第90話 雪山
雪が見える。やっと北方の山岳地帯に辿り着かんとしている様にヨロヨロと飛び続けていた。山に近ずき雪の斜面に降り立ったクルド。それを見たグエルは舞降りてきてクルドを睨みつけた。背丈はクルドの三倍はある。
「ふん!小さい奴が力も無く、技も無く、俺様に勝てると思っていたのか」
クルドは山の斜面の上にいる。例え大きくともグエルは下にいる。この状況を待っていたアキオはクルドに冷気を発散させ、風をグエルに向かって吹き付けた。
「な、なんだ」
グエルはそう叫んだが、その声を発した後すぐに氷が体を覆い固まった。クルドは更に凍らせようと冷気の塊をぶっつけた。動けなくなったグエルにクルドは上から冷気の塊をふりかけ、大きな氷の塊にするつもりだった。
「殺さないのか。まあ、それも良いか」
アキオはクルドの選択を尊重した。山の斜面に大きな雪の塊が出来上がった。グエルの背にはダッシュガヤが一緒に凍りついていた。アキオはその姿を見て、自分の身の上を思いながら、更に旅を続けることを辞めるわけにはいかなかった。
アキオはダッシュガヤの冥福を祈りながらクルドと飛び立った。
「クリシュナゴーン様に会っていこうか」
「何か、物凄く嫌な予感がする。そっちにいかない方がいい」
「何故だい?」
「判らない。だがもっと北に行こう。そして、あの魔の山に行く必要があるように思えてきた」
クルドは仕方なくアキオの言う山に向かってユックリと飛んでいた。雲もなく下には雪山が並んでいる。こんなにゆっくり飛ぶ事などなく、忙しなく目的地に辿り着くのがいつもの事だった。クルドは和んでいた。
「ダメだ。クルド!右に行けっ!」
急にアキオの強い声がした。クルドが右にクルッと回ったら、左を大きな炎が通り過ぎて行った。
辺りを見渡すと、クルドから見て後方上左30度の所にグエルが飛んでいた。
「こりゃあ。やる気だね。でもどうして、あの氷の中から逃げ出したんだろうか」
「クルド。そんなことはどうでもいい。そんな事よりも、今大切なのはこの窮地を脱出する事だ」
「どうしてだい?」
「誰かは知らないが俺たちの下にいる様に思う。挟み撃ちにされる前に逃げ出すんだ。それからだ、考えることは後回しにしろ」
クルドは右に左に旋回しながら逃げ出した。
「だが、奴の視界からは消え去っちゃぁダメだぜ。アイツは汚いから、他のものにチョかい出しに行くだろうからな」
「クルド、俺は上を見る。君は下をみろ」
飛び続けるクルド。だが、上からと下からの炎の攻撃は激しく、クルドは嫌になってきた。それで急に上空に駆け上がり、雲を打ち払う炎を吐き出した。
バッバッ〜ン。空中で炸裂する炎の玉。雲は一瞬で無くなり、見ると赤と黒の二つの点が見えた。
「グエルとディオスだったのか」
「だからあの氷から逃げ出せたんだ」
「そうだなクルド。これはやりにくくなった。いいかい。2人組は一人の最大の敵なんだ。まだ三人の方がましだ」
「どうしてだい?」
「俺のお師匠様が言ってたんだから間違いないって」
「違うよ、3対2の戦いだよ」
「そうか俺もあのドラゴンと同じ土俵の上に上がれと」
「そうだよ。アキオならなんとか出来るだろう」
「おいおい。何言ってるの。お前ドラゴン。俺人間。勝負にならないと思いますよ」
「大丈夫だよ。きっと出来る」
「は~っつ!よく言うよ」
「先ずは逃げよう。態勢を整えてから反撃だ」
クルドに山の斜面沿いに飛ばせ、どちらか一方を動かなくしようと考えた。だが、ダッシュガヤは俺の考えを読み、奴らを追わせない。
「ダメだ!上にかけろ」
クルドは斜面を上昇、その横を炎がかすめる。
「あれはディオスか。くそー!挟み撃ちにするつもりだ。奴らはどうしてもここで決着をつけるつもりだ」
