、私なんですが、この件が落ち着くまでこちらに置いておいていただけないでしょうか?」

「それは?」

「あなたは監視対象なんです。それはもうお判りかと思います。で、私はあなたから離れられない。そしてこちらには寮がある。そこに置いていただけないかと……」

「いいですよ。ですが、くれぐれも遠方からの私の客ということでいいですね?」

「ええ、それで結構です」


 ミハイルをしばらく置くことくらいどうということもない。

 見えないところでコソコソされる方が気持ちが悪いしな。

 この分なら、まわりから見ておかしいと受け取られるような行動はしないように思える。


 上司とやらに連絡をするため、家の外へ出ていくミハイルを見て、さてどうなるのかなとため息をついた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る