第92話 グエルの最後
アキオはディオスの右目を勇者たちの残した二本の槍で二回突き立てた。一つ目は瞳の中。二つ目は瞳の外。瞼の側に銃弾を三発。ディオスに傷を与えておく事で、次の機会にはクルド必勝の条件が揃うと考えていた。ディオスの右目はもう見えない。右からの攻撃は受けやすい。また隻眼の為、目標との距離感は悪くなる。これだけの条件が揃っていてもグエルと違い安心できないアキオであった。
だが、火を吐き、そこら中を炎で囲み、氷を溶かさんとするに及び、アキオは逃げることにした。逃げようと思い雪の斜面を転がるように降っていたが、ディオスは左目で捉え、火を吹きかけた。両眼だったらアキオは黒焦げだったかも知れなかった。それでも雪原を走ってる時、上空から降下してきたらクルドに掴まれ、ディオスの前から逃げ出し、空に上がった時には自分であれほどの危機を感じた事はなかったと回想している。何にしてもディオスとアキオの対決はアキオの勝ち逃げのような形になった。
逃げるアキオはクルドに指示して、山の雪を全て落とし、ディオスを雪の下敷きしておいて、グエルと一対一で戦い、これを屠り、その後でディオスを叩こうと言うのがアキオの考えであった。逃げるのは体力があっても精神的に苦痛なので、早めに切り上げ、素早く勝ちに行くのが当然だとも考えていた。
クルドが山々の雪を落とし、その下の雪原を雪で覆う所を見たダッシュガヤは、グエルに言った。
「クルドを追うのはやめて!あの場所にディオス様がきっといらっしゃる。ディオス様をお助けしてから追うのが上策です。あなた様が一人で追いかけてもまた逃げられます。二人で挟み撃ちにする事で勝てるのです」
「バカな。人間のアキオが、ドラゴンであるディオスを雪の中に閉じ込めることなど出来ようか。もし、お前の言う通りであったとしても心配ない。あれくらいのことで死にはしまい。すぐにあそこから出てこられる。今はあいつを、目の前を飛んでいる、あの小僧をギタギタにせずにおかれようか」
「あ〜ぁ!あなたはどうしてそんなに頑ななのでしょうか。この私の意見を決してお認めにならない。だが、もう二回あなたは涙を飲んだでは無いですか。はじめは立ち尽くし、背後から襲われた時。2度目は雪山で凍らされた時。ここにいてはダメですと申し上げたはず。このままでは後がなくなります」
「黙れ!今からドラゴン最大の秘技を見せてやる。これから逃げられた奴はいないのだ」
「なぜ今まで出さなかったんですか」
「ディオスも横にいると巻き添えを食うからな。俺の負担も相当大きいからだ」
グエルは大きく息を吸い込むと羽を広げ息を大きく吐いた。それを三回した。するとグエルは倍々に巨大化し、八倍の大きさになった。クルドにアキオは言った。
「これはいい。あそこに飛ぼう」
「どこに?」
「あの植物は北の頂に残しておいただろう。あそこにまで逃げるんだ」
クルドは速度を落とし、巨大グエルに追われ、雪の降り積もる北の頂を目指して逃げていた。
「グッ、ハッ、ハッ、ハッ。逃げろ逃げろ!」
グエルは追いかける優越感で一杯だった。だが、ダッシュガヤは考えていた。これだけ大きいのなら強いだろう、だが、それだけで勝てるほど戦いは簡単では無い。だが、クルドは追い詰められ、山の斜面とグエルとに挟まれていた。
「どうしたもう逃げれないのか。さあ、早く逃げないと押し潰しちゃうよ。グッ、ハッ、ハッ、ハッ」
グエルは勝利を確信していた。クルドが逃げ出せないように両の手と羽で覆い尽くし、地面に押し付け殺してしまおうとしてるのであった。勝ちに急ぐ余り、周りを見ていなかった。ダッシュガヤはこの山を見て何かがおかしいと感じていた。
「おかしい。これは何かの罠に違いない」
そう思うとグエルに慌てて言った。
「おやめください。ここは危険です。何かがおかしい。なにかが違います」
「お前はいつもそうやって俺の邪魔をする。黙っていろ!」
そう言うとグエルはじりじりとクルドとの距離を詰めて行った。クルドの上でアキオは後ろを見ながらクルドを少しづつ下がらせ、山の斜面との距離を図っていた。
「もう少し、もう少し。いいぞ、それくらいで良い。少しだけ上にあがろう」
アキオの指示通りクルドは位置を保っていた。
グエルはクルドがどうかして逃げ切ろうと考えている様にしか思えないでいた。ダッシュガヤはきっと罠が仕掛けられていないか、周りを気お付けて見ていた。