「どうする?」
「クルド、賭けるしかない」
「賭ける?」
「前にアイコムの原を雪崩で埋めた事があっただろう。勇者もどきのやつらを」
「ああ、あの山だね」
「あそこに連れって行ってくれ。俺は誤って落ちた様に装うから。爆弾がまだあればいいんだが」
「あるの?」
「あの時、半分しか使わなかったんだ。こんな形で使う羽目になるとは」
「君は大丈夫かい?」
「ドラゴンとやりあえって言っといて。それは無いだろう」
「きっと大丈夫さ。君は竜の戦士なんだから」
「判らんことを言わないでくれ。ディオスやグエルに踏まれたら終わりだよ」
「そうだった。踏まれない様に頑張ってね」
「ああ。俺は爆弾を仕掛け、アイコムの原を駆け下る。爆発音を聞いたら駆け戻って来てくれ。どちらでも一匹をこちらに引きつけ、虜にできれば良いと思ってるんだが。相手が乗ってくれるかどうか判らん!ダッシュガヤ奴にまた邪魔されるかもな」
「でもやるんだろう」
「それしか無いだろう。俺たちが勝つには」
グエルが追いかけ、ディオスが待ち構える。何度も何度もその罠をかいくぐり、やっとの事でアイコムの原の左山脈の山服に辿り着いた。ディオスの炎が右手を掠める。クルドは斜面をかわしながら飛んだ。
「ああっ!」
アキオはクルドから落ちてゆく。雪原に転がるアキオ。その上をディオスがかすめて飛び去った。すぐに隠れるアキオ。
「あん!あれは。あいつではないか」
ディオスはクルドを追うのをやめて、山の斜面に降り立った。アキオを探している様だった。グエルはアキオがいなくなってからのクルドの飛び方についていけなくなっていた。ダッシュガヤはグエルにディオスを呼びに行こうと言ったが、グエルはこの提案を聞かなかった。
「もう少しだ。もうすぐ捕まえられる。すばしっこいのも時間の問題だ」
この答えにダッシュガヤはイラっとしていた。それでグエルに言った。
「あなたは何ど失敗すれば気がすむんですか」
「何!」
この声を聞いて普通の者なら何も言えなくなるのだが、ダッシュガヤは怯まなかった。
「おやめなさい。もう追うのは。クルドは逃げ回るだけ。何か訳があるはずです。ディオス様が心配です」
「バカな。アキオはただの人間だ。ドラゴンを痛めつける事など出来ようか。クルドなどもうすぐ焼き殺してやる」
グエルの上でダッシュガヤは呆れていた。
「このドラゴン、使えない。おバカだ。これまでの事、考えもせず、相手のことを格下に考えている。何度もやられているのに。なぜ判らないの」
ダッシュガヤはどう言えばグエルに相手の狡猾さや強さを判らせる事が出来るのかと悩んでいた。だが、当のグエルにはクルドの強さやアキオの狡猾さやしぶとさを思い知らされていた。だが、彼自身の誇りがこれを受け入れ難い屈辱に感じさせていた。だからこそ、もうすぐ、あいつをやっつけられると思い込もうとしていた。自分の最高速度で追いかければすぐにでも捕まえられると頑なに思い込もうとしていた。クルドは思い切り飛べば振り切る事ができたが、アキオに言われていた様にグエルの目の前からは消えない様に飛び続けた。グエルも見えなくなれば追うのを止めただろうが、もう少し、もう少しと追い続けて今になるのである。頭に血が登ってるのでダッシュガヤの声も聞こえていない。彼女はディオスの身を案じていた。どんな物にも弱点はある。いかに強きドラゴンであっても条件次第ではどうなるか判らない。ドラゴンと共に生活を続けている人間いれば色々と考えてやってやろうと思うはず、それが人間だと考えていた。
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