disclose01-04


 へラ達が戻って来たところで、ゼウスは説明し出した。

 まあ、ちょっとしたにらみ合いがあったが、こちらで生活するようになってからのへラは、出会った頃よりだいぶ柔らかくなっていたので「私よりも駿介に会いに来たのですね」と一言嫌みを言っただけで終わった。

 

「駿介よ。おまえが我々神の声が聞こえた理由は、おまえの先祖にあった」


 確か、祖先をさかのぼると、神社の宮司だか神主が居るとは聞いたことがある。だからかなぁくらいにしか考えていなかったのだ。だが、ゼウスがわざわざ伝えに来たのだ。宮司や神主程度の話ではないだろう。


「おまえの祖先は山神の加護をうけていたのだ」

「加護?」

「ああ、富士の裾野で山神の眷属を、おまえの祖先が助けたことがあるらしい。その際、富士の山神がおまえの祖先への礼として、加護を与えたようなのだ」

「そんなことが判るのですか?」


 遠く離れたギリシャの神が、日本の神の事情を知ってるのが不思議だった。

 それに、ゼウスの言うことが本当のことだとしても、先祖が、神の言葉が聞こえた話など聞いたことがない。

 山神の加護もあったのだろうけれど、神の声が聞こえたのには他にも理由がある。

 俺には何となくだがそう思えた。


「日本の山神は、狩猟や農耕の豊穣の神だ。同じ狩猟の神アルテミスがこちらへ来たとき、我からの命で調べた。そのときに判ったのだ」


 神にも異種族間ネットワークがあるのか。

 それは面白いが、下手なことをすると情報が流れる危険もあるということになる。

 無闇にゼウス達の悪口は言えないな。


「日本の神々もまた現代も活動しているのでしょうか?」

「してるぞ。だが、我々と同じように、民からの信仰が薄れたせいで人との接触もできぬようになっておる」


 どこの国の神々も、信仰が薄れて世知辛くなった現代の影響を受けているんだな。


「しかし、私は日本で長年生活してきましたが、日本の神々の声を聞いたことはないんです。何故、ギリシャでは聞けたのでしょう?」

「波長が合ったのだろうな」

「波長?」

「我々ギリシャの神々というより、クロノスと波長がたまたま合ったのだ。そして受信したことによって受容力が最適化されたのだろう」


 俺は、周波数が合えば音声が聞こえるラジオか無線機か?

 ……まあ、いい。

 クロノスと知り合えたおかげで、ネサレテやベアトリーチェと逢えたのは俺の幸せだ。

 この際、ラジオでも何でもいいか。


「クロノス、へラが来た理由は察しているのだろう?」


 ビーチベッドの下で寝そべっていたミニチュアダックスクロノスが顔を出した。


「おおよそはな」

「デイモスが駿介の趣味うごきを煩わしく感じているようだ。気をつけろよ」

「それは……確定したはずの悪意の総量を減らしているからか?」

「それ以外にあるまい」


 顔だけじゃなく身体もビーチベッドから出し、ゼウスの前にちょこんと座った。


「何故、判ったのだ?」

「冥府にデイモスの支配下に置かれていた魂が来て、そやつの意識からハーデスが危険を感じ連絡してきた」

「だが、人間に取り憑いたところで、駿介に危害を加えられるとは思えんが?」

「直接はな。だが、考えてみろ。戦争を起こして悪意などの負の感情を増やし、自らの糧としてきた奴らだ。何をするか判らんではないか。現代も戦さや争いと無縁な世界などといえんのだからな」


 民族間、宗教間、国家間で個々の利益を追求する動きが無くなることはない。

 それらは対立を生み、争いの種となる。

 妥協が成立しないとき、戦争の可能性は高くなっていく。

 そして、世界には妥協が成立しない対立はまだまだある。

 それらをデイモスが利用するとすれば、ゼウスが危惧していることにも説得力を感じる。

 

 しかし、デイモスとは生命体が持つ悪意の思念体・エネルギー体というが、一つの方向を持った思考するというのか?

 俺は確認せずにはいられなくなった。


「デイモスとは何なのだ」

「人間が、悪霊とか悪魔と呼んでいるものと考えれば、そう遠くない存在だ。意思ある悪意の集合体であり、一個でもあり複数でもある。合体し強力な個となることもあれば、分裂した複数体の場合もある。はっきりと判るのは、恨みや呪いなどの負の感情が多くなると出現し、力を増す存在だということだけだ」

「デイモスは組織を作るのか?」

「判らんのだ。我のような個々をまとめる存在が居るかもしれんが、そういった存在を確認できたことはない」


 悪魔のような組織があるとしたら、やっかいだが理解はしやすい。

 命令系統を潰していけば、動きは鈍り、こちらも対応しやすくなる。

 ……だが判らないのか……困ったな。

 

「とにかく、神としての務めを果たそう。人間同士がその意思で争う分には、人間の問題だ。だがデイモスが介入してくるとなると話は別だ。それは我ら神々が対処すべきことだからな」

「あの、私が過去から連れてきたのは、ネサレテを含めても六名ですよ? そんな程度でデイモスが気にするのは何故でしょう?」

「一時は確定した悪意、恨みや呪いが減るというのはだな、奴らにとっては身体の一部を傷つけられることなのだ。そのようなことは今までなかった。初めて遭遇した事態に関心を持つのはおかしくはないだろう?」

「では、もう止めるべきなのでしょうか?」


 うーん。まだまだ連れてきたい、悲劇に遭った人は居るんだよな。

 だが、デイモスなんていう得体の知れないものから、注目されてるのは気持ちが悪い。


「そうかもしれん。しかし、奴らの意識には玖珂駿介への関心が既にある。もう手遅れと言っていい。だから、奴らの力を削ぐ意味で、おまえの趣味を続けよ。微々たる量でも悪意の総量が減れば、奴らの力も弱まる。それに、おまえへ関心持っているのだから、こちらとしてはおまえを監視していれば、奴らの動きを掴む可能性が高まる。どこで動くか判らんより楽だ」


 おいおい、とんでもないこと言い出したよ、この不良中年ゼウスは。


「それって私はおとりということでしょうか?」

「まあ、そうなるな。心配するな。半神となり、へラの母乳を飲んだおまえを傷つけることなど誰もできぬ。その上、クロノスとへラがそばに居る。好きなだけ趣味を楽しみ、奴らの関心を集めてくれ」


 ――やれやれ、どうしたら良いものか……。

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