すると、雪の中で何かが動いた。
「危ない!罠です。お逃げなさい」
そうダッシュガヤが叫んだ時、クルドは全力で空に駆け上がった。巨大なグエルはクルドを見上げ、体をねじった時、雪を崩した。巨大なものが小さき者との戦いで常に勝利できるとは限らない。グエルはクルドを追いかけようとするが羽と腰が動かない。どうした事かと見ると、何かひもの様なものが身体にまとわりついていた。
「お早く。お逃げください」
ダッシュガヤが叫ぶがグエルにまとわりつく触手はますます増え、体全体を覆い尽くした。ドラゴンの鱗も溶かし、グエルの体を侵食してくる。ダッシュガヤは必死にグエルの体に絡み付く触手を刀で切っていた。だが、獲物を求める触手はダッシュガヤの予想を越えて増え続け、グエルの体は触手で覆われていた。
グエルが上を見るとクルドが炎を吐き出さんとしていた。
「バカめ!お前などもういらぬ。立ち去れ!」
グエルはそう言うと最後の力を振り絞り、ダッシュガヤを放り投げた。
ダッシュガヤが雪山を転がり起き上がると、グエルがいた辺りが光り輝き、大爆発をした。爆風はダッシュガヤを吹き飛ばし、気絶させてしまった。
何時間が経ったのであろうか。気が付いたダッシュガヤは何もない雪原に一人佇んでいた。
「バカな奴。最後までバカやって死んじまった。もう少しで勝てたものを。力だけではやっぱりダメだねえ」
ダッシュガヤは岩の上に腰を下ろし、ボンヤリと空を見上げていた。
「我ももう終わりなのかねえ。こんな事ならあの時死んじまえば良かったんだよ」
空の一点に赤い点が見えた。するとそれが段々と大きくなって自分の前に降り立った。
「女、どうした。顔色が悪いぞ」
「ああ。あなた様はディオス様。その右眼はいかがなされました?」
「ああ。これか」
そう言うとディオスは何も言わなかった。目に二本のお槍が刺さっている。人の手によるモノである事は明白。ダッシュガヤはグエルとディオスの違いがこの辺にあるのだと理解した。
「女、お前の名は?」
「ダッシュガヤと申します。我が身を捨ててお仕え申し上げます」
頭を垂らし、ディオスに仕えることを願い出るダッシュガヤ。
ディオスは左目でこの女を見据え、どの様にグエルが滅んだのか尋ねるのであった。ダッシュガヤの話す顛末を聞きながらディオスは一言、吐息を吐く様に言った。
「バカな奴!」
暫くディオスは何かを考えていた。
「ダッシュガヤとやら、お前を俺の巫女にしてやろう。ただし、言っておく事がある。俺はグエルの様に甘くは無いぞ。死ぬ時は諸共。お前を放り投げることなどせんぞ。覚悟はあるか」
「はい。元より、生き永らえることなど望んではおりません。アキオ、クルドの死。いや、我を蔑ろにし、苦しめた者達全てに地獄の劫火を与える事こそ本望。これこそ我が望み。失うものはもう既になく。この命のみでございます。この命差し出せと申されますならば、必ず死んで見せましょうぞ」
「よし、その覚悟。俺に差し出すその命。なくすその時まで大事に致せ」
「はっ。巫女としてしっかりお仕え致します」
「これからどうしたものか。グエルも逝き。俺もこうなったからには最後の戦いを果たさねばなるまい」
「いえ!今戦ってはなりませぬ。決して」
「この俺に逃げろと言うのか」
「はい」
「あなた様は手負い。右目が見えないことは相手にも知られております。ここは逃げる事を最優先に考えるべきかと」
「俺の巫女のくせに俺の力を見くびりおる」
「いえ!決して。ただ、今これから、是非にと仰るならば、私も巫女。あなた様に付き従う覚悟」
「ふん!だが逃がしはしまい。奴らは追ってくるぞ。どうする」
ダッシュガヤは考えていましたが、何かを思い付き、話し始めました。
「偉大なドラゴンのあなた様は友人の死を痛んでおられます。グエル様の死に場所を見に行くのは如何でしょう。そこにいる間に彼らがどこかに行ってしまうことは仕方のない事。いなければ、戦うことも諦めなさいませ。もし来れば、私僭越ながら右目の代わりを致しましょう」
「なるほど良き申しよう。気に入った。お前を右目の代わりとして俺の頭に乗せてくれよう。右目なのだ、遠慮など要らぬ。わかったか」
「ハハ〜」
ディオスは、グエルが屠られた大きな穴を見て、その中に静かに降りて行った。
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